第十五話:昼も眠れぬような人-3
トラック……陸上競技場を走る四輪駆動255馬力。
今に始まったことではないが、特に最近、まわりでずいぶんと奇妙なことが多発していることにムライは気がついた。
それはもちろんアイランドがマリアを殺そうと画策した結果の現れであったが、不思議なことに、彼女の企みはたいてい、マリアではなく、むしろムライを殺しかけるのであった。
「なんだか最近、命を狙われている気がするんだ」
とムライはマリアに語った。
「へえ」
とマリア。
「暇な人もいるもんですね」
「だよな」
「旦那を狙う不届き者ですかい!?」
カナモスはいきり立った。
「許しちゃおけねえ! おれがその正体を暴いてやりますよ」
「そうだな、頼む」
ムライはうなずく。
「お前もおんなじくらい暇だろうからな」
翌朝からカナモスは村中を駆けずりまわり、近頃不審な人物を見かけなかったかと訊ねた。するとたいていの者は決まってカナモスを指さした。
「……というわけで、怪しい者は見つかりませんでした」
「なにしに行ったんだお前」
その夜、カナモスの報告を受けたムライは呆れてそういった。
「だれか、ムライさんを恨んでいる人はいないんですか」
マリアが訊いた。
「おれが恨んでいるやつはたくさんいるんだけどな。おれを恨んでるやつとなると……うーんぜんぜん浮かばんな」
ムライはうなった。
「おれは人当たりがいいことで名を馳せているからな」
「どこで? 下水道で?」
とマリア。
「マリア様、それは失礼ですよ」
カナモスは慌てていった。
「せめて用水路ってことにしておきやしょう」
「おれの耳を見くびってないか? お前ら」
とムライはこぼした。
そんなやり取りを見ていた者がいた。ま、言うまでもなくアイランドである。なんとか自分が一週間前の洪水の原因であると露見することを回避し、再び本腰を入れてマリア殺害の計画を練っていたのだ。
ムライと同じくらい、彼女は本を読んでいた。したがって計画される殺害の企ても、大いに読んだ本の影響を受けていたのである。が、そういうものはたいてい、実際の犯行に応用することは不可能なように設定されているため――アイランドのような人間は、どの世界どの時代にもいるものなのだ――上手くいかないのは当然だった。
ということで計画を記した十メートルにもなる羊皮紙をちり紙交換のトラックに持っていってもらったアイランドは、その代わりにトラックを手に入れた。彼女は大型免許を持っているわけではないのだが、べつに自分で運転するわけでもなかった。
「ほら、あの家に突っ込むのよ」
母親から誕生日にもらった果物ナイフを、運転手のおっさんの喉元に突きつける。
「え、いや、えっ?」
この男性は不運なことに、ただ道を走っていただけなのにいつの間にかこの世界へ迷い込んでしまった。なんだかずいぶん田舎だなあと思いつつも手を上げた少女がいたから停車したところ逆に手を上げろと要求されてしまったのだ。
「死にたいの?」
人情味の欠片もないアイランドの脅し声。
「どっちにせよ死にませんか」
年の功とでも言うべきか、彼は冷静だった。
「いいから、このなんだかわけのわからないものであの教会に突っ込むのよ」
ナイフを振り回し、勢い余って自分の髪を切り落としながらもアイランドは凄んだ。
「そしたらムライくんは行くあてがなくなって、わたしの家に……」
「やべーよこいつ」
運転手はひとりごちた。
「ほら、早く!」
あーどうしてこんなことになったんだろな? 運転手の胸中カオスの様相。あんまり悪いことをした覚えはない……あ、一回人を轢きかけたっけか。でもあれは、飛び出してきたほうが悪いのであって……そりゃまあ、こっちもちょっとだけスピードを出しすぎていたかもしれんが……でも、せいぜい二百キロだぜ? そんくらいを見きれないやつが道を歩くんじゃねえよ。
「なにしてんでしょう?」
トラックのハイビームに目を細めつつ、外を見てマリアはいった。
「なんだかまた面倒なことになった気がする」
ひどく悲しげにムライはいった。
「おれは、ただ平穏無事安寧安泰怠惰の日々を過ごしたいだけなのに……」
「旦那、気の毒に……」
カナモスは涙していた。この家は埃が多く、彼は埃にアレルギーがあったためである。
「ああいうのに対し、こちらがとれる手段ってのはひとつだけだ」
決然とムライはいった。
「先手必勝!」
いうが早いか、ムライは雲ひとつない夜空に一瞬で黒雲を召喚し、見よ、極太の雷光をほとばしらせた。バリバリという、まるで乗用車を戦車で轢き潰したような音がしたが、目の前のトラックもまさにそのようになっていた。
「うー……げほっ」
胸が焼けるようで、というのも実際に焼けていたからだが、激しく咳き込みながら残骸をかき分けアイランドは這い出した。ちなみに運転手は死んだ。即死でもなく、わりと苦しんで死んだ。南無。
「あっ、お前は!」
ムライは気づいた。
「……だれだ?」
黒い煤まみれになっていたため、そのうごめくものがアイランドだということにまでは気づけなかった。
「ちょっとゴブリンに似てますね」
とマリア。
「煙突を掃除した後の」
「おれにはウィル・オー・ウィスプに見えます」
とカナモス。
「黒い森に住んでいる」
「じゃあ間をとって、インプってことにしておこう」
代表的な小悪魔の名前をムライはあげた。
「そうすりゃ、いまからするのが悪魔祓いってことになる」
光の波濤で黒いかたまりをムライは打ち払った。「きゃっ……」というごくごく小さな悲鳴は、少しも彼の耳には届かなかった。




