第十二話:タイトルが思いつかないってことはつまりそれほど大した内容でないことを示しているのかもしれないというのは無題だって題名であることには他ならないから-4
地獄……自分の置かれた環境のこと。
「旦那!」
今日もカナモスはやって来た。
「だからおれのことをそう呼ぶんじゃねえよ!」
ムライはどなった。
「おれまで奴隷商人みたく思われるじゃねえか!」
ムライにレスキューされたのち、カナモスはいたく感激し、改心し、いまはムライのことを「旦那」、マリアのことを「お嬢様」と呼び慕っていた。そしてぜひ自分もこの教会に住まわせてほしいと乞い願うのだった。
「だめ! 絶対だめ!」
ムライはかたくなだ。
「この教会はそもそも人間がひとりで住むための建物なんだよ! これ以上人が増えたら足を伸ばして眠れなくなる!」
「なら立って寝ますよ」
カナモスは譲らない。
「こんなおれを助けてくれたのは、兄貴が初めてなんです。だからどうしてもお役に立ちたい……」
「だったら居候させてくれてくれとかいって迷惑かけるんじゃねえよ!」
「そこをなんとか!」
「あー、もう」
ムライは頭をかいた。
「そもそも、なんでお前はマリアをさらおうとしたんだよ? そこんところを説明してくれ」
「は、そうでした」
カナモスはしゃちほこばって、
「話せば長くなりますが……」
「じゃあいいや」
……数年前まで、おれはここから南にある都市・ウインドウで働いていました。
「いいっつってるだろ」
おれは昔から要領が悪くて、人が十作れるところを、〇.一しか作れませんでした。
「絶望的だな」
と、ここで中断する。彼の語りは思っていたよりも長く、そのすべてをここに書き連ねると、あなたの時間を無駄に浪費してしまうことになる。それはちょっと、こちらとしても本意ではないのだ。だからざっと要約すると、こういうことになる。
カナモスはある田舎で生まれた。成人すると、両親をそこに置いて街へ働きに出た。しかし到着してそうそう、親からもらった金をすべて風俗に突っ込み、一日半で一文無し。借りた家の家具まで勝手に売っぱらってしまうので、追い出され、いきなり路頭に迷う。しかたがないので住み込みで働き始めるも、覚えが極めて悪く、素行も悪いうえ、給料の前借りばっかりを要求したため、事故を装って同僚や上司に三十回ほど殺されかけたという。しかしそのすべてをかわしたため、どうしようもなくなり、退職金代わりのナツメヤシを投げつけられ、とうとう追い出された。やけになり、することもなくなって、あてもなく彷徨していると、人気のない森の花畑、たったひとりで花を摘む少女がいるではないか!
「まるで天使が降りてきたのかと思いましたよ。ちょうど木々の枝をぬって降りてくる日が、その少女だけを照らしていて……」
そういうわけでカナモスはその場で奴隷商人に転職し、彼女をさらって売り飛ばそうと決意した。が、要領の悪さは犯罪者まがいに身を落としても相変わらず、はるか年下の少女にあっさりと逃げられてしまう。
「いやなんか、うたた寝してたらいなくなってて……」
そこからはすでに明らかにされている通りである。
「お願いしますよ……他に行くところがないんです」
「いや、あるぞ」
「ホントですか!」
「地獄」
「勘弁してくださいよ……」
カナモスは泣き声を上げた。
「おれ、神様は信じているけど、そういう自分に都合の悪い部分は信じていないんですから!」
その後もカナモスはしつこくムライに頼んだ。何度水をかけても落ちない汚れの厚かましさで、また財宝を盗まれたドラゴンの執念で。そういうわけで、とうとうムライのほうが折れた。ぼきっと。
「わかったよ……」
ため息をついて(これで何度目だ? とムライは思った。最近ため息をついてばかりいるような気がする)、ムライは、
「これ以上がなり立てられるのもイヤだし、この教会に置いてやる」
「ありがとうございます!」
カナモスはほとんど泣かんばかりだった。
「いいか、マリア?」
ムライは訊ねた。
「お前をさらおうとして……さらいそこねたやつだが」
「わたしも居候ですし、口出しはできませんよ……いちおう、心は入れ替えてくれてるようですし」
「お嬢様!」
「それはやめてね」
「あれ、また増えてる」
いつの間にか近づいていたハームフルがいった。
「おう、どうしたキ印。病院への推薦状が欲しいのか?」
とムライ。
「それならもうたくさん持ってるよ」
「ああそう」
「お、揃っておるな」
今度はメイフライが訪れる。
「なんだこの迷惑ジジイ。お前までやって来たのか」
ムライはおどろいていった。
「一体全体なにをしにここへ?」
「感謝するのじゃぞ」
「なにに?」
老人以外の全員が声を揃えていった。
「この話にオチをつけにやって来てやったのじゃ」
そういうが早いか、懐から取り出したのは明らかに懐にはしまえなさそうなほど大きなレバー。「あ!」とか「え!」とかをだれかが言う前に、蝿の跳躍の素早さで、老人はそれをがしゃんと引いた。
いつの間に細工をしてあったのだろう、あたり一体が、昨日までとは異なり、真下に空洞を抱えていた。つまり……
「あああああ!」
絶叫。悲鳴。その他もろもろの大声。ムライも、マリアも、カナモスも、ハームフルも、そして張本人たるメイフライまで、さらにいままで一度たりとも出演していない人畜無害なご近所さんたちまでもが、果てしなく続くかと思われる暗闇に満ち満ちた大穴へ落下していく……
「え、続きどうすんの?」
ムライはだれともなく訊ねた。
「知らん!」
ムライ以外の全員がそう返答した。
「おい、じいさん。あんたにはこの事態をなんとかする責任があるぞ」
傍らを落ちいく老人に神父は迫った。
「あとにしてくれんか」
メイフライは面倒くさそうにいった。
「いまは落ちるのに忙しいんじゃ」




