第十一話:タイトルが思いつかないってことはつまりそれほど大した内容でないことを示しているのかもしれないというのは無題だって題名であることには他ならないから-3
魔物……ゼロイチの蝿。
村は今日も騒がしい。
だから始め、ムライは外から聞こえてくるその音に誤った原因を当てはめた。誤った原因というのは、たとえば離婚調停中の夫婦がお互いに子供を押し付けあったあげく殺してしまい、死んだ子供の幽霊が考えなしの両親に復讐するため同じような境遇を死因とした同胞たちをあの世で集めて舞い戻ってくるとか、それを迎え撃とうと両親が雇うのに成功したと思った死霊術師がほんとのところはただの市の職員だったことが判明し、けっきょく全員死んでしまったとか、その市の職員の両親もまた慰謝料を請求する裁判を幽霊を相手取って行おうとした、とか。まあいろいろである。<コマンド>ではこんな気狂い沙汰がしょっちゅう起こる。というのも、関わる人間がだいたい気狂いだからである。
だが、どうも聞こてくる音はそんなトラブルの経過を示すものではないようだ。だいいち、ずいぶんと多くの足音が聞こえる……こんなに足の多い人間は、少なくともこの村のなかにはいない、とムライは思った。知ってる中で一番多いのは酒場の主人・ダイバーで、その数は八本、しかも、日によっても変わるというもっぱらのうわさ。
「なんか音が聞こえないか?」
奴隷商人(になろうとして失敗した男)カナモスが、不安そうになって訊ねた。
「まるで百鬼夜行みたいな音だ」
「すると、魑魅魍魎がいるってわけか? まさか!」
ムライは信じない。村にそれほど多くの魔物が現れた事例は、いままでに一回もなかったはずだ。そのことを確かめようとして、外に出てみた。
「わお」
魔物の大群が、山のほうから大挙して押し寄せていた。ゴブリン、コボルト、トロル、ウルフ、スケルトン、ナチュラルゴーレム、ブルーアメーバ、マウンテンオーガ、エメラルドスネーク、カンランアオダイショウ、ノース・バタフライ、ラージラット、イビルホース……なにからなにまで勢ぞろい。共通項といえば、どれも山を住処にしているということだけ。しかしこれだけの種類が、あのちっぽけな山にいたのだろうか? ムライは首をかしげる。
するともっと首をかしげたくなるようなものが目に飛び込んできた。それは群れの先頭にいて、もうちょっと魔物らしい格好をしていたのなら群れのリーダーかと勘違いしてしまいそうだが、残念ながらそれほど魔物っぽい見た目ではなく、それにしたってだいぶ汚らしくはあったが、とにかくどう見てもそれは人間で、しかもムライがよくとはいわないまでもそれなりに知っている人物で、つまるところマリアだったからである。
「マリア」
ムライは叫んだ。
「なにしてんだ?」
「すみません!」
マリアは魔王の飼い猫のしっぽを踏んづけてしまった部下のごとく全力で逃走していた。泣き声の声明はそのせいもあったのだろう。
「ムライさんを面倒に巻き込みたくなくて……」
「よけいに面倒になってんじゃねえか!」
そろそろ魔物が突っ込んでくるので、自分も逃げ出す姿勢を整えてムライは叫んだ。
「なんたってこんなもん連れてくるんだ! 帰るならひとりで帰ってこいよ!」
「いやっ……でもっ……」
ムライは怒鳴り声であったが、その声の底の底、見えないくらいの深淵の岸辺に聞こえる水の音が、ほのかに温かみを感じさせるものであったことが、あんがい、マリアにはうれしく、思わずこんな冗談をいってみたくなってしまう。
「手ぶらじゃなんですし……」
「あああああ!」
すっかり気が動転し、膀胱も動転したのか、失禁しながらぶっ倒れるカナモス。すぐそばまでトロルが迫っているにも関わらず、腰を上げることができない。それというのも、近所の悪童が、たまたまその場所に接着剤を垂れ流していたからである。
「この村はクソガキばっかりだ! 魔物は連れてくるわ、接着剤をブチ撒けるわ……」
「いまさら気づいたのかい?」
とムライがいった。
とうとうカナモスのもとへたどり着いたトロルが、軽々と地面との接着から引き剥がし、彼を助けてくれた。
「あ、どうも……」
するとそのまま手を口に運んだ。すかさずカナモスはわめきだし、そのわめきっぷりにはトロルすら引いた。
「あああ! やめろ! おれはまだひとりも奴隷を売ってねえんだ! あと百人奴隷を売りさばくまでは死ねねえ!」
「死んだほうがいいだろそれ」
とムライ。
「あああああああ! 死にたくなあああい!」
もうトロルの大口に半分突っ込まれているのに、まだ健在の命乞い。するとムライ、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ哀れになり、助けてやろうという気になった。そうだ。と、もっとよい手段を思いつく。面倒だから、この際まとめて……
形式ばかりの深呼吸。べつにしなくたっていいルーティーン。それでもやるのはなぜだろう。きっと――きっとそうしたほうが、少し「ハリ」がでるからなのだろう。そのくらいの準備がなければ――あまりにもあっけがないから。
ムライは、魔物の群れをにらみすえ――まるで視線でもって殲滅をはかろうとするかのように――ただそれだけ、それだけを、他の身体の部位は動かぬ石のごとくして、そして一言、あんまり複雑でこったネーミングはそもそも考えることすら面倒臭いとして、あまりにもシンプルな記号を当てはめたその<奇跡>の行使の嚆矢を――
「雷」
天を覆う黒雲。
雨と降り注ぐプラズマ。
世界を包む轟音。
腕一つ残らぬ犠牲者たち。
……しばらくなにも、なにも聞こえなかった。もちろんあまりの轟音であったため、鼓膜が一時的に仕事を放棄したことが原因だった。
マリアはぽかんとして、いままで自分を追っていたあらゆる魔物たちが、もはやその原型すらとどめず、春に海へ撒くような、白い灰と成り果てたことを知った。
ムライは取り立てて変わった様子もなく、奇跡を使用したあとはいつもそうなのだが、ただちょっとだけ早くなった動悸をうっとうしく思っていた。ちなみにこれは力の行使の代償だとか、そういう設定ではまったくなく、ただ日頃の運動不足が祟ったためである。
カナモスは気絶していた。トロルに半分飲み込まれていたため、雷も半分直撃してしまったのだ。
「さすがにそこまでは面倒見きれない」
とムライはぼやいた。




