第十話:タイトルが思いつかないってことはつまりそれほど大した内容でないことを示しているのかもしれないというのは無題だって題名であることには他ならないから-2
吸血鬼……ガーゴイルのライバル。
マリアは教会を逃げ出した。
ムライを面倒事に巻き込みたくなかったからだ。
彼女はいつの間にか村を抜け、山に入り込んでいた。とげとげしい植物が、駆け走る少女の体をしきりに傷つけた。
――果たして最初から、こんな行動に出ることを予想していたのだろうか? 彼女は自分自身に問うてみる。またあの商人が、自分をさらおうとした商人があらわれたのだったら。あのような商人は、たいてい大きな犯罪組織の下っ端であることが多い、と彼女はどこかで聞いたことがあった。もしムライがあの男をどうにかしたとして、組織の報復は免れ得ないだろう。
――だったら、自分がいなければいい!
斜面。急斜面。勾配。坂道。下り坂。上り坂。枝。茂み。大風。疾駆、疾駆、疾駆……ひたすらマリアは走り続ける。もしいま側にだれかがいて、そんな彼女のようすを見、たまたまもうひとりその場にいた人物に、「この少女はどういう性格だと思う?」と聞かれたのなら、「むこうみず」と答えるに違いない。まあつまり、だいぶ見境のない、後先を考えないような走りであった。
ところで、後先を考えない行動というのはたいてい実によくない結果をもたらすものだ。かつて世界に「大賢者」の名を馳せたマハンドレイクという魔術師は、ある日後先を考えない行動をした結果、すべての地位を剥奪され、晩年は吸血鬼の世話を受ける羽目になった。ところがこの吸血鬼というのがとんでもなく可憐な少女であり、いつしかふたりの間に愛が芽生え、種族の壁を超越した婚礼が執り行われることとなったのである。これのどこがよくない結果なんだよと思われる向きがあるかもしれないが、それは、ええと……あっ、そんなことよりいまはマリアを見たほうがいいだろう。
なんだかヤバげな局面に突入したようだから。
□ □ □ □ □ □ □
「……おい」
奴隷商人がいった。
「探しに行かないのか?」
「えー」
答えて曰くムライ、
「なんで?」
「なんで……って」
答えに窮する男。
「いや、そういうもんじゃないか? ふつう」
「お前のふつうなんて知らねえよ」
ムライは不機嫌になって、
「そんな人によってまちまちな基準をさも全人類共通かのように持ち出してくるんじゃねえよ……さすが奴隷商人だな、常識に欠ける」
「そうか……たしかにそうだな……」
すごすご引き下がったかに思われたが、すぐまた再燃、あからさまに短い導火線への着火。ただちに爆発。
「いやいやいや! 早く探しに行けよ! 一応お前が保護者なんだろ!?」
「はー? おれが?」
とムライ。
「どんな法的根拠があってそんなこというんだよ」
「こういうのに法律とか持ち出してくるんじゃねえよ!」
「いや持ち出すね。おれがいつどこでそんな手続きをしたんだ? おれは絶対なにもやってないぞ。その自信がある。断言するが、おれはここ数ヶ月ペンを握っていない」
「偉そうにいうことじゃねえだろ」
「ぜんぜん偉そうじゃねえだろうがよ」
ムライと男――いい加減この代名詞を使うのが面倒くさいので名前を教えてしまうとカナモスである――は教会で延々と言い争っていた。議題は「マリアを探しに行くか、否か」である。ムライはマリアは自分自身の意思でもって行動したのであり、法律上赤の他人である自分がそれについてどうこう口を出す権限は一切ないしそもそも口を出す気もないと主張。一方の男はというと、
「こういうときは探しに行くもんだろ!?」
との一点張り。
「お前、物語の読み過ぎだぞ」
ムライは呆れていうのだった。
「なんだよ『こういうとき』って。現実にはそんなお約束もなにも存在しないんだよ」
「あー! なんだこいつ!」
男は金切り声をあげ頭をかきむしった。いや、頭をかきむしって金切り声をあげたのかもしれない。その違いが今後の展開を大きく左右する重大な分岐なのかというと、まったくそんなことはないが。
「おれは奴隷商人だが、お前はおれよりひどい人間であるかもしれない!」
「それがどうした。おれは道徳の最底辺をさすらう男だぞ」
ムライは負けじと言い返す。
「そんじょそこらの悪役に負けてたまるか」
こういうくだらないことでひたすら言い争っていると、たいていはよくない結果をもたらすものだ。かつてこの大陸で「剣聖」の名を轟かしたマカフシは、ある日しでかしたくだらない言い争いのせいで、死んだ。
こうしたことから考えてみるに、後先考えない行動よりも、くだらない言い争いのほうがずっとずっとよくない結果をもたらすという事実は、ほぼ確実に証明されたかのように思われる。なぜ「ほぼ」とついているのかというと、たったいま、これから、完全な証明がなされるからである。もし学識高い人びとが居合わせたのならば、歴史的なその発見をきちんと記録し、今後の文明の発展に計り知れなく寄与させたであろうが……
当然ながら、この<コマンド>に、そんな人物はひとりもいないのであった。




