第九話:タイトルが思いつかないってことはつまりそれほど大した内容でないことを示しているのかもしれないというのは無題だって題名であることには他ならないから-1
デジャヴュ……これやった問題だ!
老人は名をメイフライと名乗った。ムライは聞いてから三秒で忘れた。二秒維持できたのは、そのあいだにこの老人をボコボコにしたからである。
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村に戻ると、またムライの怠惰な日々が始まった。しかしこの言い方は不適当である。なぜならいつ何時だって、彼は怠惰であるからだ。
外では風が吹き、常緑樹の葉を揺らし、畑の作物には陽が注ぐなどしていたが、ムライはなにもしていなかった。
外では雨が振り、畝を歩く虫の体を打ち、人びとの服を濡れさせるなどしていたが、ムライはなにもしていなかった。
外ではちょっと変わった人物が来たため、<コマンド>に限らず田舎にはよくあることとして、非常に目立ち、村人たちに懐疑の目線を浴びせられていたが、ムライはなにもしていなかった。彼にとってはそれでもまあよかったのだろうが、彼女にとってはぜんぜんそんなことはなかった。彼女というのは、言うまでもなくマリアのことである。
ある日、いつものように絶望的な壁磨きにマリアが従事していたときのこと。彼女は向こう側からやって来る黒い人影に気がついた。空はよく晴れ、だいたい九:一の雲模様であったが、それだけに彼の人影はよく目立って黒かった。
そこまで確認して、マリアは「ん?」と思う。これはもうやった展開なのでは……? フランス語でデジャビュ。そんな異世界の言語がまた脳領域を居丈高によぎる。その存在感を誇示するかのように、自分がどれだけこの局面において重大なる地位を占めるのかを強調するように……
で、それはわりと正当な主張であるのだった。というのも、その人影の主は……
どたどたと土煙。国宝級のスライディング。並み居る机を蹴倒し滑り込む。
「おい、おい! なんだよどうしたんだよ?」
祭壇から跳ね起きムライが問いただす。
「事件がやって来ました……」
怯えの色を声にひとさし、さらに軽微な振動すら加えてみせ、結果的に自身の不安を十二分に表現することに成功しているボイスでマリアはいった。
「は? 事件?」
さっぱりムライにはなにがなにやらわからなかった。
「どういう事件?」
「誘拐です」
「誘拐事件がやって来たって?」
ムライは外に出て確認。
「あら、ほんとうだ」
白土の道をこの廃墟もどきへ向かってやって来るのは、ぶっちゃけ作者すら何話前、作中世界においては何日前に登場したのかさっぱり覚えていない、あの男――誘拐未遂犯であった。両者の距離が縮まるにつれ、ムライは相手のおっさん顔が、なんだかだいぶ赤らんで見えることに気がついた。
「おい、おい、おいおいおいおい!」
まだ会って二回目の人物に対してするにはあまりにも礼を欠いた表現で男は挨拶した。
「お前えええぇ! 隠してたなあ!」
「はて? なんのことですかな?」
ムライはまたとぼけてみた。彼の計算によれば、この男はあんまり賢そうではないため、こちらが以前とまったく同じ対応をとれば、相手もまったく同じ応対をするしかなくなり、したがってまた尻尾巻いて逃げるだろうかと思われた。ただ、なんだか怒っているように見えるのが不安材料だが……人間がコンピュータと違うのは、感情くらいのものだからである。
「税金の取り立てならお門違いですよ。うちは教会なんで。あっ、ハームフルっていう薬屋の娘のとこへ行ったらどうですか。あいつ絶対やってますよ。わたしにはわかるんです」
「そんなんじゃねえよ!」
失敗である。
「奴隷だよど・れ・い! この前来たときはいねえとかいったくせによおおおおお」
「はあ、奴隷?」
自分ではけっこう完璧だと思っていた作戦があっけなく破局を迎えたため、かなり不機嫌になり、やけくそにもなって、ムライの地が早速露呈し始めた。
「あの貧乏くさい娘だよ! いまここで壁を磨いているのをみたぞ! このきったねえ壁をな!」
「は? よくもまあいきなり人の居住空間を汚いなどと罵れるな……生まれつき舌が腐ってんのか?」
「どう見ても汚えじゃねえか。これがきれいだと思えるやつがいるか?」
「いるわけねえだろバカか?」
「だよなあ……」
納得してうなずき、男は帰った……というのが儚い望みであることは、ムライ自身よくわかっていた。
「……いやいや、そんなのはどうでもよくって……あああ! 娘だよ娘! お前が匿ってるんだろ!?」
刹那、煙に巻かれかけたが、無事その黒色煙塵からの脱出に成功し、男はまた威勢を回復した。
「早く出せよ!」
……どうしようっかな?
ムライはこのとき、心のなかでふたつの選択肢を考えていた。が、片側はちょっと考え出した自分自身のことが疑わしくなるようなものであったので、実質ひとつ。というので早速、それを実行しようとして――大きな音が、教会の内側から響いた。
「なんだ?」
カッカしていた男も思わず訊ねた。
「知るか。でもまるで机を全部ひっくり返したあと、裏口のドアを大慌てでぶち破ったような音だったな」
ムライはそう答え、教会に入ってみると、そこにあった机は全部ひっくり返され、裏口のドアはぶち破られていた。
隠れていたはずのマリアは消えていた。
「……マリア」
ムライはつぶやいた。
「けっこう面白いんだなお前」




