第9話「沈没船の予言」
地下倉庫の扉が重々しく開かれた。
監査官バルカスの先導で、ギルド長、ガウェイン、そしてアルベルトが足を踏み入れる。
ひんやりとした空気が漂う中、バルカスが手に持った「公式帳簿」を睨んだ。
「……公式記録によれば、ここには予備の極大魔石が十個、そして高品質の回復ポーションが百五十本収められているはずだ」
「そ、そうですとも! ガウェイン卿が万が一のためにと確保を命じた『英雄の備蓄』ですよ!」
ギルド長が、震える声で補足する。
バルカスが、一番奥の棚の封印を解いた。
そこに現れたのは、光り輝く魔石……ではなく、空っぽの木箱の山だった。
「……なんだ、これは」
バルカスの声が、低く波打った。
棚の奥には、魔石の代わりに石ころが詰められ、ポーションの瓶にはただの水が入っていた。
「な……!? 馬鹿な! 盗賊か!? 盗賊が入ったのか!」
ギルド長が悲鳴を上げる。
ガウェインも、愕然とした表情を浮かべた。
「……そんな。俺の、俺の備蓄が……。アルベルト! 貴様、管理を任されていたお前が盗んだのか!」
アルベルトは、箱の中身をじっと見つめ、一つだけ溜め息をついた。
「盗まれたわけではありません。……ガウェイン。君が王都の商館に送った『魔法薬のサンプル』の総重量と、ここに欠落している魔石の総重量。……監査官様、お手元の私の個人帳簿、三十二ページをご覧ください」
バルカスが帳簿をめくる。
そこには、ガウェインが賄賂として贈った品々と、その原材料として「廃棄処理」された魔石の照合記録が、分単位で記されていた。
「……帳簿の上では廃棄だが、現物は横流しされていた、ということか。この記録係の数字に、一切の矛盾はない」
バルカスが、ガウェインを冷酷な目で見据えた。
「グッ……! そ、それは、ギルドの知名度を上げるための、必要な投資で……!」
「投資? ……いいえ、それはただの『粉飾』です」
アルベルトが、一歩前に出た。
「ガウェイン、君が獲得したマルス伯爵家との契約。その利息計算と、現在のギルドの資金流動性を再計算しました。……ギルド長、よくお聞きください」
アルベルトは、医務室のベッドで苦しむ冒険者たちや、壊れた装備を持った若手たちのことを思い出した。
彼らの「命」を削って作られた嘘の数字。
「誰を犯人にしようと、誰をクビにしようと、一週間後にはマルス伯爵家への違約金が発生します。……現在のギルドの現金保有高では、その一割も払えません。連鎖的に、主要な商会員からの支払い要求も殺到するでしょう」
アルベルトの声は、どこか遠い未来の出来事を告げる予言者のようだった。
「あと七日。……七日後の正午に、このギルド『銀の盾』は、物理的に資金が底をつき、不渡りを起こします。建物も、実績も、すべてが差し押さえられる」
「……な、七日だと!?」
ギルド長が膝から崩れ落ちた。
「嘘だ! そんなはずはない! 俺が……俺がいるんだぞ!」
ガウェインが叫ぶが、その声はもはや誰にも届かない。
「バルカス監査官。……私の仕事は、ここまでです。私は記録係であって、沈没する船を救うために雇われたわけではありませんから」
アルベルトは、バルカスの手にある自分の帳簿を、指先で軽く叩いた。
「七日後の正午。……その時、誰が正しかったか、数字が答えを出します」
第9話、お読みいただきありがとうございます。
倉庫の現物確認。
ここでの「空の箱」というビジュアルは、まさにガウェインの「中身のない名声」そのものの比喩でもあります。
アルベルトは感情的に怒るのではなく、
ただ「七日後に死ぬ」という客観的な事実を告げる。
その冷徹さが、嘘にまみれた彼らには何よりの恐怖になります。
第10話は、最後の一押しとなる「詐欺師のパトロン」の正体。
そして第11話での「最後の一行」へと繋がっていきます。
よろしくお願いします。




