第8話「逆恨みの構図」
監査二日目。
ギルド「銀の盾」の空気は、前日の熱狂が嘘のように冷え切っていた。
監査官バルカスによって指摘された「数値の乖離」。
それは、英雄ガウェインの華々しい戦果の裏側に、説明のつかない巨額の使途不明金が存在することを意味していた。
ギルド長室。
そこでは、ギルド長とガウェインが、脂汗を流しながら密談を交わしていた。
「……どうするんだ、ガウェイン! あのアホの記録係が、余計な帳簿まで監査官に見せやがって! 魔石の横流しがバレたら、俺もあんたも破滅だぞ!」
ガウェインは椅子の背を蹴り上げ、低く唸った。
「分かってる! ……だいたい、あの陰気な野郎が、あんな完璧な帳簿をつけていやがるとは思わなかったんだ。……だが、策はある」
ガウェインの目に、卑劣な光が宿った。
「数字が完璧すぎるなら、それ自体を凶器にすればいい。……あいつは無能で、スキルも持たない。そんな奴が、あんな緻密な計算を一人でできると思うか? 普通なら、魔法的な演算機を使うはずだ」
「……どういう意味だ?」
「『アルベルトが、ギルドの名声を落とすために、数字を捏造した』。そう言えばいいんだよ。あいつは記録係という立場を利用して、俺たちの輝かしい功績を、帳簿の上でだけ汚していたんだ、とな」
一時間後。
ホールの中心で、アルベルトは冷たい視線に晒されていた。
「アルベルト! 貴様、自分の立場を何だと思っている!」
ギルド長の声が、ホール全体に響き渡る。
監査官たちの前で、ギルド長はアルベルトが提出した帳簿を机に叩きつけた。
「バルカス様、申し訳ございません。……調査の結果、この記録係アルベルトは、ガウェイン卿の活躍に嫉妬し、独断で数字を書き換えていたことが判明しました。彼はスキルを持たない劣等感を、こうした卑劣な『公文書偽造』で晴らそうとしていたのです!」
ガウェインも、悲劇のヒーローのような顔で溜め息をついた。
「……信じていたのに、残念だよ、アルベルト。君が夜な夜な帳簿と睨み合っていたのは、俺たちを陥れるための罠を練っていたからだったのか」
周囲の冒険者たちから、石を投げつけるような罵声が飛ぶ。
「やっぱりあいつ、無能なだけじゃなくてクズだったのか!」「英雄様を貶めるなんて、死んで償え!」
アルベルトは、動じなかった。
罵声の嵐の中で、彼はただ、バルカス監査官の反応を見ていた。
「アルベルト君。……反論はあるか?」
バルカスが、鋭い目で問いかける。
「反論、ですか。必要ありません」
アルベルトの声は、どこまでもフラットだった。
「数字は事実です。もし私が偽造したのであれば、倉庫に残っている『現物』の在庫数と帳簿が一致するはずがありません。……ギルド長、今すぐ倉庫の封印を解き、監査官の目の前で実数確認(棚卸し)を行えば、どちらが嘘を吐いているか、計算は一瞬で終わりますが?」
ギルド長の顔が、一気に土色になった。
「な、なにを……! 棚卸しなど、時間がかかることを今、この非常時にできるわけがないだろう!」
「いいえ。……君の言う『完璧な帳簿』が正しいのか、それとも『捏造』なのか。それを証明するには、現物確認が最も効率的だ」
バルカスが立ち上がった。
「今から倉庫へ向かう。……ガウェイン卿、ギルド長。同行してもらうぞ」
アルベルトは、ペンをポケットに差し込み、静かに歩き出した。
彼には分かっていた。
この倉庫確認の先にあるのは、自分の勝利ではない。
ガウェインが「口先」で取り繕う間もないほど、決定的な「物理的な破綻」だ。
そしてその破綻は、アルベルトを解雇へと追い込む、最後の一撃になることを。
第8話、お読みいただきありがとうございます。
追い詰められたライバルによる「記録の改ざん」容疑のなすりつけ。
いわゆる「逆恨み」ですが、主人公のアルベルトはどこまでも「現物と数字の整合性」で対抗します。
「数字は事実だ」という、彼にとっての絶対的な真理。
それが、感情に流される周囲の人間たちを追い詰めていく、静かな緊張感を出せればと思いました。
次回第9話、倉庫で待ち受けているのは、ガウェインすら予想し得なかった「沈没の決定打」です。
いよいよ物語が大きく動きます。




