第7話「監査の来襲」
その日は、朝からギルド全体の空気が張り詰めていた。
王立ギルド審査局。
各地のギルドの運営、財政、そして正当性を審査する最強の公的機関。その「監査官」たちが、黒い馬車に乗って「銀の盾」に降り立った。
「……随分と大掛かりな監査だな」
一階のメインホールでは、ガウェインが最高級の正装に身を包み、非の打ち所のない笑顔で彼らを迎えていた。
「ようこそ、我がギルドへ! 審査局の皆様。英雄ガウェイン、皆様の来訪を心より歓迎いたします。……調査の前に、私たちがどれほどの『栄光』を積み上げてきたか、まずは資料室でご説明しましょう」
ガウェインの声は朗々と響き、監査官たちの中には、彼との握手を光栄に感じる者もいた。
彼は買収済みの次席官をリーダーの隣に控えさせ、すべてを「ハッタリ」でコントロールしようとしていた。
一方、アルベルトは、ギルド長の指示により「地下に待機」させられていた。
彼のような暗い「無能」を監査官の目に触れさせたくない、というのがギルド長の判断だ。
しかし、監査は資料室だけで終わるものではなかった。
「話は分かりました。ガウェイン卿。……では、実務の記録を見せていただこう。特に、直近三カ月の物資調達と、魔石の消費内訳だ」
リーダーの監査官──鉄のような目をした中年男性、バルカスが言った。
次席官が慌てて「資料室の要約版で十分ですよ」と口を挟んだが、バルカスは首を横に振った。
「要約は嘘をつく。我々が見たいのは『生』の数字だ。……記録係を呼べ」
ギルド長が凍りついた。
ガウェインの笑顔が、一瞬だけピクリと動いた。
五分後。
アルベルトは、数冊の分厚い帳簿を抱えてホールに現れた。
インクの匂いを漂わせる地味な若者に、ガウェインは鋭い視線を送った。
(余計なことは言うな。要約だけを読め)──という無言の圧力。
アルベルトはそれを無視するように、バルカスの前に帳簿を開いた。
「記録係のアルベルトです。……こちらが、直近三カ月の全物品、全資産の『複式記録』です」
バルカスが帳簿を手に取った。
頁をめくるたびに、バルカスの眉間の皺が深くなっていく。
「……これは、君が書いたのか?」
「はい。すべての出納、戦域における消耗、そして在庫の減価償却費を秒単位でリンクさせています。……どの魔石が、どの戦闘で、どの冒険者の手によって消費されたか。そのすべてに照合番号を振っています」
ホールが静まり返った。
バルカス以外の監査官たちも、アルベルトの帳簿を覗き込み、息を呑んだ。
「……信じられん。これほどまでに正確で、ロジカルな記録は、王都の本部でも見たことがない。……まるで、ギルド全体の動きを『数字の檻』に閉じ込め、溢れ出しそうなノイズを無理やり整列させているようだ」
バルカスが帳簿に触れた瞬間、周囲を覆っていた不快な耳鳴りがぴたりと止まった。ガウェインのまき散らすハッタリという名の演算エラーが、アルベルトの冷徹な事実によって上書きされ、空間の解像度が一時的に正常化されたのだ。
バルカスは帳簿を閉じ、アルベルトをじっと見つめた。
「だが、アルベルト君。一つ聞きたい。……君のこの『完璧な記録』が示す消費量と、先ほどガウェイン卿が説明した『英雄的戦果』の間に、大きな乖離がある。……記録によれば、消費された物資の半分以上が、戦闘記録と紐付いていない」
ギルド長の顔から血の気が引いた。
ガウェインが、一歩前に出た。
「そ、れはですね、バルカス様! 英雄の行動には不測の事態がつきものでして、記録係のような現場を知らない者がつける数字には、どうしても誤差が──」
「誤差、ですか」
アルベルトが、静かに言った。
「私の記録に、誤差は一ミリグラムもありません。……もし数字が合わないのであれば、それは『起きていない戦闘』に物資が流れたか、あるいは『存在しない功績』のために資産が費やされたことを意味します」
ホールに、冷たい緊張が走った。
監査官たちの目が、ガウェインとギルド長に向けられる。
アルベルトは、ただ淡々と、ペンを握ったまま彼らを見返した。
彼は告発したわけではない。
ただ、自分の積み上げた「正確な数字」という名の刃を、公式な場所で抜いただけだった。その刃は、ハッタリという名のバグで肥大化したガウェインの虚飾を、音もなく切り裂いていく。
「……面白い。さらに詳しく調査させてもらおう。アルベルト君、君の予備の帳簿もすべて提供してもらう」
バルカスが言った。
ガウェインの、崩れかけた英雄の笑顔が、復讐の炎に変わるのを、アルベルトは正確に感知していた。
第7話、お読みいただきありがとうございました。
「記録が正確すぎる」ことが、嘘を吐く側にとっては最大の脅威となる監査シーン。
アルベルトの帳簿は、単なる金銭管理を超えて、不安定な世界を正常な値へと繋ぎ止める「管理者(Admin)」のような機能を見せ始めています。
数字で嘘という名のバグを切り裂く。
このカタルシスの先に待ち受けているのは、ガウェインによるさらに醜悪な足掻きです。
物語はここから、ギルドという小さな枠組みを超えて、世界の法則を巡る戦いへと加速していきます。
引き続き、よろしくお願いします。




