第6話「裏帳簿の秘密」
深夜の記録室。
アルベルトの目の前には、三枚の異なる帳簿が並べられていた。
一枚目は、ギルドの公式な「魔石消費記録」。
二枚目は、倉庫番が個人的につけていた「入出庫メモ」。
三枚目は、アルベルトが独自に集計した、各小隊の「実戦における魔法行使回数」の統計だ。
三枚の数字は、どれも一致していなかった。
「……不自然すぎる。公式記録では、先月の魔石消費量は過去最高。しかし、実際の戦果から算出される魔法行使回数は、その半分以下だ。消えた魔石のエネルギーはどこへ行った?」
消えた魔石の総量、大金貨にして三十枚分。
それは単なる金銭の損失ではなく、この世界の「魔法的な総質量」に穴を空ける行為だった。
アルベルトは、公文書館から取り寄せた古い記録を捲った。
『十年前、英雄アルトによる魔王討伐。行使された魔法の総量と、事後の魔石残存量に一万倍の乖離あり。原因、当時の記録係の隠蔽の疑い……』
この記録も嘘だ。あの英雄が何かを隠し、その負債を世界が受理しきれず、歪みとして残っている。
「ハッタリは魔法よりも質が悪い。現実というデータベースを直接書き換えてしまうからな」
「倉庫番のメモによれば、深夜に『特別な払い出し』が週に二回行われている。……承認者は、ガウェインか」
アルベルトは、暗い部屋で一人、冷たい確信を抱いた。
ガウェインは、ギルドの資産である魔石を、自分の交友関係を広げるための「贈り物」や、有力貴族への「賄賂」に使っている。記録上はすべて『演習での浪費』として処理されているが、現場の数字は嘘を言わなかった。
「アルベルト様、まだ起きていらっしゃるのですか?」
扉が開き、エリンが顔を出した。
彼女は新調された盾を背負い、夜警の任務を終えたところらしい。
「エリン。……少し、聞きたいことがある」
アルベルトは帳簿を隠さず、彼女を招き入れた。
「ガウェインと行動を共にした際、彼が『個人的な荷物』を誰かに渡しているのを見たことはないか? 特に、王都の商館や、審査局の関係者に」
エリンは少し考え、そして顔を曇らせた。
「……あります。一度だけ、審査局の次席官の方と酒場で密談しているのを。その時、小さな革袋を渡していました。ガウェイン様は『魔法薬のサンプルだ』と仰っていましたが……」
「魔法薬、か。魔石と同じ重さの革袋だったんじゃないか?」
「……まさか、ガウェイン様が横領を?」
エリンの声が震えた。
「確証はまだない。だが、数字のパズルのピースは埋まりつつある。……彼は、来るべき『監査』を、口先だけでなく物理的な対価で買収しようとしている」
その瞬間、窓の外に広がる王都の夜景が、一瞬だけ再起動するように点滅した。ガウェインが自分の評価を維持するために「存在しない功績」を捏造するたびに、世界は矛盾を解消しようとして莫大な演算を消費している。アルベルトの目には、その火花が青白い電子ノイズとなって見えていた。
本来なら、正義の騎士であるエリンは、今すぐ告発すべきだと叫ぶだろう。
しかし彼女は、アルベルトの静かな目を見て、踏みとどまった。
「……アルベルト様はどうされるのですか?」
「記録するだけだ」
アルベルトはペンを執り、新しい頁を開いた。
「今の段階で騒いでも、ギルド長はガウェインを庇い、俺が『書類を捏造した』とされて終わる。……だが、毒が体に回るのを待つ時間も、会計には必要だ」
アルベルトは、ガウェインの名前の横に、今までで最も大きな「不明金」を書き込んだ。
「ガウェインが自分の嘘を守るために使っている金は、実は彼自身の首を絞める縄になる。……彼が買収した監査官が、いつまで彼の『嘘』に付き合ってくれるか。その損益分岐点を計算しておこう」
窓の外、夜が明けていく。
ガウェインは今日も、朝日を浴びて「英雄」として街を練り歩くだろう。
自分が「裏帳簿」という名の檻の中に一歩ずつ追い詰められていることにも気づかずに。
第6話、お読みいただきありがとうございました。
「裏帳簿」から透けて見える、十年前の英雄アルトの矛盾した記録。
アルベルトは、ガウェインの横領劇を単なる不正ではなく、世界のシステムを圧迫する「演算エラー」として捉えています。
魔石というリソースを不正に使い回すことで、世界は次第にその姿を保てなくなっていきます。
アルベルトが握った決定的な急所。それは同時に、この世界の存在そのものを危うくする真実への鍵でもあります。
第7話、ついに「監査」がやってきます。数字による反撃の時です。
引き続き、よろしくお願いします。




