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第5話「ハッタリの波及効果」

 風が冷たかった。

 国境付近の深い森。そこにあるのは、英雄ガウェイン率いる大規模遠征隊の野営地だ。


 しかし、そこには勝利の予感ではなく、焦燥と絶望の匂いが立ち込めていた。


「おい、ポーションはどうした! 追加の矢は!? さっきから補給係が一人も来ないじゃないか!」

「ガウェイン様は『完璧な補給ルートを確保した』って言ってたよな!? どうなってるんだ!」


 負傷した冒険者たちが、空になった薬瓶を地面に叩きつける。

 本来なら三時間前に到着しているはずの補給馬車が、一台も姿を見せていない。


 ガウェインは天幕の中で、地図を睨みつけながら叫んでいた。

 彼が声を荒らげるたび、天幕の隙間から見える空が、一瞬だけ幾何学的なブロック状に欠け、不気味な白黒のグリッド模様が透けて見えた。

 ハッタリで塗り固められた「英雄の進軍」という演算が、物理的な限界(リソース不足)に衝突し、世界の再描画が追いついていない。アルベルトには、その不吉なノイズが、明確な数値の崩壊として見えていた。


「遅い! 何をやってるんだ、運送ギルドの連中は! 俺が直々に最高額の契約を結んでやったんだぞ!」


 アルベルトは、天幕の影で静かに帳簿を閉じた。


「……当然の帰結だな」


 アルベルトはガウェインの背中に向かって、淡々と言った。


「ガウェイン。君が契約した運送ギルドは、一日の最大積載量を三割もオーバーした状態で出発している。さらに、君が『移動時間を短縮しろ』と厳命したせいで、彼らは近道を選んだ。……三日前の豪雨で、そのルートの橋が落ちていることも計算に入れずに」


「なんだと……!? お前、それを知っていたのか!」


「三日前の気象記録と、物流量の推移を見れば容易に予測できた。だから君に、輸送ルートの分散と予備日数の確保を具申したはずだ。……君は『そんな臆病な見積もりでは英雄の進軍に遅れる』と言って、握りつぶしたが」


「くそっ……! 今さらそんなことを言って何になる! 今すぐ何とかしろ! 物資がなければ、次のモンスターの波で俺たちは終わりだ!」


 ガウェインの顔は青ざめていた。

 口先だけで「万全」を売り、現実に裏切られた瞬間の、哀れな表情。


「何とか、は既にしてあります」

 アルベルトは、天幕の外を指差した。


「一昨日、廃棄処分扱いにしていた『賞味期限切れ間近のポーション』と『型落ちの矢』を、記録係の権限で近隣の廃村の倉庫に移送しておいた。……公的な補給路が途絶えた際のための、分散備蓄だ」


「……は?」


「記録上は『管理不備による廃棄』だが、物理的にはまだ消去デリートされていない。……システムのキャッシュに残された、一時的な猶予期間だ。今、エリンがそれを持ってこちらに向かっているはずだ。正規の馬車が来なくても、あと三日は戦い続けられる」


 数分後。

 エリンが複数の大きな袋を抱えて現れた。中にはアルベルトが「数字の隙間」から救い出した物資が詰まっている。


「物資が来ました! アルベルト様の指示通り、隠し倉庫に……!」


 冒険者たちから歓声が上がる。

 死地を脱した安堵。命の分配。


 ガウェインは驚愕に目を見開き、そして即座に表情を「英雄」へと戻した。

 彼は天幕の外へ飛び出し、叫んだ。


「見たか諸君! これが俺の、いや、我がギルドの『二段構えの補給戦術』だ! 橋が落ちることさえ計算に入れ、事前に物資を隠させておいたのだ!」


 呆気にとられるエリン。

 しかし冒険者たちは、ガウェインを信じた。

「さすがガウェイン様!」「そこまで読んでいたなんて!」


 アルベルトは、喧騒から離れた場所で、再びペンを走らせた。

 手柄を横取りされることには、もう慣れている。


 しかし、一部の年配の冒険者や、エリンだけは知っていた。

 ガウェインの言う「戦術」の裏に、どれほど緻密な、数字による裏付けがあったのかを。


 アルベルトの帳簿、ガウェインの項。

 そこには新しく、大きな「負債」が書き込まれた。


──他人の実績を借りて築いた名声。

 その償還期限は、確実に迫っている。

第5話、お読みいただきありがとうございました。


「ロジスティクス」の崩壊。それは、ハッタリという過剰な演算によって世界のリソースが枯渇し始めた予兆でもあります。

ガウェインがどれだけ声を上げようとも、空に走るノイズ(再描画エラー)は隠せません。


アルベルトが行った「廃棄物の利用」。それは世界のシステムがゴミとして処理しようとしたデータを、消去される直前に掠め取る「例外処理」のようなものです。


第6話、ギルドの不正を暴くアルベルト。物語はさらに「数字の嘘」の深層へと切り込んでいきます。

引き続き、よろしくお願いします。

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