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第4話「盾の傷跡と、隠れた在庫」

 ギルドの医務室は、常に重苦しい空気に満ちている。

 そこにあるのは「英雄」の栄光ではなく、栄光の影で使い捨てられた者たちの呻き声だ。


 アルベルトは、医務室の隅にあるベッドの傍らに立っていた。


「……また、俺が数字を間違えたか」


 ベッドに横たわっていたのは、重装備の盾騎士・エリンだった。

 彼女の左腕には真っ赤な包帯が巻かれ、枕元には無惨にひび割れた大盾が置かれている。昨夜の遠征で、崩壊した前衛を支え続けた代償だ。


「アルベルト……様」

 エリンが掠れた声で言った。

「ごめんなさい。盾を、持たせられませんでした」


「君が謝ることじゃない。この盾の耐用回数は、昨日の接敵二回目で限界値を突破していた。……俺が昨日、更新を具申したのに通らなかった結果だ」


 アルベルトは、ひび割れた盾の表面を指でなぞった。

 ガウェインは「盾は消耗品だ」と言い捨て、新しい盾の購入予算を自分のパレード用の馬車代に回した。その結果が、これだ。


「ガウェイン様は……『不屈の精神があれば、盾など不要だ』と。私が、未熟なせいです」


「精神力で物理法則は歪まない。……エリン、君に一つ、会計上の話をしよう」


 アルベルトは、懐から小さな手帳を取り出した。


「だが、数字の流れを追えばわかる。この倉庫の奥、台帳の目立たない隅に『分類不能な廃棄物』として記されている青い石の破片……あれはただのゴミじゃない。既存の物理法則システムでは測定できない、不変の強度を持った『固定定数』だ」


「え……?」


「重さも硬さも、この世界の天秤では正しく測れない。だが、俺の計算式はそれを『解読』した。今夜、その不変の石から抽出した青い塵を使って、君の盾を再構成する。……ギルド長やガウェインには内緒だ。資産価値ゼロのノイズをどう扱おうと、記録係である俺の権限内だからな」


「え……?」


「今夜、倉庫へ。俺が『帳簿外』のその素材を使って、君の盾を修復する。……ギルド長やガウェインには内緒だ。資産価値ゼロのゴミをどう扱おうと、記録係である俺の権限内だからな」


 その夜。

 真夜中の鍛冶場で、アルベルトはエリンの盾の亀裂に、青く輝く微細な塵を擦り込んでいた。

 それは修繕ではない。世界という名のシステムそのものの「値を固定する」作業だった。

 ハッタリという名のバグが蔓延するこのギルドで、唯一、何ものにも揺るがない真実の物理法則を、エリンの盾へと流し込んでいく。


「どうして、ここまでしてくれるんですか? 私は、ただの盾役なのに」

 エリンが不思議そうに聞いた。


「俺はきれいな数字が好きだからだ」

 アルベルトは、火花を見つめたまま答えた。

「君のような有能な人材が、計算ミスのような理由で摩耗ロストしていくのは、損失でしかない。……俺の記録の中で、君を『黒字』にし続けたいんだ」


 修復された盾は、以前よりも重厚で、鈍い銀色の光を放っていた。


 翌朝。

 再び遠征の準備をするガウェインが、エリンを見て鼻で笑った。

「なんだ、そんな重そうなゴミをまだ持っているのか。もっと軽い最新の盾でも魔法で出せればいいんだが、あいにく予算がないんでな。……せいぜい死なない程度に盾になってくれよ」


 エリンは何も言わず、ただ、新しくなった盾を強く握りしめた。

 ガウェインには見えていない。

 その盾が、今やギルドで最も「価値のある資産」になっていることを。


 アルベルトは記録室の窓から、彼女の背中を見送った。

 帳簿の「エリン」の項目。

 彼はそこに、小さな、しかし力強い注釈を書き加えた。


──資産価値:測定不能。

第4話、お読みいただきありがとうございました。


エリンの盾を修復したのは、通常の合金ではなく「不変の石」から抽出した欠片。

アルベルトはこれを、世界の値を固定する「定数」として捉えています。


ガウェインたちのハッタリが現実を歪める一方で、アルベルトは記録係としての権限を使い、世界の理(物理法則)をこっそりと「修正」し始めました。

この盾が、後の物語でどれほどの意味を持つことになるのか。


第5話では、さらに深刻化する世界の「演算ミス」にアルベルトが立ち向かいます。

引き続き、よろしくお願いします。

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