第11話「最後の一行」
監査最終日の正午前。
ギルド「銀の盾」のホールには、葬儀のような沈黙が流れていた。
監査官バルカスの前には、最終報告書が並べられている。
その隣には、顔面蒼白で震えるギルド長と、拳を握りしめて床を睨むガウェインの姿があった。
「……結論を申し上げる」
バルカスの声が、審判の鐘のように響いた。
「ギルド『銀の盾』は、放漫な経営と使途不明の支出、そして不透明な契約により、健全な運営能力を喪失していると判断せざるを得ない。……本日を以て、王立審査局は貴殿らの運営ライセンスを一時停止する。資産はすべて凍結、本日正午に全職員の立退きを命ずる」
「そ、そんな……! バルカス様、どうか再考を! すべては、この記録係の捏造なのです!」
ギルド長が、再びアルベルトを指差した。
「そうだ! こいつが……こいつが、俺たちの栄光を数字で汚し、監査官様に嘘の報告をしたんだ! こいつさえクビにすれば、ギルドはまたやり直せる!」
ガウェインの叫びは、もはや哀れな悲鳴に聞こえた。
アルベルトは、バルカスから渡された「最終署名」の帳簿を、静かに手に取った。
「……署名しますか? ギルド長」
アルベルトの声は、どこまでも澄んでいた。
「うるさい! 貴様はもう職員ではない! 今この瞬間を以て、アルベルト、貴様を不名誉解雇とする! 二度とこの敷居を跨ぐな、この疫病神が!」
ギルド長はアルベルトの手から帳簿を奪い取ると、乱暴に署名を書き殴った。
そして。
アルベルトの胸にあった銀色の「一級記録係」のバッジを、無残に引き剥がした。
バッジは床に落ち、乾いた音を立てた。
周囲の冒険者たちは、アルベルトを嘲笑うことすら忘れて、自分たちの職を失った絶望に立ち尽くしていた。
「……承知いたしました」
アルベルトは落ちたバッジを拾うことなく、自分の愛用していた古いペンを一本、胸のポケットに差し込んだ。
「最後に、記録係としての責務を果たさせていただきます」
彼はギルド長の腕をすり抜け、机の上に置かれた最終帳簿の余白に、サラサラとペンを走らせた。
そこには、監査官すら気づかなかった、ギルドの「死」を確定させる最後の一行が記された。
──状態:再起不能。原因:数字の軽視と、虚飾への耽溺。
「……私の最後の記録です。これ以後の数字は、もう私には関係ありません」
アルベルトはバルカスに一礼した。
バルカスは、その「最後の一行」を見て、隠しきれない感銘を受けたように、小さく頷いた。
「……君のような人材を、ゴミのように捨てるとはな。このギルドの最大の損失は、魔石でも金でもない。……君を失ったことだ」
アルベルトは何も答えず、鞄を背負って出口へ向かった。
出口には、エリンが立っていた。
彼女の目には、涙が浮かんでいた。
「アルベルト様……私は……」
「エリン。……君との冒険の記録、楽しかったよ。君の盾の強度は、三カ月は持つはずだ。その間に、新しい場所を探しなさい」
アルベルトが扉を開ける。
外には、抜けるような青空が広がっていた。
背後で、正午を告げる鐘が鳴った。
それはギルド「銀の盾」が崩壊し、無能と呼ばれた記録係が、自由を手に入れた瞬間の合図だった。
第11話、お読みいただきありがとうございます。
タイトルの「最後の一行」。
それは帳簿を閉じるための手続きであり、
同時にかつての居場所との決別の儀式でもあります。
バッジを引き剥がされ、名誉を汚されても、
アルベルトのプライドは「正確な事実」の中にだけあります。
そこを揺るがせなかった彼に、監査官バルカスが敬意を表すシーンは、
物語の大きな転換点です。
ついに次話、第一章完結の第12話です。
「記録係のいない明日」がどのようなものか、
そしてアルベルトの新しい一歩をご期待ください。




