第12話「記録係の進む先」
国境線の検問所を抜けると、そこには「銀の盾」があった王都とは全く違う、荒々しくも生命力に満ちた原野が広がっていた。
アルベルトは立ち止まり、一度だけ振り返った。
視線の先、遥か遠くに王都の尖塔が微かに見えたが、そこへの未練は一滴のインクほども残っていない。
「……計算通りですね、アルベルト様」
傍らで、大きな荷物を背負ったエリンが言った。
彼女はギルドが解散を命じられた後、迷うことなくアルベルトについてくることを選んだ。「最強の盾」を、最も正しく扱える者の側にいたい、という彼女なりの論理的帰結だった。
「計算通りだ。……今日、あのギルドは終わる」
アルベルトは懐から、古い止まった懐中時計を取り出した。
正午。
その瞬間、王都のギルド「銀の盾」では、前代未聞の事態が起きていた。
アルベルトが最後に署名した帳簿の『ロック』が自動的に解除され、同時に彼が仕掛けていた「負債相殺プログラム」が作動。ギルドに残された全資産が、未払いの給与と冒険者への補償として自動的に分配され、金庫は空になった。
残されたのは、莫大な負債の山と、何の機能も持たないガウェインの「口先」だけだ。
アルベルトは歩き出した。
懐の不変の石が、王都から離れるに従って、不気味なほどに青い輝きを増していく。
彼が弾き出した最終的な計算式。それは、この世界の全リソース(魔法と生命)が、ハッタリという名の「架空資産」によって食いつぶされ、残り一年でオーバーフローを起こして完全に崩壊するという、絶望的な予測だった。
王都の権力者たちは、この数字(事実)から目を逸らし続けている。
「……さあ、行こう。新しい演算拠点が待っている」
向かう先は、辺境の小さな街。そこにあるギルド「鉄の樽」。
そこは、世界で最も「管理」が届いていない、白紙の領域だ。そこに自分たちの経済圏を築き、世界のバグを修正するための演算リソースを確保する。それが、数字の理を知る記録係の、本当の意味での成り上がりだ。
「アルベルト様、その石……少しずつ文字のようなものが浮かんでいませんか?」
エリンが不思議そうに覗き込む。
石の表面には、アルベルトにしか読み取れない文字列が流れていた。
『Admin Protocol: Sector 02 analyzed. Next: Deployment of Anti-Bug Economy.』
アルベルトの本当の旅が始まった。
ペン一本。
嘘のない数字。
そして、自分の背中を預けられる盾の持ち主と共に。
無能と呼ばれた万年記録係の物語は、ここから、本当の意味で「世界をハックする」軌道へと乗り始める。
第12話までお読みいただき、本当にありがとうございました。
主人公アルベルトが手にした「不変の石」と、彼が弾き出した「世界の限界」。
ハッタリで世界を救おうとした『偽英雄』の時代を経て、物語は「事実と数字」によって世界を修正する段階へと突入しました。
物語はここで一旦の区切りとなりますが、彼らの記録が終わったわけではありません。
辺境で築かれる「対バグ経済圏」。そして姿を現し始める世界の管理者たち。
三部作の最終章『模造魔王』へと続く、壮大なアルデア大陸の物語は、ここからさらに解像度を上げていきます。
アルベルトとエリン、二人の行く末を、引き続き最後まで見守っていただければ幸いです。
次話、新たな舞台でお会いしましょう!




