29 娘勇者
勇者はたしかに強かった。
槍で攻撃し、檻で守る。
その攻撃力たるや、私の守備力に加えて守備魔法を使っても緩和しきれないので避けるしかないが、そのスペースは周囲につくられた檻によってだんだんせばめられている。
檻は私の通常攻撃では通じない。
爪は折れ、腕は砕け、魔法は通じない。
「グレゴリーはよく勝てたな」
「……騙されたんだよ」
勇者は言った。
なるほどと思えた。
槍と檻、攻め方が正攻法しかない。
それでこそ勇者たる戦い方で勝ってきたのだろう。
その正直さで、グレゴリーに絡め取られたのだろう。
そういえば、ライトフィールドが見つけたという勇者の装備に、あの指輪があった。
グレゴリーとは戦ったわけではないのか。
充分にせばまった檻の中で攻撃が避けきれなくなり、私は異空間を出して檻を抜ける。
「くそっ」
勇者は言う。
「勇者よ。お前はたしかに強い。だが」
私の方が強い。
やはりそうなのだ。
勇者がいかに強くても、私には異空間がある。
距離を取ることもできれば防ぐこともできる。
攻撃手段にもなる。
「正攻法しか使えないようでは、私には勝てんよ」
「そう決まったわけじゃない!」
勇者は槍で攻撃をしてくる。
上下左右、どこから出てくるわからない。
同時に無数の槍が来ることもある。
だがどこから出てきても同じなのだ。
私の周囲に異空間の出入り口を開けば、そこから槍は出ていってしまう。
勇者の背後にたくさんの人間が光のように現れた。
あれは……。
そうだ、王都警備隊とかいうやつらが使っていた技だ。
他人の期待を力に変える技。
さすがにその人数は警備隊の比ではない。
あんなものを使っていたら、日々、体をねじ切られるような痛みと戦っていることだろう。
勇者の攻撃力、防御力、素早さ、すべてが大きく上昇した。
しかしそういうことではないのだ。
攻撃を無効化し、移動し。
私は勇者の右腕を異空間で削った。
「ぐあっ!」
勇者はすぐに治療魔法をかけていたが、再生することはできないらしい。
孤独を感じる。
私に並べる力を持つ者が、勇者であっても
異空間、などという技をつかえるようになってしまったのがいけなかったのだろうか。
「お前では私には勝てん」
「そうみたいだな……」
勇者は槍を出すのをやめた。
「負けを認めるのか」
「ああ」
「勇者というのは、やられようとも、どこまでも戦い続けるものだと思っていたが。人間が滅びてもいいのか?」
「交代するだけだ」
「交代?」
「誰かいるのか?」
ファイス、ガンショット、グレゴリー。
それらの死体はある。
だがそれだけだ。
気配は完全に消え、死んでいることはまちがいない。
「勇者が最後の希望、人類の最後の手段だろう。まだ誰か、状況を変えられる人間がいるのか?」
「本当にわからないのか……?」
勇者はたしかめるように言う。
「なにがだ」
「本当に、僕しか見えていないのか?」
「なにが言いたい」
そのとき、私の右腕が破裂した。
私は即座に飛び退き、右腕を新たに生やす。
槍ではない。
「なにをした」
「僕はなにも」
勇者は両手を広げた。
私の足が破裂した。
私は飛び退きつつ、私が立っていたあたりに異空間をつくった。
床が半球形にえぐられる。
勇者は、はっ、とした顔をした。
そのあと、ほっとしたような顔も。
「なにかいるのか?」
「いる」
勇者は隠しもせず言った。
「それが私を攻撃しているのか」
「そうだ」
「堂々としたものだな」
「……、降伏するか?」
「なに?」
「降伏するなら殺しはしないと言っている」
「ほう……」
言っている?
「お前の技か」
「いや」
「誰かいるのか」
「そうだ」
「いつからいた」
「……最初から」
「最初から?」
「魔族ということか?」
「いや」
「人間?」
「そうだ」
「誰だ……」
「魔王。本当にわからないのか」
「わからない」
「本当に、本当にわからないのか」
「くどいぞ」
全力を尽くしても、気配を察知できないのだ。
それから思う。
さっきも気配を全力でたどったような気がする。
グレゴリーと戦ったときだ。
なぜ気配をたどる必要があったのだろう。
グレゴリーなど目で追える。
全力で気配をたどる必要などない。
グレゴリー以上に封魔の技を使いこなし、能力の高い勇者ですら目で追えるのだ。
劣化版に等しいグレゴリーの動きを追えないわけがない。
いや、なにかおかしい。
私はここへグレゴリーを倒しに来たのか?
わざわざ魔王城の一階から上がって?
六英雄たちを引き連れて。
なぜだ。
グレゴリーを倒すくらい私ひとりで充分だ。
なぜそんなまわりくどいことをする必要がある。
おかしい。
なにかが頭から抜けている。
そのなにかのために私はここへ来たのではないか?
私の体がまた破裂した。
移動しながら修復する。
「魔王。もう彼女の能力は完成した」
勇者は言った。
「グレゴリーによって、自分と他人との境界があいまいになったことが、最後のきっかけになったみたいだ」
「グレゴリーに取り込まれていたのはお前だろう。なんの話をしている」
「僕だけじゃない」
「は?」
「彼女は気配を消すことが自分の能力ではなかったのだと言っている」
彼女?
「なんの話だ」
「認識の話だよ」
「彼女はまだ小さいから、これはわかりやすく僕が補足している部分も多いけれども」
「そこにものがある。人がいる。それを感じ取れるか、感じ取れなくするかを選べる能力らしい」
「それは記憶も左右できる。特定の記憶を感じ取れないよう、働きかけることもできるんだ。他には、攻撃に当たらないようにもできる」
「特定の相手に、自分に攻撃を当てないよう、無意識下で考えさせる。そうすることで安全を保てる。魔王のようにきちんと考えて行動をするタイプには非常に有効だね」
私は体から放射状に炎の玉を発射した。
勇者は檻で防ぐ。
だが他に、誰かが防いだような様子は見られない。
この手段、さっき使った感覚が残っていた
なぜだ。
誰かがどこにいるか確認するような技を、私は使う必要がない。
気配をたどればわかるのだ。
魔王城の効果で、それだけの力が手に入っている。
だが。
「誰もいない」
「たとえ家の壁に穴が空いていても、それに気づかなければ、いやちがうな。それを当然と思ってしまえば、穴が空いていないのと変わらない。その状態を固定されてしまったら、本人がそれに気づくのは無理だろうね」
「だから、気配が薄い、というのは、彼女の能力の、ごく一部でしかなかったわけだ。彼女の気配が薄いのではなく、彼女を感じられないように、彼女は無意識に能力を使っていた。それをいまは、意識的に使えるようになっている。思い当たる部分もあるんじゃないか? といっても忘れてるのか」
「どうする。彼女は魔王を殺したくないらしいけれども」
「余計な心配だ」
「なら君は、魔王を殺さなければならない」
勇者は、私ではない誰かに言った。
それは実在するのだろうか。
勇者の能力の、ニックネームのようなものだろうか。
自分のかたわらに立ち、能力を具現化したら人の姿のようになって、同じ能力を持たないと姿がわからない。
そういうものではないのか?
「殺したくないそうだ」
勇者は言った。
「だったらどうする」
「……なるほど」
「なんだ?」
「すぐわかる」
その声のあと。
突然、頭の中が大きく揺さぶられるように、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。
だが気持ちは不思議に静かだ。
自分の内部が混ざり合っていくようなのに、それを横からながめているような、変な静けさがある。
体が動かない。
見えているものも、魔王城の中ではなくなった。
これまで私が見てきたものが、脈絡なくどんどんと見えてくる。
立っているのか、座っているのかもわからない。
おかしな空間にいた。
異空間が闇の中だとするなら、いまは光の中にいるかのようだ。
ただただ真っ白い光の中だ。
「……ですか! 起きてください、だいじょうぶですか!」
目を開けると少女がいた。
まわりは草原だった。
すこし離れたところに青年が立っている。
「ここは……?」
「自分が誰か、わかりますか?」
少女は言った。
「私は……? 誰だ……」
そう言うと、少女は私にしがみついた。
「良かった、良かった……!」
良くはないだろうと思ったが、少女が喜んでいる声を聞いていると、それは良いことなのかもしれないな、とも思えた。




