30 魔王
「こっちです」
私は少女と青年と山道を歩いていく。
しばらく進むと道がひらけた。
そこでは女性がたくさんいて、私のところへ集まってきた。
勇者さま、勇者さま、と私を呼ぶ。
どういうことなのかときくと、私のことだと少女が説明した。
「私が?」
「そうです。あなたは勇者さまです」
少女は言った。
青年はなにも言わなかった。
「勇者というのは、あの勇者ですか?」
「そうです」
他の女性たちは、勇者さま、勇者さま、と言い続けている。
「私はさっきまでなにをしていたんですか。覚えていないのですが」
「勇者さまは、いろんな人のために戦っていました。ちょっとつかれてるのかもしれませんね」
のどかな村だった。
「これをどうぞ」
少女は私に白い粒を三角形に整えたものをくれた。
「これは」
「おむすびです。勇者さまがお好きなものです」
「オムスビ……」
ひとつとって、口にしてみる。
ほのかな塩味で、気に入った。
いや、気に入ったというのはおかしいのか。
私の好きなものだ。
「たしかに私の好きなもののようです」
「勇者さまは魔王を倒したときに、大きなケガをして、いろいろなことを忘れてしまったみたいです」
「そうなんですね」
体が重いとか、そういうことはないようだった。
ケガなどは、青年が治してくれたとか、そういうことのようだ。
「平和になったので、ここで、一緒に、幸せに暮らしましょう。わたしたちはここで一緒にいたんです」
少女は言った。
「……」
私は青年を見た。
青年は村の女性たちと話をしていた。
「どうかしたんですか?」
少女は言った。
「いえ、別に」
私は村を見た。
ここに住んでいて、魔王を倒すために勇者となり、目的を果たして帰ってきた。
そういうことらしい。
「平和に暮らしましょう」
「はい」
「良かった!」
少女は笑った。
それを見て、私もなんだかほっとした。
「ミュラー」
なんだ?
私は、自分で言っておいて、それがよくわからなかった。
ミュラー?
ミュラー。
そうだ、ミュラーはどこだ。
村に置いてきたはず。
ミュラー。
いないわけがない。
ミュラーが私の指示を守らないわけはない。
ミュラーは私の側近だ。
私の側近?
勇者の側近?
勇者は側近という言い方をするか?
勇者。
私は勇者なのか?
勇者。
勇者……。
勇者…………。
勇者は、倒すものだ。
私は目を開けた。
傷だらけの床、壁、天井。
魔王城六階。
男勇者、娘勇者がいた。
「魔王……?」
男勇者が様子をうかがうように言った。
私は男勇者に突進し、爪で上段下段に牽制しながら、男勇者の体に密着している封魔の檻のすき間を探すが、見つからない。
異空間をぶつけようとしたが、発生させられなかった。
一度離れる。
「記憶も残っているのか?」
そう言って男勇者は娘勇者を見る。
私は娘勇者にいくつか火球を撃った。
娘勇者はかんたんにかわしたが、表情には大きな驚きがある。
「魔王。見えているのか?」
「ああ」
なにが意外なのだろうか。
私は娘勇者を追おうとしたが、三歩目でひざに力が入らなくなった。
そのまま床に倒れた。
だが急に力がもどる。
立ち上がり、火球で牽制しながら突進する。
だがまた急に力が入らなくなり倒れてしまう。
すぐ力がもどる。
「やめてください……」
娘勇者が言った。
たしかさっき、娘勇者の能力について、男勇者がなにか言っていた。
認識を左右する。
人間ならば、脳の中身をいじるわけだ。
魔族なら核。
物理的にここを組み替えているのか。
そうでもしないと、相手の認識を左右することなどできないだろう。
娘勇者が私を殺したくないのだとすれば、私を無害化する。
魔王であることを忘れさせてしまえばいい。
そういうことをやろうとしているのだろうか。
私がそれを防ぐとしたら。
核を破壊すればいい。
組み替えられる前に破壊し、それを再生する。
組み替えられそうになったらまたは開始、また再生する。
そうすれば、変えられることなく、とどまれるのではないか。
私が私であるようにするためには、そういうことをすれば、私であり続けることができるような気がした。
意識的にやっているわけではない。
魔王として、自分を破壊し再生、という負担を自分に与え続けていたとしても、そのほうがましだと、体が感じているのか。
さっき見た夢のようなものは、認識力低下、意識低下の副産物だろう。
現状をなんとか受け入れるとしたら、こんな仮説だ。
異空間が出せないことも、体の動きが制御しきれないことも、核が不安定なら納得できる。
じっくりと、手元に異空間をつくってみる。
できない。
魔法ならいけるか。
六階をすべて凍結させてみる。
男勇者は檻で防ぎ、娘勇者は瞬間的に消えた。
娘勇者のまわりだけ氷がない。
魔法は使えるなら。
私は男勇者と娘勇者の中間くらいに移動した。
二人とも、私の攻撃は防ぎきれると思っている。
そこが穴だ。
私は全魔力を集中した。
さっき私の影を倒すために使った魔法。
私は部屋全体に魔力を広げ、二人を引き寄せる。
抵抗はできない。
すべての魔力を注ぎ込んだ自爆魔法だ。
異空間以外でやったことはない。
指輪はある。
死ぬのはお前たちだけだ。
自爆を発動した。
激しい光と衝撃が一瞬にして広がり、そして私は再生された。
誰もいない。
勝った……。
勇者を滅した……!
そのとき、天井が抜けた七階部分から、二つの影が降りてきた。
勇者たちだ。
逃げた?
いや、そんな時間は。
「僕たちの位置を誤認させたのが間に合ったみたいだな」
男勇者は言った。
「もう終わりだ。あの、空間を開くことももうできないんだろう? 降伏しろ。この子が無害化すると約束してくれているから」
そう言う男勇者と娘勇者を、魔力で捕らえた。
自爆魔法起動の第一動作だ。
「おい、もう指輪はないんだろう……! まさかまだ……」
「いや、もうない」
「だったら」
「このまま、私が私自身でいられなくなるくらいなら、死んででもお前たちを倒す」
「勇者さま!」
「勇者も魔王もいなくなったら、この世界はどうなるのだろうな」
「勇者さま、やめてください!」
「認めよう。お前たちの力を」
自爆をするときにも、やれないのではないかという気持ちはあった。
二発目を検討していた。
「やめろ。もう魔王に勝ちはない!」
「そうか?」
このままなら私は負け、娘勇者に私自身を書き換えられて生き延びる。
そんなことをしてなんの意味があるだろう。
そして私は勇者を全滅させたとすれば、それでもう、役目を果たしたといえるのではないか。
魔王は長生きをするのが目標ではない。
私の勝ちは生きることではない。
すべての勇者を倒すことだ。
「私の勝ちだ」




