26 勇者と魔王
「魔王なら、これが何者だかわかるだろう……?」
グレゴリーは言った。
グレゴリーの体は前面が裂けたように見えていたが、よく見ると出血はない。
開くべくして開いた場所、とでもいうか、そういう器官であるようだ。
人間でいえば、肋骨部分が開いて、中に人間がいるような状態だった。
中にいる、勇者、と思われる男は目を閉じている。
その男の両手首から先はグレゴリーの体に埋まっていた。
下半身も飲み込まれているのかと思ったが、ないようだ。
切り離されていた。
力で引きちぎられたような断面だった。
「封魔の檻、槍は、勇者の力だ……」
「勇者を取り込んだというのか?」
「お前、頭おかしいんじゃねえのか!?」
ファイスの言葉には同意する。
私が勇者を育てたのは、あくまで殺すためだ。
勇者と一体になるというのは、その対極にある考えだろう。
「なぜそんなことを」
「力だ……」
「力?」
「勇者の力がなければ、この世を統べることはできない……」
「勇者は人間であるからいずれ死ぬ……。魔王はいずれ勇者に殺される……。では両方を兼ねればいい……」
グレゴリーの言葉に、ファイスは反応できていなかった。
私もそれほど変わらないが。
なにを言っているのだ……?
「ひかえろ。魔王であり勇者である、この世の王の前だ……」
グレゴリーは言う。
意味がわからない。
「なにを言っているのだ。お前は最強でもなんでもない。いますぐにでも死ぬのだぞ。いや、死んでいた。一度、魔王城ごと異空間に運んだのだが、知っているか?」
「魔王よ……。勇者の力については、勇者の近くにいた者が一番知っているはずだ……」
「なに?」
「勇者に関することで、不可解なことはなかったか……? ありえないことはなかったか……?」
グレゴリーの言葉にいくつもの事例はうかぶ。
だが、単にゆさぶりをかけてきているだけだとも考えられる。
「勇者の力とは……、封魔の技を使うことでもなければ、存在感を消す技を使うことでもない……」
「ではなんだというのだ」
「運命の改変だ……」
「知っているはずだ……。その小娘が、運命としかか思えぬものを見せたのを……」
運命。
「あり得ないことがあっただろう……?」
さっき魔王城の下で、異空間から帰ってきた。
たまたま。
それは異常に低い確率だった。
確率通りなら、この世界にいるすべての生物で試したとしても、1体ももどってこないのではないか。
いや、魔王城での戦いぶりもそうだ。
歴戦の兵士のような安定感を備えていた。
六英雄たちと、あっさり互角以上に戦えることになったのもそうだ。
気配を消す能力を得たことは固有の能力だとしても、では、記憶を書き換えてしまうほどの、あの力はなんだ?
気配では説明ができない。
力の暴走ではないか。
最初にあったときは弱かったはずの体も、いつの間にか、咳込みもせず、健康体に近い状態なのではないか。
そもそも、あの口減らしの村に、この年齢で行かされたというのもおかしいのではないか。
健康に難があると言われてはいたが、若い人間は貴重なはずだし、農作業ができないわけではなかった。
勇者の才能、で片付けていいのかというのは、何度も思った。
しかしそう考えるしかない。
そう思ってきた。
「だがお前は一度、異空間に送った。そのことはどうする」
「勇者の能力にとって、過程は重要ではない……。結果をたぐりよせることこそが、勇者の力だ……。結果こそが重要なのだ……」
「結果だけを引き寄せることなどできるわけがない」
「では問おう……。いま、そなたの前にいるのは誰だ……?」
グレゴリーはここにいる。
異空間に飛ばしたが、結局もどした。
それが勇者の能力だとでも言うのか。
グレゴリー。
堕天使に由来する名だったか。
「ではいまから殺してやろう」
「勇者さま」
娘勇者は言った。
「あの、魔物の中にいる人、なんだか知ってるような気がします」
「知人か」
「そうじゃなくて……、なんだか、知ってる気がします……」
魔王が勇者を知るのなら。
勇者が勇者を知らないわけがない。
「わかるのだ。勇者なら……」
「黙れ」
「グレゴリー。本当にお前の言うとおりなら、勇者は魔王に敗れるはずはない。勇者の血が絶えそうになっているのはなんだ!」
「勇者の数が増えれば運命を左右する力は弱まり、減れば強まる……。当然のことだ……。勇者が増えれば勇者の価値が薄まる……」
「絶える寸前だったのだ」
「絶えていない……。過程は重要ではない……。勇者の血は絶えず、ここにある」
「そして、魔王不在の時間、魔王の力を契約することができた……。運命を取り込んだいま、魔族の王であり、人間の王になったのだ……。世界の王だ。単に、王と呼ぶがいい……」
「王……」
ファイスがつぶやく。
「お前は運命と言いたいだけだろう」
私は言った。
「確率の低いことが起きたとき、運命と言えば奇跡のように感じられる。しかし起こらなかった奇跡も無数にあるはず。それを考慮させず、印象のコントロールで上に立つものは、私は好かんな」
「好き嫌いの問題ではない……」
「ならば奇跡を起こしてみろ。後付けの奇跡など妄言でしかないぞ」
「そこの娘よ……」
グレゴリーは人間の言葉で言った。
「え」
「聞くがいい……。お前は、勇者だ……。そこの男は魔王だ……」
娘勇者はとまどったように私を見る。
これが奇跡か?
悪あがきというのだ。
「その人は勇者さまです」
「いや、魔王だ……。お前ならわかるはずだ、この中にいる男が勇者だと……」
グレゴリーは前面に取り込んだ男を示す。
「でも……」
娘勇者にも感じるものがあるようだ。
私への疑念も生まれたかもしれない。
だがそれは好都合だ。
私を魔王だと、しっかり認識してもらうための準備としてちょうどいい。
いずれ私と戦うのだ。
敵対心は豊富にあっていい。
「魔王であることの、証拠を見せよう」
グレゴリーは言い、手をあげた。
グレゴリーの手が光を発する。
その光がグレゴリーの体を伝わり、床に。
その床からの光が床を広がる。
まるでグレゴリーを中心に、魔王城に血管が走っていて、その中を光がかけめぐっているかのようだった。
光は床、壁、天井を問わず、めぐっていった。
これは。
「なにをした」
「魔王城の主であっても、勇者が来るまでは使えない……」
「なにを言っている」
「魔王城は誰のものか……、そう、魔王のものだ……。魔王が、力を十全に発揮するための魔法陣、それは魔王城にある……。法界陣だ……」
「これが」
勇者が城にいる間に、魔王が最大の力を発揮するための陣、法界陣。
村の人間を集めて、適切な場所に配置するだけで効果を発揮するのだ。
魔力を帯びた素材を適切に配置した魔王城で、もっと大きな力が発揮できるのは当然のことといえる。
「それを発動させてもらった……」
「なるほど。貴様も、魔王としての契約かなにかをしたから、その恩恵を受けようというのか。しかし私もその恩恵を受けるのではないか?」
安易にすぎる。
「受けるのは、そなただけだ……」
「は?」
「現在、魔王としてふさわしいのはそなただ……」
「なにを言っているのだ?」
魔王としての恩恵を受けるのが私だけなら、なんのために。
私の体に力があふれてきた。
そして感じた。
まずい。
力が多すぎる……!
私は体の変化が起こる前にグレゴリーに突進、異空間を発動しようとした。
だが大量の槍が降ってきてさまたげられた。
かまわずグレゴリーが立っていた場所に異空間を発動させたが、槍は引き続き広間に落ち続けていた。
どこだ、と見ると、グレゴリーが娘勇者の背後に立ち、首元に爪を押しあてていた。
「勇者さま……」
両者を異空間に送ることはできる。
だがそれでは意味がない。
私はそのまま、わき上がる力を受け入れるしかなかった。
法界陣により生まれた力。
それにより、姿が変わっていく。
私を見る娘勇者の目が大きく開いた。
人型ベースだが、背中からは、竜のような羽が生え、肌は硬質化し、爪が鋭く伸び、筋肉は増え、体長は2倍ほどに。
「おお、魔王よ……」
グレゴリーは言った。
自分の強化ではなく、私の信頼を失わせにきたか。
魔王たるこの姿。
どう見ても勇者ではない。
娘勇者は口を薄く開け、呆然としていた。




