魔王と勇者とそれぞれの七日間・2
シドが仲間になってから三日、勇者エレンたちはなにもしていなかったわけではなかった。
まずは船の準備だ。
飛ぶための機能を使わないとはいえスクリューの方も十分に複雑な構造をしている。原動力となる魔石をきっちりと取り付けねばならない。魔石はセラの用意したものでどうにか動かせる程度にはなったが、微調整のためにしばらく時間を必要としていた。
さらには進水式もまだしていなかったため、急きょ執り行われることとなった。海上都市は信仰に篤い土地らしく、聖堂院などに話を通すのにそれなりの時間と手間がかかることになった。
三日後には両方とも無事に済んだため、シドの船は港で出航を待っていた。
次に仲間集めだ。
慎重派のミカは「敵陣の真っただ中に入り込むのだからしっかりとした準備と仲間が必要」と強く主張した。それは当然のことかもしれないが、海獣島に一人囚われている(はずの)ソルを心配するエレンは手順をすっ飛ばして今すぐに助けに行きたい一心だった。
エレンを説得したのはやはりセラだった。彼女としても余人を交えずにソルレオンと会わなければならない事情があるため、そのための方法を考えたり準備をするための時間を必要としていた。無論それは裏事情だ。
『探索する組』と『船を守る組』のふたつを用意するためにあと二人以上は必要だ。船旅に必要な非戦闘員の人手もいくらかほしい。
しかしこの仲間集めがなかなかうまくいかなかった。
理由は簡単、魔海まできてくれそうな人材がすでに別の船で出航していたからだ。
エレンが酒場を訪れた時、そこには冒険者らしき者たちの姿はまったくなかった。ちなみに今回はいったん別れてみんな違うことをしているので単独行動だ。
大抵の町の酒場には冒険者たちが仲間や仕事を求めてたむろっているはずなのだが、今日に限って全員がすでに出払ってしまっていたようだ。
「すまないね、お嬢ちゃん。見ての通り、今は誰もいないよ」
退屈そうにしていた酒場のマスターが教えてくれた。
彼が取り出した一枚の依頼書には「海獣島で魔石を採ってきてほしい 緊急」と書かれている。最近海上都市を拠点にしていた冒険者一行がそれを受けてすでに出航してしまったそうだ。
ほかの冒険者や傭兵たちも軒並みほかの依頼でいない。こんなにきれいに出払っていったのは酒場を開業して初めての珍事らしい。
「というわけで、おっさんは今ヒマなのよ。よかったら飲んでいくかい?」
エレンは少しだけ迷った。今はゆっくり飲んでいる場合ではない。しかしだからといってほかに仲間を探すアテはないし、ひょっとしたらなにか情報が聞けるかもしれない。
エレンは数枚の硬貨を出して椅子に腰かけた。
「お酒はいいです。なにかかるく食べるものを……。それと船乗りたちのツテとかありませんか?」
「うーん。すまないね、知り合いはほかの冒険者に紹介して不在のはずだ。
というか、この依頼書を出したのが唯一魔海に行ってくれそうな船乗りたちだったんだよ。この辺じゃあ魔海へ行こうと思うことさえ禁忌だからね。無茶をする船乗りはそうそういない」
マスターが海鮮の煮込みをよそいながら話す。
それを聞いたエレンは泣きそうな顔になった。だいたい予想していた答えだが、実際に断言されると絶望感がさらに増したように思える。
「……お嬢ちゃん、ワケありかい?
よかったらおっさんにちょっと話してみないかい? 話せば少し気が晴れるかもよ」
マスターが椅子を引っ張り出してきて対面に座った。真剣に相談に乗る構えだ。けっこう面倒見がいいのかもしれない。
エレンはまた迷った。だが今はほかに誰もいないし、仲間にも言いづらい弱音を吐き出してしまうのも悪くないのかもしれない。
エレンはぽつぽつと話し始めた。
ある程度エレンたちの事情を飲み込めたマスターはそのままじっと考え事をして固まっていた。
エレンが話を終えて、それから点けたタバコ一本が灰になる頃にマスターはようやく口を開いた。
「……どうしても急いでるってんなら、何人かはすぐに集まるはすだ。
ただしそいつらは船乗りとしても傭兵としても中途半端なごろつきみたいな連中だ。足しくらいにはなるだろうが……それでいいんなら今すぐに集合をかけよう」
「えっ、ホントにぃ!?」
「ああ、とにかく命知らずで馬鹿な連中だがな、船を動かす手伝いくらいはできるはずだ」
エレンの顔が輝いた。思いがけない幸運に喜び、話してみるものだと思った。
「でもでも、ホントにいいんですか? すっごく危険なんですよ?」
「ああ、魔海へ行くのは危険だな。でもお嬢ちゃんは仲間のためにそこへ行くんだろう? おっさんたちはそういう『仲間のため』ってのが好きなんでね……」
「まさかマスターも来てくれるんですか?」
「ああ……いや、すまない」
マスターは視線と肩を落として膝をさすった。
「実はおっさんも昔はお前のような冒険者だったが、膝に矢を受けてしまってな……」
それなら仕方ない。
「じゃあ仲間集めの件、お願いします」
条件などを決めるのは実際に会ってからだ。とりあえずシドの家まで来てもらって、ほかの仲間たちにも会わせておきたい。
「――――てめえがいつまでも装備選びに時間をかけてっから、魔石採集の依頼を先に取られちまったんじゃねえか。せっかくいい額の賞金がついてたのによお」
「――――ああもう、うるさい。金、金、金! 騎士として恥ずかしくないのか!」
「――――ハッ、俺様は騎士なんかじゃねえよ。ただの傭兵だ。そんなこと言うてめえだって、なんだその恰好は? あんだけ時間かけたのに、そんな装備で大丈夫か?」
「――――大丈夫だ、問題ない。『ジーパン』は神が与えたもうた神聖な防具だ」
マスターとの話が済んで、仲間たちのところへ合流しようとしたその時、ちょうど酒場に入ってくる者たちがいた。ガチガチの重装備とスマートな軽装備という対照的な男たちだ。
エレンは入ってきた二人と偶然目が合った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「というわけでぇ、一緒に海獣島に乗り込んでくれる人たちです」
勇者エレンが自信満々に言い放った。彼女にしては珍しく自慢げにふんぞり返っている。
彼女の後ろには十人ほどの荒くれ者たちがいた。その中でも特に目立っているのが、重装備と軽装備のでこぼこコンビだ。ほかの人間はいかにも傭兵上がり・冒険者崩れといった風体なのだが、二人だけは風格が違っていた。
ミカとシドの男性陣は不安げに押し黙っていた。彼らの実力不足にではなく、彼らをちゃんと制御できるのかが不安なのだ。荒くれ者たちだけでも命令を聞かせるのに苦労しそうなのに。
「おうおう、なんだガキとオンナとジジイしかいねえじゃねえか。大丈夫なのか?」
重装の男がガラの悪い声で話す。小舟に乗ったら沈んでしまいそうなほどの重装甲を身に着けて平然としている。肩に担ぐ大剣も普通の人には持ち運ぶことさえできないだろう。見た目や言動からは乱暴な力持ちといった印象を受けた。
「大丈夫だ、問題ない。俺たちがいれば――――ん? ああ、そうだな。神もそう言っているそうだ」
軽装の男はよく分からないことを言い出した。あさっての方向を見て『なにか』と会話し始める。念話でも使えるのかもしれないが、傍から見ればただの頭のおかしい男だ。しかしその身のこなしや言動は洗練されていてその強さがにじみ出てくる。
心なしか後ろの荒くれ者たちも二人からは距離を置いていた。ミカとシドも二人からちょっと距離を置きたい気分だが、依頼人として離れるわけにはいかず複雑な心境だ。
「え? え? なに? みんなどうしたの?」
戸惑っているのは彼らを連れてきた張本人エレンだ。まさかこんなヘンな空気になるとは思ってもいなかったのだ。
「――――みなさん、お茶が入りましたわ」
セラの登場がその雰囲気を一変させた。
のんびりと全員に黒豆茶を手渡ししていく。彼女の人を安心させるような見た目と声音がこんなところで役にたつとは……、気が付けば荒くれ者の数人がすすんで彼女の手伝いをしていた。
「あら?」
セラが重装の男の前で止まった。
「あなたはもしや――――【ゼンラの勇者】。いいえ失礼、【大鎧の勇者】どのでは?」
今度は重装の男がぴたりと動きを止めた。
「な、なななななな。だだだだだ、だ誰のことかな? おおおおお俺様はただの傭兵だぞ」
それに答えずセラは軽装の男に目を向けた。
「あらあら。あなたも、その守護天使もお元気そうですわね」
「――――見えるのかっ!? こいつがっ!?」
「もちろんですわ。どうやら装備もだいぶ良いものをそろえたようで……、今度は門番を突破できればいいですわね」
軽装の男も驚きのあまりに動けなくなった。
セラはそんな二人に構うことなくかわいい笑顔で挨拶をした。
「短い間ですが、よろしくお願いしますわ。お二人の活躍を期待します」
「…………はい。こちらこそよろしく」
「…………はい。頑張らせてもらいます」
セラは難物である二人をあっさりと従えた。
その場にいた誰もが目の前で起きたことを信じられずにいた。詳しく聞きたくても話しかけることさえためらわれた。
「ええーっ、なになに? セラは二人と知り合いだったのぉ!?」
勇者エレンだけは怖いもの知らずだった。
「いいえ。以前に見かけたことがあるだけですわ、うふふ」
どうやら勇者一行は女性陣の方が強いらしい。
この後、無事に出航して魔海に向かう。
準備に三日、出航して二日が経過した。予定ではもうすぐ海獣島が見えてくるはずだ。
【魔人王ソルレオン】が【格闘家ソル】に戻る日まで、あと二日残っていた。




