魔王と(部下と)勇者とそれぞれの七日間・3
「伝令ーっ! でんれーーーーいっっ!!」
夜半に魔王城に駆け込んできた魔物があった。
商売道具であり相棒である犬橇を全速力で走らせたホブゴブリンである。
魔人王の城は常に城門が開かれている。だが決まりに従い門番たちが仲間であるホブゴブリンを一時停止させた。
巨人にも匹敵する屈強な巨躯で城門をふさいだ牛頭馬頭コンビが訊ねる。
「オイオイ。どうしたんだ、こんな夜中に?」
「ね、ねむいんだな。ベ、ベッドが恋しいんだな」
ゴズーはすでに犬橇の接近に気付いていたので余裕を持って対応していた。門番の鑑である。
その一方でメイズは自慢にしているふっかふかの干し草のベッドを堪能していたためぼんやりしていた。そのふっかふかぷりといったら、メイズの巨体がポンポン跳ねるほどであり、またそのいい匂いは草食系の魔物がたいへん好む太陽の匂いで、さらに今なら特製のマクラとベッドシーツを付けてこのお値段! 一万ゴールドと言いたいところだが――――――
「――――そんなことよりっ、緊急事態なんでやんす! 六魔将の怪魚さまを経由して、あの【魔人王】さまからデュラハンさまに伝令が!」
「なんだとっ、魔人王さまからっ!?」
「そ、それは、い、一大事なんだな!?」
一身上の都合で世界中を旅していると噂の彼らの主君からの連絡である。
急いでいるホブゴブリンを通し、門番ズもまた仕事をほっぽり出して一緒にデュラハンのところへ向かう。しばらく見ていない魔人王の様子がどうしても気になって仕方なかったのだ。
応接室に通されたホブゴブリンは、現在魔王城の留守を任されている【悪魔騎士 デュラハン】と【魔婆】を前にして緊張していた。二体とも魔人王の重臣である。
デュラハンはホブゴブリンの後ろに立っている門番ズをちらりと見咎めた(ように見えなくもない)が、そのままなにも注意せずに渡された伝令の手紙をおもむろに読み始めた。
「ナ、ナニ……ッ!? ナンダト……ッ!?」
驚いたような声とともにデュラハンが立ち上がる。ものすごく動揺しているのかもしれないが、相変わらず本体のその存在感があやふやなのでとてもわかりづらい。
「魔婆ドノ、コレヲ読ンデクダサイ。ドウヤラ魔王サマハ……」
次に手紙を読んだ魔婆がぼやくように口を開いた。
「おやおや、また『変化の秘薬』がなくなってしまったのかい? まったく仕方のない御方じゃのう」
ホブゴブリンにはなんのことだがさっぱりわからない。「ヒヤク」とはなんのことなのか、暗号かなにかなのか、それよりこんなところに下っ端の自分が混ざっていいのか、など考えてみるが賢さが足りないらしくすぐに諦めてしまった。
「魔婆ドノ、スグニ準備シマショウ。魔王サマガツイニ……ッ! ツイニ……ッッ!!」
デュラハンは感極まったように拳を握りしめた。興奮のあまりその身を震わせ、声を震わせ……周囲の魔物たちにとってさらに聞こえにくいモゴモゴした響きに変わっている。
伝令の手紙は無造作に置かれた。緊急の内容であるが、それほど秘密にするようなことではなかったらしい。だが字が読めないホブゴブリンたちにはけっきょくその内容がわからなかった。
『今、魔海王のところにいる。変化の秘薬がなくなって動けない。助けてくれ』
簡潔にするとそういう内容である。だが、
「オ前タチ、今スグニ全軍ヲ招集シテクレ。
イヤ、チガウナ……、緊急事態ダカラ、ムシロ少数精鋭ヲ選抜シテ……、足ノ速イ魔物タチヲ先行サセテオクベキカ……」
デュラハンがえらく物騒な指示を出してくる。
魔婆はつい先程、「変化の秘薬を持ってくる」と言い残して出ていったばかりだ。門番ズも「緊急招集」という言葉に即座に反応して退室していった。なのでデュラハンの暴走を止められる者はいない。
ホブゴブリンはなにがなんだかわからず、混乱したままそこ待機している。
「あ、あのう……いったいなにが起きているんでさあ?」
「ムム、貴様ハマダイタノカ……? マア、突然ノコトダカラ仕方ナイナ」
霞がかったデュラハンの顔が一瞬だけ見えたような気がした。喜色満面の笑顔である。
「魔王サマガ、我ラノ力ヲ必要トシテオラレル。『助けてくれ』ト、ソウオッシャッテイル」
「つ、つまり……?」
「ツマリ――――魔海王トノ『 全 面 戦 争 』ナノダ!
ツイニッ! ツイニ【魔人王 ソルレオン】サマハ、『 世 界 征 服 』ヲ始メヨウトシテオラレルノダッッ!!」
「な、なんだって――――!!」
単純なホブゴブリンはあっさりと信じてしまう。
そして即座に編成された精鋭部隊は魔海王の領地に向かって進軍を開始した。
特に走力に長けている百体の精鋭は、その名の通り百鬼夜行の群れとなり大陸の半分をあっという間に走破していった。人知では考えられないほどのすさまじい勢いと速さでだ。
不幸にも跳ね飛ばされた旅人や、国境を監視していた衛兵たちが口々に魔人王軍の恐ろしさを語っていた。彼らも「魔王がついに世界征服を始めた」と思い込み、救世主を求めて天に祈ることしかできずにいた。
魔人王ソルレオンの知らないところで、魔人王の軍勢は着実に世界を支配していた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一方で、魔人王ソルレオンは『変化の秘薬』の到着を今か今かと待ち望んでいた。
海獣島に流れ着いてはや六日である。
計算ではもうそろそろ秘薬が届いてもおかしくない頃だ。もっともこれは一番速い【風魔鳥人ガルーダ】が飛んできた場合だ。彼は幹部であるが「緊急」といえばきっと自ら来てくれるに違いない。
ソルレオンは崖の上に座って大陸のある方角をぼんやりと眺めていた。どことなく哀愁がただよう体育座りである。
水平線のむこうにはなにも見えない。ただひたすらに青い海面があるだけで、彼が求めている魔物の気配はまったく感じられない。ボロボロの服装もあいまって遭難者の心境だ。
「…………エレンたちは、元気であろうか?」
幸か不幸か、勇者エレンたちは海獣島にまだ辿り着いていない。
わずか六日の間に船が三隻、十人以上の冒険者たちが上陸してきたがそのどれもがソルレオンに敗れ去っていった。そのどれもが「なんでこんなところに【魔王】が……!?」と絶望しながら負けていった。
ソルレオンとしては「海獣島から人間たちを追い出す」という約束を果たせているのでそれはいい。しかしいざ【魔人王】の姿でエレンたちに出会ったら、いったいどうなるのだろうか不安がよぎる。
『魔人王さま、ここにいましたか』
背中に声をかけられる。
ソルレオンが振り向くと、そこには人魚姫こと『マーちゃん』と魔海王こと『クレイクロウさん』がいた。
「む、どうしたのだ? そろってニコニコして?」
『はい。よかったらこれをどうぞ、ぜひとも装備してください』
そういって渡してきたものは鎧だった。マーちゃんが身に着けるのを手伝ってくれる。
【シェルアーマー】。堅牢な貝殻を使って作られた白亜の鎧。なめらかな曲面が敵の攻撃を受け流すのに最適なため防御力が高い。また水棲魔物から作られているので『水属性』への耐性が非常に高い。
「これは、なにやら磯臭い……ああいや、なかなか良い鎧ではないか」
『いえいえ。本当はもっと早く渡すべきだったんですが、探し出すのと大きさを調節するのに手間取ってしまいまして……申し訳ありません』
「なにを言う。気にするでない、フハハ」
そもそも魔人王には鎧は必要ない。愛用していた真紅漆黒の禍々しい大鎧でさえ見た目重視なのだ。
『それと、この武器もぜひ使ってください』
次に渡されたのは【さんごのつるぎ】と【こおりのゆみや】だ。
『――ああっ! 珊瑚の剣をこっちにむけないでください! それ、私の弱点なんです!!』
「なんでそんなものを貴様が持っているのだ……?」
ソルレオンの問いかけに答えず、魔海王はしみじみと語り出した。
『魔人王さまには本当に感謝しています。海にいれば我々の方が圧倒的に有利なのですが、人間たちに上陸されてしまうとまともに戦える者たちが少なくなってしまうのです』
魔海王配下の大型魔獣はそのほとんどが海の中でしか行動できない者たちだった。強力であるが、上陸されて海から離れてしまうと手も足も出ないのだ。
ゆえにソルレオンが海獣島で待ち構えて、冒険者たちを撃退している。これが魔海王から頼まれたことだ。
『おそらく魔人王さまがこの海獣島で暴れていることが広まったら、冒険者たちも二の足を踏んで挑戦する者たちが激減するはずです。
そうなれば、この魔海はまた平和になるはずなのです!』
その【魔王】とは思えぬセリフに、ソルレオンは苦笑するが否定まではしない。
「うむ、そうであるな。うまくいけばよいが……」
『ええ、本当にそう思います。――――おや、また海獣島に近付いてくるものがありますね?』
「おおっ、ガルーダがついに来てくれたのであるか?」
しかし残念ながらソルレオンの期待は裏切られた。
水平線のむこうから近付いているのはまたもや人間たちの船だった。
「…………見慣れぬカタチの船であるな?」
ソルレオンは知らないことだが、それはシドの造った船だった。
【魔人王ソルレオン】が【格闘家ソル】に戻れる日まで、あと一日は必要だった。
「ああ、なんということだ……」
『変化の秘薬』はついに間に合わなかったのだ。




