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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
大海獣島物語編 (長編)
63/72

魔王と勇者とそれぞれの七日間

 海獣島を取り囲んでいる海は常時荒れている。


 海底には強い流れの海流がいくつも存在し、それらが複雑な形をしている海底棚のあちこちにぶつかってさらに海流を乱しているからだ。熟練の船乗りが付きっきりで操船してようやく乗り切れる危険な海域だった。

 しかしそんな彼らでも運が悪ければ突然発生する渦潮に呑み込まれてあっさりと沈没する。さらに渦潮だけでなく海魔まで頻繁に出没するのだ。その危険度は普通の航路の数十倍にまで跳ね上がる。


 ゆえに『魔海』。

 そこは海を知る者ならばまず近付かない、そんな危険海域である。


 だがごく稀にそんな魔海へ果敢に挑戦しようとする者たちがあった。

 それが『冒険者』と呼ばれる者たちである。

 彼らは危険のその先にある『お宝』を求めて全国を旅している。魔海へやってくる冒険者が遺跡よりも少ないのはただ単に「船がない」からである。

 しかしやはり「そこにお宝がある」と聞いて挑戦しない冒険者はいない。彼らの一部はどうにかして船の調達に成功し、今日も海獣島へ挑戦するのであった。



 一隻の船が海獣島に最接近した。


 船速と小回りに特化した中型の船だ。戦艦のように火砲を積んでいないが、並みの海魔なら逃げ切れるほど速い。囲まれていなければだが。

 船員は最小限で、通常ではありえないほど少人数で動かしている。船乗りたちはこの危険海域に乗り込んできたことに対して、みな覚悟を決めた固い表情をしている。

 しかし一方で海獣島にたどり着くまでの航路で『冒険者たち』の活躍を目の当たりにし、どことなく希望と期待が入り混じった顔つきになっていた。


「なあ、あんたらはいったい何者なんだ?

 まさかあんなバカでかい怪物をかるく撃退しちまうなんて、正直なところ思ってもみなかったぜ」


 精悍な顔つきの船員がいまだに信じられないといった声音で話す。

 彼は生まれてからずっと近隣の海域で漁をしているため船員の中では一番の熟練者といえる。そんな彼でも魔海にはおいそれとは近寄れず、いざ海魔に出くわしたら即座に逃げることを選択する。怪物どもと戦ったあげく勝ってしまうなんて彼の常識ではありえないことだった。

 そんな彼はわずかに熱の入った様子で冒険者たちを見た。


「――――あんたらを信じていいんだよな?

 竜化石があれば、病気の妻を助けることができる。あんたらならきっと持って帰ってきてくれるよな」


 この船の船員たちはやむにやまれぬ事情で乗船した者たちばかりだ。

 借金で首が回らなくなった者を始め、大病を治せるほどの魔石を必要としている者まで様々だ。彼らが今まで海獣島に行かなかったのはそれがただの自殺行為だとわかっていたからだ。

 しかし目の前の冒険者たちの強さを目の当たりにしてから、この航海は希望へと変わった。


「あんたらが帰ってくるまで、ぜったいに船は死守する。だから――――だからお願いします。どうか、竜化石を……」


「わかりました。必ず竜化石を手に入れて、必ず船に帰ってきます」


 おおっと、船員たちが歓声を上げた。

 短い返答。だがそれだけで十分だった。


 冒険者たちは準備を終えて上陸する。

 その後ろ姿はとても頼もしく、船員たちにとっては救世主のように感じられた。いや、あの海魔を撃退した雷魔法のこともあるし、ひょっとしたらあれは『勇者』なのでは……。



 冒険者の一行は正体を明かすことなく海獣島の奥へと進み、やがて船乗りたちから見えなくなった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 冒険者たちは海獣島の中心部に向かって歩く。

 目的の竜化石はそこに眠っているという噂があったからだ。中心部には古い廃墟と入り口があり、そこから地下の海底遺跡内へ入り込めるらしい。


 海獣島はそれほど大きい島ではない。ぐるりと周回すればそれなりに時間がかかるが、真っ直ぐ中心部に向かえば半日もかからない程度の広さだ。

 島の半分は背の低い木々が生い茂っており、そこに棲息する魔獣は危険度が低い。強力な海魔たちは残りの半分の海岸や砂地などには出現するが、森にはやってこないのでなおさら安全な道程であった。



 仲間の魔法使いがニコニコしながら勇者を眺めていた。


「どうした? なにかおかしいところでもあったのかい?」

「んーん。べつに……ちょっとうれしかっただけ」


 魔法使いはそれだけ言ってまだにやけている。


「さっきの船乗りたちとのやりとりが、久しぶりに『勇者っぽいなー』って思ってさ」

「ガハハハハ! たしかにそうだな!」

「……ああいうのも、たまには悪くない」

「そうかな?」


 戦士の豪快な笑い声と僧侶の静かな笑みも会話に混ざってくるが、勇者だけはまだピンときていない様子だった。

 和やかに話しながらも、冒険者たちの陣形はまったく乱れていない。長くパーティーを組んでいるようで歩調や呼吸でさえもぴったりとそろっている。


「あの時からだいぶ経ったけど、アタシたちは強くなれたのかな?」

「モチロンだろう! オレたちはあれから猛特訓してきたじゃないか!」

「……どうだろう。僕たちができることはやってきたと思うけど」

「うーん、強くなった、とは思うんだけどな……」



 勇者の脳裏に浮かぶのは、かつて一行を全滅させた【魔人王】のことだ。

 強さを比べる時は毎回この魔王を思い出してしまう。そして毎回結論は「いやまだムリ、まだぜんぜん倒せそうにない」だった。


 奇跡的な九死に一生を得た勇者たちは、あれから大陸の各地を放浪して回っていた。

 いつか必ず魔王を倒すための『修行の旅』と称していたのだが、いつの間にか『勇者一行』と名乗ることはしなくなっていた。

『勇者は魔王と戦わねばならない』という運命のようなものから逃げていたのかもしれない。


「それじゃあダメだよな……っ! セン、マホ、ソウリ!」


 勇者が仲間たちに向き直った。


「みんな聞いてくれ! 俺たちはもうだいぶ強くなった。以前とは比べ物にならないほどにな。

 もう『修行』と言って逃げ回るのはヤメだ! 今回の海獣島の探索を終えたら、もう一度【魔人王】に挑戦しようと思う……っ!」

「ユウ――そう、やっとなのね」

「ユウ、テメエ! このヤロウ!」

「……その言葉を待ってましたよ、ユウ」


 みんな笑顔で快諾した。勇者はそんな仲間たちをとても誇らしく思う。


「さあ! そうと決まったら、まずは人助けだ。

 必ず竜化石を手に入れて、船乗りたちのところへ戻ろう!」



 勇者は中心部への一歩を踏み出す。

 そこは遺跡の入り口らしく木々が途絶えて急に視界が開ける。逆光で眩しく目を細めて進む。そしてようやく目が慣れてきた時、勇者たちの前に人が立っていることに気が付く。


 その人物は勇者たちを待ち受けているような格好だ。堂々とした仁王立ちで腕を組んだままふんぞり返っている。

 着ている服は驚くほど軽装だ。危険地帯のど真ん中にあってその装備はないだろうと誰もが思うだろう。しかしその人物はそんな些細なことを意に介するわけでもない。

 なぜならばその人物は人間よりはるかに頑丈な【魔人】であるからだ。


「フハハハハハッ!! よくぞここまで辿り着いたな!

 だがしかし貴様らのうんめ――――む? はて、貴様らどこかで見たことがあるような……?」


 勇者たちはいきなり遭遇した魔人の存在に驚き、そしてその正体に気付いてあの時(・・・)のように絶望した。


「まあよい。

 我が名は【闇と炎の魔人王 ソルレオン】。この我が直々に相手になってやろう」


 魔人王の全身から闇が噴出した。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 気絶した勇者たちを運び終えたソルレオンは深くため息を吐いた。


「ううむ。つい【闇の衣】を纏ってしまったのである。なかなか加減が難しいのだ」


 現在ソルレオンの装備は「ぬののふく」だけであった。

 今、着るものを失うのは本体へのダメージよりも痛いので仕方なく闇の衣を使ったのだが、敵の攻撃を無効化するものなのでほぼソルレオンの勝ちが決まってしまう。【光の玉】を持たない挑戦者としては絶望しかないだろう。


 しかし海獣島から冒険者を遠ざけるにはいいのかもしれない。

 海獣島に悪名高き【魔人王】がいることが知れ渡れば、相当な威嚇能力を発揮するに違いない。ソルレオンが受けた頼み事はまさにそういうことだ。


「どれ、我がこの海獣島にいることを吹聴してもらうために、もうひと仕事するか。

 噂を広める報酬に……そうであるな、竜化石の欠片でもやるか。我らには必要ないらしいしな」


 配る『竜化石』目当てに来られても困るが、それ以上に「なぜか魔人王がいて殺されかける」という危険があることを広めてもらうのが良策だろう。こういう情報操作はセラが得意とするが、傍で見てきたソルレオンでもできるはずだ。



「まだ三日であるか……意外に長いのである」


 あれからクレイクロウさんに頼んで魔人王軍に伝令を送ってもらった。だが最短距離で連絡が行き、さらに『変化の秘薬』を持ってきてもらうまでに最低で七日間は必要だという計算だった。


「エレンたちがそれまでに来ないことを祈るしかないのである」



【魔人王ソルレオン】が【格闘家ソル】に戻る日まで、あと四日。




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