勇者と発明家と彼の夢
【発明家 シド】の家は、家というより小屋、小屋というより倉庫、倉庫というより工場、工場というより『造船所』のようなところであった。
家の中に噂の船があったからだ。
噂の船は、定期船よりもずっと小型だ。二十人ほどしか乗れないであろう大きさで、この船を動かすにはわずか数人の乗組員で事足りる。最悪一人でも動かせるらしい。
しかしそれでもさすがに敷地の半分は船が占領していて、そのマストが天井を突き抜けて堂々とそびえ立っていた。ちなみに残り半分には倉庫や工場のようにたくさんの部品や工具が散乱している。
「ふわぁ……近くで見るとけっこうおっきいなぁ。これってもう完成しているんですか?」
目の前の船に圧倒されて目を丸くしていたエレンようやくが口を開いた。
今彼女がいるのはちょうど船底の外側だ。まだ海に浮かべていないのでめったに見ること触ることができない部分までじっくり観察できる。
素人目から見てもこの船の外観は完成している。だがまだ海に浮かんでいないとなると……。
「……まだじゃよ。たしかに外側だけはできあがっておるがの」
シドは渋い顔をした。渋い木の実を食べた時の表情だ。
「肝心の中身がスカスカなんじゃ。必要な部品がまったく足りておらぬのでな、このままではただの帆船とほとんど変わらんのじゃ」
補助動力として帆が張れるらしいが、正確には帆船ではないそうだ。
シドがエレンの隣まで下りてくる。
造船所部分は残る部屋の半分よりも低くなっていた。船が完成した時、そのまま海水を引き入れて浮かべられるようにするためだ。造船所は地下部分のように低い。
「ほれ、ここを見てみい」
シドが指し示した船尾には変わった部品が取り付けられていた。進む方向を決める舵だけでなく、四枚一組の扇状の金属翼が二か所に取り付けられている。シドは「スクリュー」と呼んでいた。
「この回転翼を上手く使えば、帆船では進むことができなくなる風のない凪の日だけでなく、海流に逆らって船を進ませることができるんじゃ。それこそ『海の上を走る』かのような速度でな」
「へぇ、すごいなぁ……」
「ほかの国はようやく外輪船を造って大層よろこんでおるそうじゃが、あんなものよりもこのスクリュー船の方がぜったいにすごい! ぜったいに速いのじゃ!」
「へぇ、そうなんだぁ……」
「本来、外輪船に使われる水車型の外輪ではな、…………、でのう。そこで登場したのが揚力を使う…………。そして考案されたのがこの扇状の………………、しかも! 逆回転させることによって後ろに進むことも可能で…………………しかし弱点もある。従来部品より摩耗が激しくてな…………、そこでワシが考案したのは、………………っ! …………っ!」
「へぇ、すごいなぁ……そうなんだぁ……」
あいづちこそしたもののエレンはよくわかっていない。
シドはいよいよ盛り上がってきたのか、聞き手のエレンの呆けた様子に気付きもせず、船の性能や動力推進機構や設計理論やら加工技術やら、その他もろもろを事細かに説明していく。
「じゃがな……」
シドが突然その声のトーンを下げた。
「これはワシが造りたかった船にはならなかったんじゃよ」
「……おじいさんが造りたかった船って、なんですか?」
「ほう、聞きたいか? そんなに聞きたいかね?」
エレンの問いかけにシドの表情がころころと変わる。とてもおもしろくて素晴らしいことを思い付いたような、そんな子供のような表情だ。
船を見上げては眩しそうな表情になる。きっとその目には『完成した船』が映っているに違いない。
じっと答えを待っているエレンを横目に、シドはにやりと笑った。
「ワシが造りたかったモノはのう、――――『空飛ぶ船』じゃよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
シドの家のわずかに残された生活スペース。
そこにあった無駄に大きなテーブルの上を片付けて、古びてガタガタになった椅子を引っ張り出す。やっとこれでお茶を飲みながら交渉ができるようになった。
ちなみにお茶の用意はミカが、テーブルの上を占領していた道具や資料はセラが片付けた。
一見すると部屋中にガラクタが散乱しているだけなのだが、実は配置が決まっているらしくて他人が手を出してはいけない領域なのだ。しかしセラの師匠も同じタイプだったらしく、片付けて良い物と悪い物の区別がついたからだ(もちろんエレンたちにはさっぱり違いがわからない)。
「ささっ、黒豆茶の用意ができました。みなさん、座ってください」
ミカの呼びかけでエレンたちは全員席に着いた。
「――あっ」
「どうしました、エレンどの?」
「ああ、うん。なんでもないよ、ゴメン」
エレンは今まで自分たちが船を探すために、ずっと立ちっぱなし歩きっぱなしだったことに気が付いたのだ。ストンと腰を落ち着けた時にふとそのことに気が付いた。
仲間のソルが心配だった。だからずっと休憩なしで彼を助けるための手段を探し続けていた。だが残った二人の仲間たちのことはどうだろう。こんな無理をせずにもう少し気を使うべきではなかったのか。
『仮にも勇者ともあろう者が、もっとしっかりしなくてどうする』と考える。
「…………ソルさまを思う気持ちはわたしたちも同じです。ですから、このくらいへっちゃらですわ」
エレンの胸中を読んだかのようにセラが励ましてくれる。彼女は本当に不思議な人物だ。ソルの次くらいに。だが今はその心遣いがただただうれしかった。
すでにこちらからの要求『船を貸してほしい』はシドに伝えてある。あとは彼をなんとか説得して、いい返事を待つばかりだ。
シドは黒豆茶を別に美味くもなさそうにひと口ふた口と飲んで、そのまま黙り込んでしまった。
「…………ふむ。船を……貸せ、とな……?」
「はい。仲間を助け出すためにどうしても必要なのです」
まず説得に出たのはミカだ。彼はシドと知り合いであるし、なによりもその真っ直ぐで真摯な態度が相手を信用させる。聖職者という立場もあり、まず嘘偽りを言う人物ではない。
「しかしのう……あれは未完成の試作品じゃ。まだ誰も乗せる気はない」
「そこをなんとかっ!」
「あの複雑な動力機構を、お前さん方が使いこなせるとは思えんしのう」
「そこをなんとかっ!」
「下手に動かしてぶっ壊されたら一大事じゃ。それにそんな危険がある船をほいほい貸して、ワシの『発明家』としてのプライドが許すと思うか?」
「そこをなんとかっっっ!!」
【殴りアコライトのミカ】は説得まで強引だった。というか説得ではない。ただのゴリ押しだ。
彼の説得はあえなく失敗する。
次に説得するのは魔術師セラだ。
彼女は言葉巧みに相手を丸め込むことを得意としている。なぜかはわからないがやたらと交渉事に慣れていて、値切りの交渉から悪党との駆け引きまでなんでもござれだった。
そして相手を嵌めた時のあの背筋が凍るような邪悪な微笑み、普段の清楚で大人しいセラからは想像できない姿が――――
「――――どうなさいました、エレン?」
「えっ!? ううん、なんでもないよ! なんでもないっ!」
きっとあの姿は見間違いだろう。きっと勘違いしたのだろう。フードで顔を隠していたのだから、あんな表情が見えるわけがない。エレンはそう自分に言い聞かせた。
セラはかわいらしく首を傾げながらも、交渉相手であるシドに向き直った。
思わずエレンは、セラが目の前の老人から船だけでなく全財産を巻き上げているところまで想像してしまった。セラはそんなことしない。そんなことまではしない……はずだ。
ふと、セラは視線を外して船を見た。
「いい船、ですわね」
「む? そうかのう」
それだけ言ってしばらく間を外す。
「あの船に足りない部品というのは、もしや『魔石』では?」
「……ほう。なぜそう思う?」
シドがおもしろそうな顔を作り、身を乗り出してきた。
セラもまた微笑みを浮かべながら向き直る。
「まず、わたしは外輪船を知っております。その動力部も、構造機構も、あれが蒸気機関で動いていることも存じております。
そして先刻、シドさまの船を拝見しました。あの船も風力や人力以外の動力部を備えているものと推測します。しかしあの『すくりゅう』というモノならば、おそらく外輪船と同じ蒸気機関で十分に動かせることでしょう。
そこでわたしが目をつけたのは船尾ではなく――――三本の『マスト』です」
シドは手を組んだまま無言で次の言葉をうながす。
「シドさまの船は、中型船に不釣り合いなほどマストがとても太くて頑丈です。しかしあれほど立派な鋼鉄製のマストを備えながらも『帆船ではない』とおっしゃられましたね。
もしやあのマストの中は空洞ではないのでしょうか?
そしてその空洞に『空を飛ぶためのなにか』が入っているのではないのでしょうか?
――――それは『すくりゅう』に似た回転翼なのでは?」
セラが考えたのは『空飛ぶ回転翼を小型改良したものがスクリューではないか』ということだ。似た構造であったため海上航行するのにも流用できたということだろう。
セラはそこで言葉を切った。シドの答え合わせを待っているのだ。
「…………正解じゃ。お前さん、何者じゃ……?」
「うふふ、ヒミツですわ。強いて言うなら『勇者のお仲間』でしょうか」
シドの気は十分に惹けた。その成果に満足したセラはまた微笑んだ。あと一押し。
セラは袖口から魔石を数個取り出してテーブルに置いた。シドの目が釘付けになる。一般的に出回っている魔石の倍近い大きさだからだ。
「おそらく飛行機関に使われる魔石は、もっと大きいものが必要なのではありませんか?
今手元にあるのはこれだけですが、お求めならばこちらで必要な魔石を用意いたしますわ」
もちろん魔王軍のコネを使ってだ。もちろん勇者エレンたちには内緒だ。
シドは迷っている。長年の夢が叶いそうなところだからだ。
しかしセラのような得体の知れない魔術師の甘言をどこまで信用していいのかわからない。一方で知り合いの聖職者ミカが連れてきた人物であることも考慮すると、よりいっそう迷って心が揺れる。しかももう一人の連れが『勇者』なのだ。
「おじいさん、お願い……っ!」
その勇者エレンが必死に懇願してくる。そんな目で見られたら断るに断れない。
「わかった! わかったからその目をやめてくれい」
シドが降参した。船を貸すことを了承したのだ。
とてもよろこんだエレンが感極まってシドに抱き着く。
「ありがとぉ、これで海獣島に行けるよぉ!」
「――――なに? なんじゃと?『海獣島』じゃと!?」
シドがひどく驚いた。
「ああ、そういうことか。なるほどのう……」
一人納得した様子で頷く。
「たしかに海獣島には巨大な魔石が眠っていると云われておる。
そうかそうか。お前さん方は魔獣島に行って仲間を助ける、そのついでにワシの魔石を採ってきてくれるんじゃな? そういうことなんじゃろ?」
ぜんぜん違う。
「ええーっ!? 魔獣島に魔せ――――」
「――――そのとおりですわ! わたしたちにお任せ下さい」
エレンの驚きを遮ってセラが答える。もう利用できるものはなんでも利用する勢いだ。
シドはいつにも増して真剣な表情で口を開いた。
「……船は貸そう。
じゃが、ワシも乗る。
船を動かす人間がいるじゃろう? うむうむ。久しぶりに若い頃の血が騒ぐのう、ワハハ!」
有無を言わさぬ口調。目が輝いていて若返っているように見える。
そして【発明家 シド】が一時的に仲間になった。




