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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
大海獣島物語編 (長編)
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勇者と海上都市と船の所有者

『海上都市』はその名の通り、海の上に浮かぶ都市だ。


 島全体が人が住まう家であり、人が行き交う道であり、人が生活する町なのだ。それはもはや海の上にそのまま町を建造したような景観を持つ不思議な場所だった。

 もっとも特徴的な建物は『海面ぎりぎりに建てられている家』だろう。玄関からは普通に街路に出入りできるのだが、裏口は開けたらそのまま海へドボンッである。もっともこれは直接小舟を着ける『はしけ』のような場所であるが。

 町中には張り巡らされた大小の運河があり、徒歩だけでなく小舟での移動も可能である。渡し船が発展した水上タクシーもこの町ならではの交通手段だ。

 区画ごとにアーチ状の石橋がかけられ、場所によっては跳ね橋までかけられている。貿易とともに主産業となっている造船業が特に有名であり、その高い技術力は船造りだけに留まらない。


 この海上都市は水とともに生きている町なのだ。


 しかし一方でこの豊かな水量は、風化や浸食という劣化現象を加速させる。

 建物のほとんどが堅く腐りにくい石やレンガで造られていることからわかる。木造では海水や潮風の影響でであっという間に壊れてしまうのだ。

 人々はより良い環境、すなわち風化しにくい場所に我が家を建てようとする。これにより都市の中心部には金があり権力がある有力者が、そして海により近い外周部には貧しい人々が、という住み分けができてしまった。こればかりは致し方ない。


 だが、何事にも例外というものがある。



 ミカが案内する船を個人所有しているという人物は海上都市の外周部、そのさらに人気のない倉庫街の一角に住んでいるという。


「その人物というのが……あの、えっとかなり、いやずいぶん変わった方なんです。いいえ、悪い方ではないんですよ、ホント……」


 先導して街路を歩くミカは言い難そうにその人物を評価する。

 かつて海上都市の修道院で修業していたこともあってか、複雑に入り組んだ道を迷いなく進んでいく。勝手知ったるわが町といったところだ。住民たちも彼の聖職者の恰好を見ては挨拶して道を開けていく。

 エレンたちが上陸した港とはほぼ対極の位置まで歩くので、裏道抜け道回り道となんでもござれだ。


「その人物は、この海上都市をここまで発展させた立役者の一人です。

 それまでは漁場が近いというだけのなにもない島でしたが、およそ五十年前に彼とその仲間が『海神の祠』でなにかを発見したそうです。

 そしてそのなにかによって建築技術や造船技術を大きく向上させて、さらにはこの島を地方最大の貿易都市にまで成長させることに成功したそうです」


 ミカがこの海上都市の始まりとその人物との関係を簡単に説明する。

 セラは興味深そうに聞いていたが、エレンは焦るあまりほとんど聞き流してしまっていた。


「彼とその仲間たちは莫大な富を得ました。

 遺跡探索という同じ苦難に立ち向かった勇敢な方々でしたが、しかしその後に彼らが選んだ道はまったく別々だったのです。

 ある方は都市を作り上げた代表として貴族を名乗り、またある方は一攫千金の夢に踊らされ貿易商人に、そしてまたある方はほかの遺跡を求めて旅立ちました。

 その人物はその中でも一風変わったものになりました。それは――『発明家』です」


 その言葉にセラだけでなく、エレンも驚いたような顔をした。単なる職人や技術者などとは違う、まるで聞き慣れない肩書きだ。


「どうやらその人物は、そういった才能もあったようなのです。

 実は町を作った方々の中でもっとも重要な人物が彼なのです。建築技術や造船技術だけでなく、あの跳ね橋も、水路もなにもかもが彼一人の技術によって作り上げられたものになります。

 彼はそういった技術を惜しげなく弟子たちに伝授し、自らはより新しいモノや技術を創造することに執心しました。それが彼が発明家たるゆえんです。

 ――――あ、見えてきました」



 都市の端から端へ。

 ようやくたどり着いた倉庫街は、港側の倉庫街と違って古くて人気がほとんどない。ミカが場所を間違えたのかとさえ思ってしまう。


「気を付けてください。ここから先は彼の実験室が近いので、なにが起きても――――」



 ―――― 大 爆 発 。



「――わわっ」

「――きゃっ」

「あー、注意が間に合いませんでしたか」


 肌をビリビリ震わせる轟音。

 目の前の倉庫街からはどす黒い煙がもうもうと上がり、エレンたちのいる方までなにかの破片が飛んできた。大きい破片はなかったので、幸い誰も怪我はしていない。

 海上都市の人間は慣れたものなのか、ほとんど反応がなかった。一番近くにいた倉庫街の人たちでさえ「またあの人か……」といったわずかな呟きだけだ。


「なになにっ!? 今のなにぃ!?」


 エレンは挙動不審に辺りを見回す。町中で突然爆発したのだから、むしろこれが普通の反応なのかもしれない。が、勇者にしては少々頼りないのも事実だ。


「エレンどの、落ち着いてください。大丈夫です、いつものこと(・・・・・・)ですから」


 ミカは平然と答えた。慣れとは、本当に怖いものだ。


「……うふふ、懐かしいですわ。わたしもお師匠さまと一緒に実験していた頃、よく大釜を爆発させていたものです」

「えっ?」

「なにそれ怖い」


 セラが遠い目でそんなことを言う。爆発直後はエレンと一緒に驚いていたが、言葉通り耐性がついているので早々に立ち直ることができたのだ。




「――――――――ゲホゲホッ、ゴホッ」


 そして手前にあった倉庫の扉が開け放たれた。黒煙が視界いっぱいに立ち込めて、ほかになにもうかがい知ることができないが、どうやら奥から誰かが出てきたようだ。


 倉庫の中から出てきたのは一人の老人だった。骨太であるが小柄で、黒くうす汚れた作業着を身に纏っている。

 白髪頭に浅黒い肌、刻まれたしわは多いが肌には張りがあってどこか若々しい。全身から高齢を感じさせない活発で精力的な雰囲気が醸し出されているからだろう、見た目は壮年くらいに見える。


「だいじょうぶですか?」

「――――――うー、また失敗じゃわい。

 じゃがこれで欠点は明らかになった! あとは材質の強度を――――」


 変わった形の面当てを外して、なにやら紙に勢いよく文字を書き込んでいく。極限まで集中しており、目の前にいる勇者一行の姿に気付いてもいない。


「あのー?」

「――――ワシの計算によると、ここがあーなって、ここがそーなるじゃろ?

 ほいで、このままでいくと、また失敗するじゃろうから――――」


「もしもーし?」

「――やっぱり足りんわ。ダメじゃダメじゃあ、やっぱりアレがなければ――」


「おーい、シドさん?」

「なんじゃいっ!? さっきからうるさいのう……」


『シド』と呼ばれた老人は、ミカの言葉にようやく返事をしてくれた。

 こちらをカッと睨みつけるその顔は実にいかつい頑固ジジィのようだ。その目には炎が燃えているかのような輝きがある。力強い探究者の目だ。

 その目が聖職者ミカの服装を見ると、たちまち興味のない色に変わる。


「……勧誘ならお断りじゃ。ワシはすでに『科学』という名の宗教にその身も心も捧げておるのでな」

「いいえ、今日は違います。もっとも改宗はいつでも歓迎しますよ」


 何度か訪れて何度か同じような問答をしたことがあるのだろう、シドのそっけない態度もミカの対応もどこか親しみが込められていた。


「ひさしぶりじゃのう、ミカ坊」

「おひさしぶりです、シドさん」


 かるく挨拶をかわして、そこでようやくシドは女性二人の存在に気付いた。長年生きてきた経験からか、二人の真剣な様子からなにか察したようだ。


「立ち話もなんじゃからとりあえず入るがええ。

 見ての通りちぃっとばかり煙に燻されておるが、茶の一杯ぐらい出せるはずじゃて」


 こうして勇者エレンたちは【発明家 シド】の家に招かれた。




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