表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
大海獣島物語編 (長編)
59/72

勇者と仲間とひとすじの光明

 一方、勇者たちは……。



 時は少しさかのぼり、船上でのことだ。


 勇者エレンたちの目の前で、格闘家ソルが海中に没した。それはもう、自らの主張「勇者の乗る船は災難に遭う」を身を持って証明するかのように。

 突然の怪物どもの出現により船上は大混乱に陥った。

 怪物の激突により転倒して軽傷を負う人はたくさんいたが、幸か不幸か定期船から海に落ちたのはソル一人だけだった。


「ソルが落ちた! 誰か助けてっ!」


 叫んだのはエレンだ。今にも泣き出しそうな形相で訴える。

 勇者の仲間に泳げる者はいない。エレン、セラ、ソルは山や平原で育っていてそもそも川で泳いだ経験すらなく、ミカにしても聖職者の修行ばかりで幼少の頃わずかに泳いだことがある程度だ。


 必死の叫びを聞きつけて船乗りたちが集まってきた。いまだに揺れの治まらない船上で、彼らは乗客の無事を確認している最中だった。

 船乗りの一人が身を乗り出してソルの行方を確認しようとするが、荒れる海の様子を見てさっと青ざめた。定期船のすぐそばで、巨大な二体の怪物が暴れ回っているのだ。


「……このままじゃあ助けに行けねえ。今、あの怪物どもが暴れ回っている海に入ったら、誰も生きて帰れやしねえぞ……」


 船乗りの一人が苦々しく言い放った。海の男たちがどれほど水泳に長けていたとしても、海魔のるつぼと化した魔海に飛び込むことは自殺行為にほかならない。

 当然エレンは彼らを責めることはできない。仲間の命がかかっているとはいえ、それが赤の他人であろうと「死んでくれ」と宣告することなどできるわけがない。


「……わかった。みんな、ちょっとどいて」


 エレンが低い声でそう言った。決意の表情を固めている。

 その場にいた全員がどよめいた。海に入ったら死ぬと警告したばかりなのに、彼女はソルを助けるために行動しようとしているのだ。


「おい、嬢ちゃん。いったいなにを……?」


 答えず、錆の浮いた古びた剣を抜いたエレン。


「あの怪物たちを、なんとかすればいいんでしょ?」


 鬼気迫るような彼女の迫力に気圧されて、そこにいた誰も彼もが動くことなく勇者エレンの姿に目を奪われていた。目視できるほど集中した魔力の燐光が淡く白く輝く。


「お願いっ。力を貸して――――っ!!」


 光剣一閃。

 古びた剣から強烈な光が放たれる。雷光だ。耳をつんざくような轟音とともに海の怪物ども目掛けて(いかずち)が降りそそいだ。

 海を伝播する強力な電撃に、二体の怪物はたまらず絶叫を上げながら逃げ出していった。

 ダメージそのものよりも雷光と轟音、そして麻痺によって驚いたことが大きかったのかもしれない。怪物はエレンたちの乗る船に狙いを変えることなく遠ざかっていった。

 思えばあの怪物どもは定期船を襲っている様子はなく、たまたま近くまで来てしまい、不運にもぶつかってしまっただけにも思えた。


「これはすごい。しかしエレンどのもなかなか無茶をしますね」


 後ろから声をかけたのは聖職者ミカだ。彼は水没者を引き上げるための長いロープを準備していた。冷静な判断だ。

 ミカの言う「無茶」とは強力な雷撃魔法を使ったことだ。直撃しなければ威力が弱まるが、海水は電気をよく通してしまう。おそらくソルなら平気だろうが、と奇妙な信頼がある。


 目の前で起きた光景を呆然と見ていた船乗りを含め、その場にいた全員が我に返ったように海面を覗き込んだ。溺れているソルの影を見つけるためだ。

 怪物が去っても引っ掻き回された海流は乱れに乱れ、まだ十二分に危険が残っている。しかし一刻を争うため、特に泳ぎが上手い船乗りたちが準備をしていた。

 その時、意外な人物が制止を求めた。



「――――お待ちくださいませ。ソルさまは、あの方はもうこの船の近くにはおりません」



 なんとそれは魔術師セラだった。

 彼女を知る者ならば誰もが驚くだろう。すべてにおいて【ソル】という人物を優先するあのセラが、ソルを救い出すどころか、それを押し止めている。

 思えばソルが海に落ちた時から反応が妙だった。始めこそ誰よりも狼狽していたが、気が付くと一人静かに目を閉じて誰よりも落ち着き払って佇んでいた。


「あちらをご覧ください」


 セラがそっと指し示したその方向には何者かが泳いだ一筋の跡があった。目が良い海の男たちがギリギリ見ることができたその先に、ソルの頭らしきものがぽつんと出ていて、それが人間とは思えない速度で泳ぎ遠ざかっていく。


「ソルさまは生きておられます。……しかしおそらくは海魔に連れ去られました」


 あの暴れ回っていた二体の怪物ではない。セラが魔力の網を張って捉えたもう一体の魔物は、巨大な怪物どもよりもずっと小さく人間とほぼ同じくらいだ。それがソルを抱きかかえて泳ぎ去っていった。

 魔物が去った方角を見て、船乗りたちの表情が絶望の色に染まっていく。彼らが知るあちらの海域は、船乗りたちならばまず近付こうともしない方向だ。



「…………あっちは海獣島の方角だ。【魔海王】が支配する悪魔の海域だ」



 誰かがぽつりと漏らした響き。それは人間ならば誰しもが持っている、恐怖からの響きであった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 エレンたちが『海上都市』に上陸したのは、あれから半日も経たない時だった。


 船を襲った怪物どもを撃退した勇者エレンは、それこそ【英雄】のように船員一同、乗客全員から惜しげない称賛と感謝の声を得た。雷撃を放った光景を、好奇心旺盛な乗客が見ていたからである。

 ――――美しい女勇者が、恐ろしい海の怪物をあっという間に退治した。

 その英雄譚のような光景を目の当たりにした者が興奮のあまり定期船に乗るすべての人間に語り伝えたのだ。同じ光景を目撃した船乗りも大勢いて信ぴょう性は高い。


 しかしその感謝の嵐を受けていた勇者一行だが、彼女らの表情は暗いままだ。事情を知らない者たちの前ではなんとか取り繕うことができたものの、連れ去られた仲間のことが気がかりなのだ。


「大丈夫です。ソルさまの気配は逃しておりません。大丈夫……」


 そういうセラは特に自分に言い聞かせているような声音だった。

 彼女は今、己の知る魔導知識と魔力を全開にしてソルレオン(・・・・・)を感知している。変化が解けたことで気配と魔力が濃くなり感知しやすくなったが、それでも不安は拭い去れない。冷静な――冷酷なまでに無表情なのは心の動揺により、魔力の感知が途切れてしまうことを防ぐためだ。


「ソルが生きていることはいいけど、いったいどうすればいいんだよぉ……」


 弱音を吐いたのはエレンだ。船上で英雄じみたことを成した人物とは思えない、しかし仲間たちには慣れ親しんだ様相だ。しかし今は誰も彼女をなぐさめてはくれなかった。

 エレンたちが困っているのは、ソルを助けに行けないことである。今すぐにでも助けに行きたいが、『船』がない。

 ソルが連れて行かれた『海獣島』はこの辺りでは有名な島だ。なにせ【魔海王】が支配している場所だからだ。

 航路を離れてまで魔海に近付く意味がない。サカナならばほかの海域でも獲れる。危険以外なにもないところに、わざわざ魔海王の領海に立ち入ろうとする船乗りは、一人もいない。


 エレンたちは上陸してすぐに海獣島へ行ってくれる船乗りを探した。

 しかしその結果はダメだった。

 依頼料としてセラの提示した大金に目がくらんだ荒くれ者でさえ、目的地が海獣島であることを告げるとあっさり逃げてしまう。助けた恩がある定期船の者たちに頼んでもダメであった。


 いよいよ打つ手がなくなった勇者たちだったが、ずっと考え事をしていたミカがようやく思い出したように口を開いた。


「――――ひとり、一人だけ思い当たる人物がいます。かなり変わった人物ですが、ひょっとしたら船を貸してもらえるかもしれません」


 知り合いではないが、ミカはその界隈では有名な人物のことを思い出した。しかもその人物はちょうどこの海上都市に住んでいる。

 住民たちには奇人変人として名が通っているが、その人物は船乗り以外では珍しく船を持っているという噂がある。どうにかしてそれを借りるのだ。


 エレンたちの判断は早かった。

 もとより大事な仲間であるソルを助けるためだ。結論は、すでに決まっているとも言えた。



「行こう。その人のところへ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ