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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
大海獣島物語編 (長編)
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魔王と第一の家来と第一の家臣

 ソルレオンは自分の両腕をまじまじと見た。

 蒼白の肌。だが病弱な印象は受けず、むしろ本能的な恐怖さえ与えそうな迫力を醸し出している。まさしく絶対強者【魔人】の肌だ。

 今度は拳を握って確かめる。

 手の内の小石を易々と砕いて粉にしてしまう強烈な握力。まだ本調子ではないが、確実に元の能力値に戻りつつある。つまりは【魔人王】の腕力にだ。


「ううむ。どうしたものか……?」


 内側から溢れ出てくるような力に、意外にもソルレオンは困ったような表情を作った。

 強大な力を取り戻して悪いということはないだろう。ましてやこの【奇岩城】という場所はソルレオンにとって勝手のわからない場所であり、敵か味方かわからない【魔海王】の領地だ。

 彼の目の前には今、巨大なクラーケンがいる。すぐに戦闘を始める様子はないが、明らかにこちらに敵意を持っていて警戒したままだ。魔人王としての力が戻ってくれば牽制にもなるし、少なくともやられることはないだろう。


 しかしその後が問題だ。


「このままでは、勇者たちのもとへ帰れぬではないか……」


 例え、奇岩城を制圧して魔海王を倒すことができたとしても、この【魔人王】の姿では人前に出ることはできない。人間たちにとって魔人は敵だ。さらに勇者エレンは魔人王の姿を知っているので、このままの姿で合流することなど以ての外だ。


「なんとかセラと連絡を取って、変化の秘薬を持ってきてもらわねば…………あれ? こんなこと、以前にもあったような……?」


 なんとかしてセラだけ(・・)を呼び出さねばならない。


「いや、だがこの場所は魔海王の領地のようであるし、エレンたちが単独行動を許すとは思えぬな」


 勇者一行(・・・・)のままで助けに来られると、ソルレオンのこの姿を全員に見られてしまう。そもそも魔海王が人間たちをそう簡単に奇岩城に立ち入らせるだろうか。

 そこでセラではなく、どうにかこうにかして魔人王軍に連絡してもらう方法も考えてみる。だがやはり海と平原では遠すぎる。そもそもいったい誰が『連絡役(つなぎ)』になってくれるというのか。



 ふと、ソルレオンの視線が隣にいる魔物に向いた。

 人魚のマーちゃんだ。マーちゃんは視線が合うと、なにか問いかけるように小首をかしげる。


「マーちゃん、ひとつ頼みたいことがあるのだが」


 もちろん連絡役を頼みたい。仲良くなったことだし頼み込めばなんとかなるかもしれない。

 だが、


『おいコラ、人間モドキ。人魚姫に気安く話しかけてんじゃねえぞ』


 クラーケンが邪魔をする。

 白い触手の一本がソルレオンとマーちゃんの間に割り込んでくる。そのままウネウネとソルレオンを掴み込んでがんじがらめにした。

 ソルレオンに絡みついた触手は徐々に圧力を増していく。じわじわといたぶる様に痛みを加える。


「……」

『ヘェ、悲鳴のひとつも上げないとはやるじゃねえか。じゃあこれはどうだっ!』


 クラーケンがさらに力を入れてソルレオンの体を絞り上げる。だがミシミシと全身が軋む音はしても、悲鳴と命乞いはいつまでたっても聞こえてこなかった。


『我慢強いヤロウだぜっ。それとももうくたばっちまったかっ?』


 マーちゃんが触手にすがりついて必死に解こうとする。だが彼女が全力を出し切ってもソルレオンを締め付ける触手は頑として動かない。

 マーちゃんは泣きそうな顔になってポカポカと触手を殴る。ついにはクラーケンを睨みつけて口をパクパクさせて訴えかけた。


『……わかった、わかりましたよ! 人間モドキを放せばいいんでしょ? もう死んでるかもだけど』


 クラーケンはしぶしぶと触手をゆるめる。無造作に解いたので、ソルレオンの体はそのまま崩れ落ちるかと思われたが――――そうでもなかった。

 ソルレオンは平然と自らの両足で立ち、喜色満面の笑顔でこう言い放つ。



「フハハハハハッ!! この我が直々に、貴様の売ったこの喧嘩を買ってやろうではないか。――――高値でなぁっ!!」



 クラーケンに向かって何気なく左腕を構える。

 そして、なにかが爆ぜたような衝撃音。

 信じられないことにクラーケンの巨体がすっ飛んでいく。洞窟の壁面に激突し、そのまま気絶して地底湖に没していった。


 マーちゃんはぽかんとした顔でソルレオンを見ていた。

 彼がやったことはほんのわずかだ。左腕を構えて、殴った。それだけだ。

 信じられない。あのクラーケンが一発殴られただけで沈められたことなど、今まで一度たりともなかったはずだ。タフで有名なクラーケンがこんなに簡単にやられたことなど聞いたことがない。


「なんだなんだ、一撃でおしまいであるか?『魔海王第一の家来』が聞いて呆れるわ、フハハハハ!」


 余裕のソルレオンは腕組みしたまま高笑いしている。一発殴ってスッキリした様子で、もう怒っている素振りすら失せていた。もしもまだ怒っていたら、クラーケンは確実に抹殺されていただろう。


「フハハハハ――――さて、マーちゃんよ」


 名前を呼ばれて思わずビクついてしまうマーちゃん。目の前で怪物を超える怪物的な行為をされては仕方のないことかもしれない。先程まで仲良くおしゃべりしたり、水切りをして遊んでいた相手がこれほど圧倒的な強者であったことなど、いったい誰が気付くことができるだろう。

 背筋をピンと伸ばして気をつけの姿勢で固まるマーちゃん。口が利けたら「サー、イエッサー!」とでも言いそうな雰囲気だ。

 突然豹変したマーちゃんの態度に首を傾げながらも、ソルレオンはさっきの頼みごとの続きをする。


「む、いったいどうしたのだ? だがまあよいか。それより――――」



『――――そこのアナタ、【人魚姫】から離れなさい』


 そして再び邪魔が入った。

 またもや地底湖から魔力声が響いてくる。今度はどこか女性的な、流麗な響きを含んだ澄んだ声だ。


 地底湖の水面が盛り上がってくる。クラーケンの触手が出てきた時より大きく、本体の時よりは小さいくらいだ。しかしそれでも人間とは比べようもないくらいの巨大さだ。

 そこから出現したのは巨大なウミヘビの頭だった。その大きさは人間などひと呑みにできるほどだ。宝石のように輝く翡翠色のウロコを纏い、なめらかな一本角とタテガミのような毛が生えている。さながら水竜のような見た目だ。


『このアタクシは心やさしいからねえ。今ならまだ許してやろうじゃないのさ。ホラ、早く人魚姫から離れるんだね』


 冷血な赤い瞳がきらりと奇妙に輝いた。大きな口元からはチロチロと長細い舌を出し入れさせているため、獲物を前にして舌なめずりしているようにしか見えない。

 大ウミヘビ嬢は鎌首をもたげている体勢でソルレオンたちを見おろしている。その頭部の大きさから、地底湖の中に浸かっている胴体は相当長いことがわかる。全長だけならばクラーケンよりももっとずっと長いかもしれない。


 マーちゃんは彼女を見て表情を明るくした。だがそれではまるで『ソルレオンがマーちゃんをいじめていたところに大ウミヘビが助けにきた』ように見えてしまうではないか。

 大ウミヘビ嬢はまさにそう勘違いしたのか、殺気を放ちながらソルレオンを睨みつける。


『……姫、もう大丈夫さ。アタクシが来たからにはもう安心していいわ。あの役立たずのクラーケンとは違うってところを見せようじゃないのさ』


 マーちゃんを安心させるようなやさしい声音だが、ソルレオンには容赦なく殺気と敵意を向けてくる。いつ襲いかかってきてもおかしくないような一色触発の状況だ。

 その状況を嫌ったのはソルレオンの方だった。彼は戦いそのものは好きだが、今はそんなことをしている場合ではない。優先順位を間違わないくらいの冷静さは残している。

 大ウミヘビ嬢を刺激しないようにゆっくりと両腕を上げて無害であることを示す。


「とりあえず落ち着くのだ。我が友であるマーちゃんを傷付けることはありえぬ。ほんの少し協力してほしいだけなのだ」

『人魚姫が、友だちですって……?』


 大ウミヘビ嬢はまだ警戒したままだ。しかし少しは話を聞いてくれそうな隙ができた。マーちゃんが『友だち』という単語を聞いてうれしそうにしていることも大きな要因だ。

 ソルレオンは一歩でも歩み寄ろうと静かな声で話す。


「……まず成り行きとはいえ、クラーケンを殴ってしまったことは謝ろう」

『えっ? ああ、そんなことはどうでもいいわ』


 いいのか、それで。

 あっさりとした態度の大ウミヘビ嬢に肩透かしをくらう。しかしこれはひょっとしたら話の糸口になるかもしれない。ソルレオンは試してみることにした。


「そもそも貴様たちの仲間のクラーケンも勘違いして襲いかかってきたのだ。

 あといくらなんでもあの険悪な態度ではこちらも我慢できなかった。最初から暴言を吐かれて、こちらの話を聞こうともしなかったのだぞ。

 あやつは貴様のように礼儀をわきまえるべきだったと思わぬか?」


『……そうねえ、アタクシもそう思うわ。あの馬鹿イカは魔海王の部下としてふさわしくない』


 乗ってきた。やはりこの大ウミヘビ嬢はあのクラーケンと仲が悪いらしい。

 ふと礼儀の話で思い出した。魔人王ソルレオンともあろう者が、基本中の基本を忘れていた。


「そういえばまだ名乗っていなかったな。

 我が名はソルレオン。その……見ての通り【魔人】である」


 さすがに【魔人の王】であることは伏せた。【魔海王】が敵であるか味方であるか不明なので、念のための用心にだ。

 大ウミヘビ嬢の態度は目に見えて軟化していく。彼女の目にはマーちゃんが楽しげな様子でソルレオンに抱き着いているところが映っている。



『たしかにアナタは敵ではないようねえ。ウン、いいでしょう。

 アタクシは【魔海王の第一の家臣 サーペント】。そこの人魚姫さまの友だちでもあるわ』


 大ウミヘビ嬢改めサーペント嬢は完全に警戒を解いてくれた。これでようやく話が進められる。

 が、ソルレオンはその言葉の違和感に気付いた。


「魔海王の、『第一の家臣』だと……?」


 たしかクラーケンも同じような肩書きを堂々と語っていたはずだ。


【魔海王の第一(・・)の家来 クラーケン】と【魔海王の第一(・・)の家臣 サーペント】。


 どうやら魔海王の部下には【第一】と付く魔物が、二体(・・)いるらしい。




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