勇者と仲間と休憩所
ガイストAが現れた。
「――――どっっっっせいっっっっっっ!!」
ガイストB、ガイストCが現れた。
「――――どっっっっせいっっっっっっ!!」
グールAが現れた。
「――――どっっっっせいっっっっっっ!!」
ファントム(中ボス)が現れた。
「――――どっっっっせいぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!」
こうして勇者一行は無事に中間地点に辿り着いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
修験者の洞窟を通り抜けるためには、おおよそ丸一日ほどかかる。
そのため修行僧たちが休憩する場所として、いくつかの小部屋が存在していた。そこの入り口には洞窟内を徘徊するガイストやアンデッドが侵入してこないための封印が施されてる。
「――――ありました。この脇道の奥に休憩所があります」
道案内のミカが目印を発見した。
似たり寄ったりの洞穴の一部には、これまたわかりづらい小さな目印が刻まれている。注意力を鍛えるためのものなのかもしれない。さすがに罠は存在しないらしいが。
道中の敵は大体ミカ一人で倒していたため、勇者エレンたちはまったく消耗していない。というか、ほとんど出番がなかった。
しかし気付かないところで疲労は蓄積してしまうので、念のため中間地点で休憩することにしたのだ。
曲がりくねった脇道を少し進んだところで、休憩所の扉が見えた。
「……うわぁ…………」
エレンは血の気が引くのを感じた。扉を見た瞬間、ぞくっと背筋が凍る。
その扉には得体の知れない文字が書かれた紙がいくつも貼りつけられていたのだ。ミミズがのたくったような赤い文字。隙間なく長方形の紙が、まるで悪しきモノを閉じ込めるように、べたべたと何十枚と貼られている。
「これは『オフダ』という魔除けの道具です。これがある限り、アンデッドは部屋の中に入って来れません。あ、うっかり剥がさないように気を付けて」
扉を開ける音も不気味だった。蝶番が錆びついたような軋みを鳴らしてゆっくりと開いていく。
部屋の中の暗闇は濃くて、凶悪な幽霊が待ち構えていてもおかしくはない。ここは本当に休憩所なのだろうか、目を疑う。
口元が引きつったエレンは二の足を踏む。
「……ここ、本当に入るの?」
「大丈夫です。安全は保障します。狭いながらもベッドもありますし、休憩場所として悪くはないでしょう」
ミカはすでに何度も訪れて感覚がマヒしているため、まったく動じることなく中へ入っていった。
意を決したエレンと、後列の二人も部屋の中に入っていった。
いざ部屋に入ってみれば、たしかにそこは普通の休憩所だった。
意外に広い室内は大人が十人は入れそうなくらい余裕があった。中央には焚き火ができそうな空間、壁際には小さな二段ベッドと粗末な机と古いランプが置かれていた。
手慣れた様子でランプに火を灯したミカが三人を奥に誘う。
「扉はしっかりと閉めてください。空気の通り道がちゃんとあるので窒息する心配はありません」
たしかに部屋の中の空気は洞窟内の空気とは一味違っていた。わずかではあるが新鮮な気がする。
エレンたちが装備や荷物を置いて、ふっと気を緩めた。その時にはミカが手際よく休憩の準備をすべて済ませていた。
「この奥は不浄になります。すでに光魔法で清めましたので、いつでも使用してください」
ベッドの反対側の壁際の一部分には布がかけられて目隠しされていた。「不浄」とはつまりトイレだ。
簡単な寝床やトイレがあり、食事を作るスペースまである。本当になにもない野宿とは大違いの設備が揃っている。しかも敵に襲われることがない。
『――――ぉぉぉオオオ――――ぉオオオォン――――』
『――――ネェ――――アケテ――――アケテヨ――――』
『――――――――ぁ、ぁ、あ、ア、ァ、ぁ――――』
しかし扉の外からはあいかわらず亡者の声と恐怖音が鳴り続けていた。
休憩中でも恐怖心を克服するための精神修行ができるなんて、さすが『修験者の洞窟』と呼ばれているだけある。
仮眠をとる時は、せめて悪夢を見ないようにと祈りたいところであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
料理番のセラが鍋を火にかける。
大き目なサイズに切ってある塩漬け肉をさっと焼き付ける。濃い塩味が効いているため、余計な調味料がいらないのが便利だ。焼き色が着いたら肉は一端取り出す。
鍋に大きく切ったニンジン、タマネギも加えてしんなりするまで炒める。そこへ先日、集落で採れたばかりの新鮮なトマトと少量の赤ぶどう酒を入れてじっくりと煮込む。
赤い果実からは甘味と酸味だけでなく、たっぷりと水分が染み出してくる。この水分を利用して味の濃いシチューを作るつもりだ。
皮をむいて下拵えしたジャガイモと香味野菜、焼いた肉を鍋に放り込む。しばらくして浮いてきたアクをすくって、さらにじっくりと煮込む。なるべく水分が飛ばないように蓋は最小限しか開けない。
火加減を調節してコトコトと長時間煮込んでやわらかくする。イフリートから少しずつ習っていたため、料理の腕は城にいた頃よりも格段に上達していた。
「セラよ、いつの間に料理を覚えたのだ?」
「うふふ。それはナイショですわ」
「すごいや。もうすでに美味しそうだよぉ」
いつも一緒にいるはずのセラが、いつの間にか料理のレパートリーを増やしている。見たこともない調理法を使ったりもしていた。
未だに料理を全くしないソルには驚きの連続だ。「切った」「焼いた」「煮た」くらいしか認識していない。ジャガイモの皮をきれいにむいただけで驚愕するほどだ。
エレンも料理を作れるがもっと大雑把なものばかりなので、セラが作っているようなちゃんとした料理に憧れているところがある。
「まさか……あれだけの材料でこれほどの料理が作れるものなのですね」
ミカもまた感動している一人だ。普段の料理は同僚のシスター任せらしく、まともに台所に立ったことがないらしい。
「あら、ミカさんは炊き出しなどで料理をされないのですか?」
「はい。包丁を握ると自分の手ばかり切ってしまうので、料理はしないように言いつけられています。自分、不器用ですから……」
これまでの豪快な戦い方ですでに察していた勇者たち三人はすんなりと納得した。
「ま、まぁ、やっぱり誰にでも得意不得意はあるよねぇ」
「フハハ、そうか貴様もか。実は我も意外と不器用だったりするのだ」
「いや、別にソルは意外でもない、かなぁ……?」
「なん………………だと?」
「あ、あらあら、みなさん。そろそろ料理が完成しますわ」
鍋の様子に気付いたセラが蓋を開ける。湯気とともに食欲をそそる香りが部屋中に広がった。
完成したシチューは赤く染まったトマトの色をしていた。材料の肉や野菜は煮染まりながらも大きく形を残したままで食べ応えがありそうだ。
器によそって全員に配る。
「では、いただきます」
「どうぞ、おあがり下さい」
セラはニコニコとした表情のまま、みんなの様子をうかがっていた。
エレンは大きな肉を頬張る。そしてじっくり味わおうと噛み締める、が――――――
――――――ガキン。
そのまま停止した。
気持ち一瞬だけ停止して、今度はゆっくりと圧力を加えるように肉を噛む。
だが噛めない。硬い。食べ物とは思えないほど、硬い。
「ぶふぁぁあっ! しょっぱぁぁああああっ!! というかなんか舌が痛いくらい辛いのである!!」
シチューを飲んだソルが思わずそれを噴き出した。
そう、味は塩辛いのだ。海水の濃度を上げて、それを飲まされているような気分になる。
「こ、これは……」
ミカの言葉はそれ以上続かない。はっきりと言わないところにやさしさを感じる。
だがしっかりと手は止まっていた。二人の様子を見た後、一口目をほんのわずかに舐めた程度なので、口ごもるくらいの被害で済んでいる。
セラはなんだか誤魔化すように笑顔のままだ。
「あらあら……おかしいですわね?」
「セラよ、貴様はいったいなにを錬成したのであるか?」
「いいえ、わたしはただ料理をしただけなのですが……」
このシチューのもっとも悪い点は『頑張れば食べられるくらいのレベル』だということだろう。しかし誰がこの料理を好んで食べるというのか。
「…………………………………………………………………………仕方ないのであるっ」
漢気を見せたのはやはりソルだった。
セラの手料理を勢いよくかき込んで咀嚼する。ボリボリ、ゴリゴリというのは、いったいなんの音なのだろうか。ソルの目元から一筋の汗らしき雫が流れ落ちた。
「……ソルさま」
「……すごいや」
「……カッコいい」
そんなソルの姿にほかの三人は感心せざるをえなかった。
でもマネはしなかった。
『水で薄めれば、(硬いアレ以外は)けっこう美味しく食べられる』という事実が発覚するのは、このすぐ後のことである。




