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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
勇者の仲間たち編 (長編)
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神父と子供たちと来訪者

 聖職者の朝は早い。


 神父は孤児院内の誰よりも早く起きて、毎朝毎晩欠かすことなく神に祈りを捧げていた。

 彼は教会の責任者という立場であっても、自ら好んで身を粉にして働いていた。同じく配属された同僚の僧侶たちが目覚める頃には、教会内がすでに掃き清められていることは珍しくない。


「おはようございます。ファルケン神父」

「はい。おはようございます」


 丁寧に返事をするその姿は、人々から常に尊敬される人物の理想像だ。

 彼の役職はこの教会で最上位であり、もっと横柄な態度をとっても不思議ではないくらい絶大な権力を持っている。彼が信仰に帰依する以前の功績から、中央教会における『大司教』にも準ずる地位を得ているため、一般的な貴族よりもはるかに格上の存在であった。

 こんな片田舎の教会に赴任したのは彼自身の強い要望のためだ。


「神父さま、掃除などの雑用は我らに任せてください」

「いえいえ、お気になさらず。少々夢見が悪くて、気分転換にはちょうどいいのです。あなた方も私の起床時間に合せず、まだ眠っていても構いませんよ。ただでさえ子供たちの相手は体力が必要になりますからね」


 ファルケン神父は柔和な微笑みを絶やさない。

 神父は容姿も上々だ。以前は鋭さが印象的な男前であったが、現在は角が取れてより多くの人に好まれる人物像になっている。

 かつては鋭かったまなじりはすっかりと下がってしまい、いつも穏やかに笑っているように見える。高い鷲鼻も、尖ったような輪郭も、かつてとは印象が変わってやわらかい。

 しかし一番変わったのはきれいに撫でつけてある白髪であろう。茶褐色だった短髪は現在その色を失っていて、それが彼の見た目の年齢を大幅に上げている。神父がまだ二十代後半であることを告げて驚かない者はいない。


「清掃はもう終わりですので、あなた方は朝の礼拝を……。それから朝食の準備をお願いします」


 恐縮している僧侶たちに指示を出す。

 さすがに最上位の神父が働いているのに、堂々と休むような度胸のある者たちはいない。神父の前職を知っていて意識しない者はいない。

 ファルケン神父は元冒険者であり、その実力は非常に高い。すでに剣を捨てて信仰に身を捧げているが、単純な腕力でさえ敵う者はこの集落にはいなかった。

 彼は素晴らしい人柄や高潔な姿勢で尊敬を得ているだけでなく、能ある鷹は爪を隠すがごとく、たしかな実力も備えていた。


 僧侶たちが静かに礼拝をしている。

 備え付けられたステンドグラスから昇った陽光が降り注いだ。

 その神々しい光景に目を細めて呟いた。


「本日も良き一日になりそうですね……」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 聖職者としての職務をあらかた終える。

 ファルケン神父は教会と併設している孤児院へと向かった。


 すでに昼の時間帯だ。

 子供たちは勉強を終えて、遊びの時間になっている。


「あーっ、しんぷさまだーっ!」

「しんぷさま、いっしょにあそぼう」

「あっちでおままごとしましょう、しんぷさまー」

「しんぷさま、みてみて! ぼく、こんなに足がはやくなったんだ!」


 神父は一人ひとり声をかけて回る。

 どんなに忙しい時でも子供たちの顔を見ることは欠かすことがない。この子らの笑顔を見るために私財をなげうって孤児院を建設したといっても過言ではなかった。

 その思いが通じたのか、ファルケン神父は子供たちにも人気であった。

 穏やかでやさしく、格好良くて強い。相手が小さな子供であっても平等でちゃんと話を聞いてくれる大人は貴重で、それでいてとても面白い話をいくつも知っている。人気があるのは当然ともいえた。


 一人の子供が神父の袖を引いた。


「ねえねえ、しんぷさま。またお話して。ぼうけんのお話」


 そして一番の人気はかつて彼が世界中を旅した時の冒険譚だ。


「……それでは今回は、恐ろしい怪物が徘徊する迷宮のお話でもしましょうか」


 いつの間にか神父の周りには子供たちが全員集合していた。狭い集落で生きる子供たちにとって、外の世界はとても広くて刺激的なことがたくさんある別世界だ。その話を聞けるのは神父からだけなのだ。



「あれはまだ、私が仲間とともに旅をしていた頃――――」


 神父は順序よく話をつなげていく。すでに何度か繰り返し語られていて洗練されているため、その語り口には手に汗握るような臨場感が込められて、聞き手が喜ぶような大げさな仕草が加わっている。しかしウソは一つもない実体験である。

 迷宮内の暗く張り詰めたような緊張感で子供たちはみな息を飲み、突然怪物が出現したくだりなどは悲鳴を上げて驚いていた。


「――――凄まじい生命力を持つ怪物だったが、私の高速連撃には耐えられなかったようだ。そしてついに私たちはその牛魔人を倒したっ! ――――」


 そしてかつての神父が怪物を倒すシーンを思い浮かべて感動の声を上げる。特に男の子たちの目は憧れの念でいっそう輝いていた。


「すっげー! しんぷさま、すっげー!」

「ほらね、やっぱりしんぷさまがかったでしょ? しんぷさまがせかいでいちばん強いって」


 興奮した様子の子供たちの中、一人の男の子が手を挙げる。



「そういえば……しんぷさまは『まおう』とたたかったことはないんですか?」



 その質問に、ファルケン神父は固まった。


「しんぷさま?」

「――――あ、ああうん。まおう……『魔王』のこと、だったね…………」


 神父は言葉を濁す。

 なにかいやなことを思い出したかのように顔色が青ざめていく。

 子供たちはそんな神父の様子に気付かなかった。


「ばかだなー。しんぷさまは強いんだから、たたかったこともあるって」

「えーっ、でも『まおう』はまだやっつけられてないってはなしだよ? それにものすごくつよいってきいたことあるし」

「じゃあきっと『まおう』はひきょうな手をつかって、しんぷさまからにげてるんだ!」


 ファルケン神父と『魔王』、どっちが強いかという話題で盛り上がる子供たち。今まで数々の冒険譚を聞いてきたためか、子供たちの中では神父がかなり優勢のようだ。



「ファルケン神父、旅のお方が訪ねてきたのですが……」

「そうですか! すぐ行きましょう」


 僧侶が僥倖を伝えに来た。


「今日のお話はここまでです。私は来客に会いに行きますので、あなたたちはケガのないように遊んでいてください」


 早口に子供たちに言うと、早々に立ち上がる。

 この話題から逃れられるのならば、来客が誰であろうと構わない。


「さあ行きましょうか。どちらに通したのですか?」

「えっ、あっ、はい」


 いつもと違う様子のファルケン神父に驚きを隠せない部下の僧侶。少なくとも彼はこんなに落ち着きのない神父の姿を見たことがなかった。

 神父はいつも穏やかでやさしい笑みを浮かべ、その立ち姿からは頼もしさや力強さすら感じさせた。さらに人柄もよくて権力を鼻に掛けない好人物。欠点のない「超人」だと思ったこともある。

 思わず旅人たちの特徴や、教会を訪れた目的を言いそびれたくらいだ。



 旅人たちが待っているのは教会の本堂だった。

 長椅子がいくつも並び、神の偶像を仰ぎ見るために自然と前を向くことになる。

 そこには十人近い人の姿があった。

 半数以上がまだ小柄で幼い子供であり、その姿を確認した瞬間、神父は旅人たちの『教会を訪れた目的』を察した。


 静かに祈りを捧げていた美しい少女が神父に気付いた。

 振り向いた彼女は妖精のように美しく、金色に輝いて見えた。


「私になにか用があるというのは、あなた方ですかな?」

「あっ、ファルケン神父ですか? ボクの名前はエレン。いちおう【勇者】をやってます」


 神父は驚いた。

【勇者】。その響きは久しぶりだ。


「ボクらはこの子たちを受け入れてもらえる場所を探してやってきました」

「ああ、やっぱりそうでしたか」

「……どうでしょうか?」

「いえいえ、そんな結論をあせらず――――」



「――――――――エレンよ、首尾の方はどうであるか?」



 二人の会話に割って入るように、大男が近付いてきた。今まで教会の内装を見ていたようだが、どうやら飽きたようだ。

 ファルケン神父はそちらを振り向く。


「【勇者エレン】どののお仲間ですかな? ――――――――――っっっ!!??」



 神父は絶叫した。

 いや、それすら突き抜けて金切り声を上げていた。



「なななななななな、なにごとであるかっ!?」


 さしものソルも動揺を隠せない。

 顔を合わせた瞬間、神父が絶叫して倒れたのだ。

 唐突にもほどがある。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ソルたちはまだ知らなかった。


 この集落で孤児院を運営する現代の聖人【ファルケン神父】。

 彼は巷で「鳩の神父」と呼ばれているほど温和な人物だ。彼は元冒険者であり、元【勇者】だった大人物である。


 そして彼のかつての称号は【猛禽の勇者】。


 魔人王ソルレオンとの戦いで、とても深い心の傷を負った悲しき勇者の現在の姿である。




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