勇者と荒野の町とひと騒動
『荒野の町』。
この町はかの始まりの町から出立して辿り着く、二番目の大きな町である。
かつてはこの町も周辺の小さな村落と同じような中継地点のひとつであったが、荒れ果てた地で重要な水源の確保、遠くから目印となる巨大な岩石の存在、荒野をショートカットして辿り着ける交通の利便性、などなど……。それらによってより大勢を受け入れえることができたため、『町』として栄えるまでに至った。
町の景観として珍しいのは、広大な湖と巨大な岩石が隣り合っていることだろう。そしてそれを取り囲むようにレンガ造りの家が立ち並び、さらに簡易天幕が取り囲む。ほかでは見られない光景だ。
町内は旅商人たちがバザーを催しているため、いつも賑わっている。買い物が目的で荒野の町を訪れる観光客もいるくらいだ。流動する人数も含めれば、町にはおそよ五千人を超える人が滞在しているだろう。
荒れ果てた大地において、これほど栄えた町はここだけだ。
勇者たちが『荒野の町』に辿り着いたのは空が赤く染まってくる夕刻だった。
傾いた夕日が赤茶けた巨岩をさらに赤く染め、鏡面のような湖がそれを映し出す。地上と水面下にまったく同じ赤の世界が広がっているという幻想的な景色だ。
「ふわぁ……すっごくきれいだねぇ……」
「うむ。見事な光景である」
「ええ、本当に美しいですね……」
三者三様に短い感想を言う。すっかり見入ってしまって、ぴたりと足を止めたままだ。
勇者一行が今いる場所は、町の中心から少し離れた岩山の頂上である。
言うなればそこは天然の城塞や城門、見張りの兵士がいる物見台のような場所だ。町の全体を見おろせるため、観光名所としても人気が高い。
「ねぇ、はやく行こうよ! なんだかボク、待ちきれなくなっちゃった」
純粋にワクワクしているのは勇者エレンだ。遠くから眺めているだけでは満足できず、もっと近くで見て体験したいと訴える。子供のように無邪気な瞳だ。
「そうであるな。これほどにぎやかな場所ならば仲間の一人や二人、すぐに見つかるであろう、フハハ」
目的を忘れていないのは格闘家ソル。観光も楽しみだが、それ以上に使命感が強い。もっとも旅はまだまだ長いので、期待は半分といったところだ。
「……なかなか良い地形ですね。立地も悪くない。あれほどの水源があれば籠城戦も可能でしょう。なるほど、この岩山が城壁の代わりに……」
誰ともなく呟いているのは魔術師セラだ。彼女は仲間二人とはさらに違った視点から見ていた。具体的には『策士』のそれだ。眠ったような表情からはとても想像できない不穏な思考である。
「セ~~~ラ~~~! なにやってるのぉ? 行こ?」
「うむ、早々に行こうではないか」
ともかく、先を急ぐようなエレンたちに腕を引かれ、セラの思考は中断された。
「そうですね。行きましょう」
セラは穏やかに答えた。
その笑顔の裏で「自分が何者か」ということを改めて思い返した。それはセラは現在「勇者の仲間」であるということだ。
セラは黒いローブをひるがえして、すぐそこで待っている二人に合流する。
勇者とその仲間たちは、夕日が沈む荒野の町の中心部に向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
荒野の町はちょうど眠る準備をしていた。
各所に設置された松明のおかげで店舗の営業ができるのだが、さすがに夜間にやっている店は少ない。開いているのは酒場やあやしげな店ばかりだ。
健全な勇者たちは大人しく夜は眠って、次の日の朝を待つことにする。
夕日が完全に隠れてしまう前になんとか今日の宿を見つけ、早めに休むことにした。
翌日、まだ朝も早い時間帯にも関わらず、バザーはとっくに目を覚ましていた。
組み上がっていく露店の天幕は、寝起きで背伸びしている人の姿に似ている。
忙しく駆け巡る商人たち、次々に並べられる商品。早くもあちこちで商いが始まっていて、威勢の良い客の呼び込みや値切り交渉の声がそこかしこから上がっている。
「朝からすっごい活気だねぇ。荒野に住んでる商人って、どうしてこんなに元気なのかなぁ?」
商売の熱気と活気に圧倒されたエレンが唖然とする。先ほど買ったばかりの朝食を思わず落としてしまいそうになった。
エレンの片手に握られているのはサカナのすり身だ。白身を粘り気が出るまですりおろして棒状に形成し、こんがりと焼しめられている。棒状なので片手で持って食べ歩きがしやすい。淡白な味付けは早朝からでも食べやすく、どんな料理にでも合う。荒野の町で人気沸騰中の食べ物だ。
エレンはひと口ぱくりと食べる。
「あ、おいひい。勢いに押されて思わず買わされちゃったけど、これは大当たりかも……」
「――――ああ、エレンよ。そこにいたのであるか」
人混みをかき分けて巨躯の男がエレンに近付いてきた。ソルだ。
ソルはそれぞれの手に骨付き肉を持っている。大きく切り分けた獣肉を骨ごと豪快に網焼きした一品だ。焼き色が濃いのはタレにたっぷり漬け込んでいたからだろう。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「ううむ、この町の商人は商売上手であるな。すでにいくつかの道具を売りつけられてしまったのだ…………まあ、『やくそう』などの消耗品はけっして無駄にはならぬだろうがな」
「ソルもなの? ボクも少し危なかったよぉ。お小遣いくらいしか持ってなくて、逆に助かっちゃったくらいっ」
「うむ。旅費の大半をしっかり者のセラに預けておいて正解だったのだ」
今現在、勇者一行の資金を管理しているのはセラである。
以前に遺跡探索で手に入れた資金はちょっとしたもので、エレンはその金額に恐れおののき、真っ先に辞退した。主に活躍していたソルが受け取るべきだと思っていたからだ。
しかしソルには浪費癖があるため、資金を管理する者としては論外だ。必要な旅費を残すどころか、立ち寄った旅先のあちこちで家すらも購入することが考えられる。ちょっとセールストークすればなんでも買ってしまう性格なのだ。
今もまだ朝食代しか使っていないエレンに対して、ソルは全額分骨付き肉とやくそうに消えている。ソルの金銭感覚は一般人と大きくかけ離れていた。
そうした事情により新入りのセラが資金の管理をすることになった。彼女はちゃんと二人の信頼に応えて、散財しないようにきっちりと財布のひもを締めている。
「むむ? そういえばセラはどこであるか? 姿が見えぬが」
「あれぇ? セラもこの賑わいではぐれちゃったのかなぁ――――あ、あそこじゃない!?」
セラはもみくちゃにされていた。
小柄でしかも地味な恰好だからだろう、忙しく行き交う商人たちは彼女の存在に気付かずにぶつかってしまう。セラはそのたびに潰されてさらに縮んだり、引っかかってくるくると回転して目を回す。
ようやく人混みを抜け出したセラは杖を突きながら、よろよろ、ふらふらとこちらに歩いてきた。
そしてまた商人たちに引っかかって、そのまま人混みにさらわれて飲み込まれた。
「セラーッ!」
反射的に飛び出したのはエレンの方だ。
手に持っていたサカナのすり身をソルに押し付けると、人混みに見えなくなったセラのもとへ駆け寄る。ソルの制止の声も聞こえない。
なんとかセラを助け出した時、彼女の顔色は真っ青だった。
「セラ、だいじょうぶ? ケガはない?」
「…………え、ええ。平気ですわ……すこし……人混みに、酔っただけで……うっ……」
口元をローブの袖口で隠しながらも、セラは気丈に笑いかける。大事には至らなかったようだ。しかし彼女は人が多いところが苦手らしい。
エレンは休めるような場所を探そうとよそ見をした。
「セラ、もうちょっと頑張って。あっちに――――」
――――ドン、と衝撃。
「――――え?」
軽い衝撃だ。
なにかがぶつかってきた。
いや、誰かがセラにぶつかった。
転んだセラが気付く。
「あっ!? お金が!?」
泥棒だ。
スリだ。
子供が走ってる。
あの子供だ。
手に袋を持ってる。
子供が泥棒だ。
「ダメ、逃げられちゃう!」
子供が逃げる。
人混みに紛れた。
二人は追う。
だが遅かった。
背中すら見えなくなる。
「……ああ、駄目だわ」
「ごめんなさい! そこを通してよぉ! ドロボーーーーッッッ!!」
エレンとセラが人混みをかき分けて、やっとの思いで顔を出す。
だが、そこにはすでにあの子供の姿はなかった。
こうして勇者一行は、全財産を失った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
意気消沈した二人は、ようやくソルと合流した。
その時、ソルは奇妙な姿勢で待っていた。そのせいで彼の周囲にはおかしな空白ができている。誰一人として近付こうとはせず遠巻きにソルを眺めていた。
「おお、二人ともやっときたか。待っておったぞ」
ソルの態度はあいかわらずだ。左手には食べかけの骨付き肉を持ち、それを食べながらのんびりと待っていたようだ。
「…………ソル、それって……?」
信じられない様子で固まっていたエレンはようやく話しかけた。その視線はソルの右手に注がれている。いや、正確には右手にぶら下がっているものに。
「さっき『ドロボー』と叫び声が聞こえた時に、目の前を走り去るところだったので捕まえておいたのだ。こやつで間違いはないか?」
ソルに首根っこを摑まえられた子供がじたばたと暴れていた。
「…………ソルさま、さすがです……」
その子供は間違いなくセラから財布を盗んだ人物だ。
エレンとセラはその場にへたり込んだ。安心して力が抜けたのだった。
そうして勇者一行の全財産は、あっさりと返ってきた。




