勇者と仲間と子供のドロボー
盗まれた財布は無事に戻ってきた。
現行犯逮捕だったため、中身ももちろん無事だ。
しかし勇者一行はまた別の問題に突き当たっていた。
捕らえた泥棒の処遇である。
セラから財布をスリ盗った泥棒は、まだ年端もいかない子供だった。
ボサボサの髪、薄汚れた帽子と服装、険しい目付きとこの世のすべてを憎むような視線。その姿は気性の荒い野良猫のようだ。
「くそっ! このデカブツ、はなせよーっ!」
短い手足を振り回すも、首筋をがっちりと捕まえた太い腕は微動だにしていない。
「やかましいぞ、ドロボー。もう観念するのだな」
ソルがのんびりと口を開く。しかしその眼光は冷徹にして冷酷だ。
片腕でぶら下げられたままのドロボーはぞっとして目を逸らす。ソルに睨まれた恐怖心からガタガタと体が震えだしていた。
「ちょっとソルぅ、そのくらいにしてあげよう……」
「いやいや。そのくらいもなにも、捕まえているだけなのだが」
そんなドロボーの姿を不憫に思ったのがエレンである。
財布が戻ったことで気が緩んだのだろう、相手がまだ子供であることも同情心を揺さぶることにつながっているようだ。
「みなさま、このままでは悪目立ちしてしまいます。とりあえず場所を移しませんか?」
そう提案してきたのはセラだ。
動揺していた彼女もまた冷静さを取り戻し、穏やかな寝顔のような表情に戻っている。周囲の露店主たちや買い物客たちが往来のど真ん中で行われている騒動に注目していることに気付いたからだ。
言われたソルがぐるりと辺りを見回すと、今まで事の成り行きを見ていた大勢の人々は露骨に視線を逸らした。ソルはふんと鼻を鳴らす。
「そうであるな。ほかの客どもの邪魔になっているから移動するとしよう。案内せい、セラ」
彼らの威圧感に行く手をふさいでいた人混みはさっと道を開ける。後ろで騒動に気付かなかった人も、のしのしと歩いてくるソルのその姿を見た瞬間すべてを悟り、次々と道を避けていった。
ソルたちが目の前を通り過ぎる時、未だにがっちりと捕まえられている哀れなドロボーを見る。無駄な抵抗と諦めたのか、騒がずに絶望的な表情になり、荷物のようにぶら下げられた姿勢のまま動かない。
『 嗚呼、かみさま どうかあの子に ほんのわずかでも 慈悲をお与えください …… 』
そう願わずにはいられない。
たとえあの子供が盗みを働いた罪深き者でも、あの魔王のような恐ろしい大男に嬲り殺されるようなことまではしていないはずだ。素直に衛士に引き渡される方がぜったいにマシだろう。
『 あと、どうかあの大男が こっちに来ませんように …… 』
そこにいた誰しもが、自分たちが巻き込まれないように背中を向けた。
本能的にわかっていたからだ。
無力な自分たちにあれは止められない。むしろ巻き込まれたら一巻の終わりだ。ならばせめて危険は避けるべきだ。たとえ見て見ぬふりをしたとしても……。
ソルたちの姿が見えなくなった。どうやら裏道に入ったらしい。
そこでようやくバザーは活気を取り戻した。まるで先ほどの騒動を忘れるかのように。
魔王が支配する過酷な世界には、「仕方ない」という許容の心が大切だった。
逞しい荒野の人々は今日も生きることに必死であった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
セラが発見した裏道を抜け、その先にあった廃墟跡地で勇者一行は足を止めた。
「よいな? 逃げるでないぞ?」
ソルは念を押した。
そして手を放す。
自由になった瞬間、ドロボーが走り出す。
体が小さいので簡単に脇をすり抜けられる。
だが三歩目で足が空を切る。
ソルがまた首根っこを掴まえていた。
「あれほど逃げるな、と忠告したはずだが……仕方ない……」
昏い声音。
ソルは鷲掴みした首に握力を加える。
「っっ!? ~~~~っっ!!」
ドロボーは必死の形相でソルの腕を外そうともがく。
あまりの苦痛に爪を立ててひっかくが、ソルは無表情のまま平然としている。
「ソル、ダメだよっ! 死んじゃう!」
「む?」
エレンの制止の言葉でようやく手を放した。
今度は逃げられない。逃げるどころではなかった。
ドロボーは涙と鼻水で顔を汚し、むさぼるように呼吸する。小さい体をさらに小さく丸めて苦しそうに咳き込んでいた。
「エレンよ、なぜ止める?」
「だって、まだ子供だよ? やりすぎだよ……」
ソルは首を傾げ、怪訝な顔になる。
「こやつは我らの金をすべて奪おうとした。金がなくなれば我らは今日のメシにすらありつけぬ。
我らは食わねば生きてはいけない。つまりこやつは我らを殺そうとしたも同然である」
ソルの言葉は極論だが、的を射た部分もある。
「それに一度はこやつの事情を聞こうと譲歩したであろう? にもかかわらず、逃げようとした。
いくら相手が子供であろうと我はそういう裏切りは赦せぬ」
静かに語っているが、言葉の端々からは怒りがにじんでいた。
その静かなる怒気を感じ取り、エレンは説得できるかどうか自信がなく、躊躇してしまう。
「――――ソルさま、よろしいでしょうか?」
「む?」
助け舟を出したのはセラだ。
セラは手招きをしてエレンたちと距離をとらせる。
勇者エレンには内緒にする話だ。
その場に留まったエレンは動けないドロボーに寄り添っていた。
「セラよ、いったいなんの話であるか?」
ソルは苛立っている。その態度を隠そうともしない。
セラはすぐには構わず、もう一度エレンたちの様子をうかがった。
ドロボーは逃げられない。エレンの意識はこちらに向いていない。
それからセラは正面から向き合って、真っ直ぐにソルと目を合わせた。
「――――ソルレオンさま。あなたさまは、なにをお望みになられるのですか?」
ソルはたじろぐように言葉を詰まらせた。ただでさえセラの瞳を直視することができないのに。
セラは寂しさを湛えた笑顔を作る。ソルの望んでいることは、改めて聞かずとも知っていた。
「勇者エレンとは、これからどうするお積りなのでしょうか?」
「……エレンには強くなってもらう。それから仲間だ。彼女とともに戦う仲間を見つけるのである」
「ではそれまでは、勇者エレンに付き従うのですね?」
「……うむ。そのつもりである」
「それでしたら……やはりあの子供は助けてあげるべきですわ」
セラはそう結論付けた。
しかしソルはまだ納得していない。
「ソルさま。勇者エレンと別れるその日まで、あなたさまは彼女の『仲間』なのですよね?」
「……ああ。そうである」
「ではあなたさまは、今のご自身が『勇者の仲間』であることを自覚せねばなりません」
ソルは驚きに目を丸くした。
おそらく今までまったく気を使っていなかったのだろう。気付いてさえいなかった可能性もある。
「ソルさまのこれまでの言動が【勇者】の名を貶めるやもしれません。もう少しだけ……周りの方々にもやさしくしてあげてください」
ソルが『身内』と『勇者』のことを特別視して、大事に扱っていることは身を持って知っている。
その一方で『その他の人々』には礼儀こそ惜しまないが、そこに温情はまったくない。さらに相手が『敵』であれば、その首を刎ねることさえ躊躇わないだろう。
「…………そうだな、そうであったのだな。貴様の言う通りだ。さすがはセラである」
「お褒めにあずかり、光栄ですわ」
セラの言葉の一つ一つをかみ砕いて飲み込んでいく。
ソルは自らの過ちに気付いてしっかりと反省した。その顔からは怒りも険しさも消えている。
「フハハハハ! よーし、ではさっそく他人にやさしくしてみるのである!」
「――――あっ、ソルさまっ」
セラの声はもう届かず、ソルはドロボーのところへ勢いよく駆け寄っていった。
ドロボーは急に近付いてきたソルの姿に驚き、短い悲鳴を上げた。傍にいたエレンにすがるように抱き着く様はただの子供らしい姿に思える。
「フハハハハーーーッ! 寛大なこの我は、貴様の愚かな行為を赦してやるのだ。さあっ! なぜあのようなことをしたのか、その事情を全部話すのだーっ!」
「ひぃぃぃいっ! おねえちゃん、た、たすけて……」
「ソル、いきなり驚かせないでよぉ!」
怖がって警戒しているドロボーに構わず、ソルは事情を聞き出そうと大声で問いかける。あれでは巨獣が小動物を威嚇しているようなものだ。
「あらあら、仕方がありませんね。ソルさまったら……」
苦笑するセラも、三人のところへのんびりと近付く。
『人』と『魔人』は、似て非なる存在だ。
だがセラは『人』でありながら『魔女』となった者だ。どちらの気持ちも、なんとなくわかる。
人の心の機微に疎いソルのために、彼女は力を尽くそうと、そう考えていた。




