勇者と商人と初の勧誘
盗賊団を撃退し、荒野の道を走らせる。
勇者エレンと魔術師セラは、助けた商人の馬車に便乗している。
そして格闘家ソルだけは盗賊から奪った装甲馬に跨り、馬車の護衛のように先頭を走っていた。
「フハハハハハハハハーーーーッッッ!!」
ソルは実に楽しそうに馬を走らせる。
漆黒の毛並を持つ巨大な装甲馬は、大柄なソルを背に乗せてもまったく速度が落ちる気配がない。それどころか新しい主人を気に入ったようで、盗賊を乗せていた時よりも走り方がはるかに力強かった。
いつの間にか大荷物から引っ張り出してきたマントと角兜を装備し、ソルの見た目はどこぞの『覇者』のようだった。
上機嫌のソルが調子に乗って早駆けを始めた。
「フハハ、気に入ったぞ! 貴様は【ブラックキング号】と名付けよう!」
思う存分に騎馬を楽しんだソルはそう言い放った。
BK号も彼に呼応したようにうれしそうに嘶く。
しかし残念なことに、BK号の巨体とスタミナを維持するためには大量の糧秣が必要となる。最小限の荷物で旅を続ける勇者エレン一行にはその負担は背負いきれない。
せめてソルが泣く泣くBK号を手離すまでの短い間だけでも、幸せに駆け回ってもらいたい……。
「あははっ、にぎやかで面白い兄さんだねー」
前方で馬を走らせるソルの姿を眺めながら、御者台に座る馬車の主が楽しそうに目を細める。
馬車の主は「ネネ」と名乗った。年齢は二十代そこそこといったところだろう、すらりとしていて穏やかな物腰が特徴的な婦人だ。ちなみに既婚者で息子が一人いる。
「しかも強くてやさしいイイ男ときた! ……ちょいと強面だけどねっ」
ネネの冗談に、馬車の中は和やかな笑いに包まれた。
御者台の隣に座っているエレンは全面的に同意するようにからからと笑い、後ろの荷台で山積みされた荷物の隙間で小さくなっていたセラは複雑そうに笑っている。
「それにしても本当に助かったわ。たしかに急いでいたけれど、ちょいと無茶しすぎたみたいねー」
ネネの馬車は近道のために荒野を突っ切ろうとした時に運悪く盗賊に襲われたそうだ。
隊商も組まず単独で、しかも都合が悪く護衛が見つからなかった状態で荒野を通るのは無謀で危険すぎた。たとえ商品の鮮度を保つためだといえ、あまりにも無茶な選択だった。
幸運にも勇者エレンたちが近くにいなければ、盗賊に身ぐるみ全部はがされていただろう。いや、ネネの外見なら本人も高く売り飛ばされていた可能性も十分にあり得た。
「ホントだよぉ。もっと気を付けないとダメだよ、ネネさん。旦那さんもお子さんもいるんだから」
「……そうね。よかったら、あなたたちには改めてお礼をさせてちょうだいね。今は大量に仕入れたせいでお財布の中がすっからかんだから、そのパンくらいしかあげられる物がないけど……」
「いいえ。お気になさらず。馬車に乗せてもらえるだけでも感謝しますわ。いただいたパンも、とても美味しかったですし」
ネネがお礼として差し出したのは『大きなパン』だ。
報酬目的で人助けをしたわけではなかったが、このパンは空腹だったエレン・セラ両名にはとてもありがたいものだった。ひとつ食べただけでお腹がいっぱいになる。
「そう言ってもらえると、あたしもうれしいわ。そのパンは旦那が大好きでね、毎回ダンジョンに挑戦する時にお弁当で渡しているものなのよ」
「へぇー、そうなんだぁ」
このパンはネネの手作りらしい。
この辺りの地方では珍しい『白雪小麦』を使用しているパンは、驚くほどやわらかくもっちりとしていて、ジャムなどがなくても甘味が強い。バターやミルクを生地に贅沢に練り込んでいるそうで、パンひとつだけでも満足感が得られるのはそのためだろう。
「なるほど、ネネさんの夫は冒険者なのですね?」
「いいえ、違うわ。夫はただの商人よ」
「えっ?」
「そう、なのですか?」
ネネの答えは意外なものだった。
「ダンジョンに挑戦する」という話からは、夫が【商人】であることは想像できない。たしかに一攫千金を夢見るのは冒険者も商人も同じだが……。
「あの人は以前――町に自分の店を構える前にね、行商人として冒険者たちに着いていったことがあったのよ。どうもその時の大冒険が忘れられなかったらしくて……」
ネネはいったん言葉を切った。その時に味わった心配事や苦労を思い出しているようにも見える。
「そんな時に近所で見つかったのが不思議なダンジョンだったのよ。そこは本当に不思議なダンジョンらしくてね、武器や盾や便利な道具がたくさん落ちているそうなの。旦那は今、それを持ち帰ってくるのが仕事みたいなものなのよ」
実に変わった『仕入れ先』である。
「いつもなら半日かそこらで帰ってくるの……でもたまに何日もずっとダンジョンの中から出てこないこともあるのよ。まあ、今までも死んだりしてないから心配はしてないんだけど……」
ネネは思わずふぅとため息をした。にじみ出るような不安と夫に対する信頼とが絶妙に入り混じった表情になる。
今はまさに「なかなか帰ってこない回」だそうだ。そういう時はリュックに入りきらないほど多くの道具や珍品の数々を持ち帰ってくるそうだが、それまでの品薄状態を緩和するためにネネ自らが仕入れに出るという。
「しかも最近では息子までダンジョンに入るようになっちゃってね……これも血なのかしら」
それが一番の悩みらしい。
まだまだ人生経験が浅い(変わった経験は豊富だが……)エレンとセラはなんと言ったらいいのかわからない。彼女の話をただ聞くことしかできなかった。
「あら? ごめんなさい、あたしったら……恩人たちになにを話しているのかしら」
「ううん、ぜんぜん! ボクたちでよかったら、どんどん話してよ」
「ええ、とても興味深い話ですわ。よろしければご家族のことをもう少し教えていただけますか?」
「……そう? 二人ともありがとう」
二人の本心が伝わったのか、ネネはやわらかい笑みを作った。
それからしばらく、次の町に着くまでの間、馬車からは女性陣の笑い声が絶えることがなかった。
「ネネが少女だった頃から旦那が猛アタックを仕掛けてきたエピソード」や「今でこそ太っているが、旦那は昔はスリムだった話」とか「『そろばん』こそ商人にとって最高の武器である」、「どうやら息子は魔物に好かれるタチらしい」といったことを色々語り、彼女の家族の話が尽きることはなかった。
やがて馬車は荒野を抜けて、町へと辿り着く頃にはすっかり仲良くなっていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「どうもお世話になりました」
「いいえ、こちらこそ。ありがとうございました」
エレンたちはお互いにお礼を言い合う。
ネネはこれからまた帰り道を急ぐ。ようやく知り合いの隊商と合流できたため護衛の心配もなく、もう盗賊に襲われることもほぼなくなったからだ。
『荒野の町』に着いたので、別れの時がやってきてしまったのだ。
「――――ネネさん!」
エレンが声を張り上げる。
立ち去ろうとしていたネネが振り向いた。
「もう少しだけ――――もう少しだけボクたちと『冒険』してみませんか?
旦那さんとお子さんは、まだダンジョンから帰ってきそうにないんでしょう? ならネネさんだって、少しくらい遠回りして冒険しても……」
エレンはずっと待ち続けて鬱屈しているネネの気持ちを見抜いていた。
そうでなければ、わざわざ危険を冒してまで荒野を単独で横断するなんて無茶なことはしない。
「……ありがとう」
ネネは笑顔でそう言った。
しかし答えは「いいえ」だ。
「あたしは旦那の妻であり、息子の母親だからねー。
二人が帰ってくる時には、あたしが直接出迎えてあげたいの。
だから、ね? ごめんなさい。あなたたちと一緒には行けないわ」
なんとなく返事はわかっていた。
断られることもわかっていたし、むしろそれでいいとさえ思っていた。
「それじゃあね。あたしたちの町に来たら、ぜひウチの店を訪ねてね。ぜったいよ?」
商人ネネは馬車に乗ると、合流した隊商とともに立ち去った。
こうして勇者エレン、初の勧誘は失敗した。
ちなみに、ソルとBK号との涙の別れは、割愛させてもらう。
ただ号泣したソルが大人げなく駄々をこねていたことだけは報告させてもらおう。
彼らの再会も、願うばかりだ。




