勇者たちと荒野と盗賊団
森林地帯を抜けると次に広がっていたのは遙かなる荒野であった。
荒廃した土地には緑が少なく、茶色と灰色の世界が延々と広がっている。そこにあるのはむき出しの赤土と山のように巨大な岩石と立ち枯れたように細い木々だけだ。
上空には容赦なく照りつける太陽。じりじりと肌を焼く陽光を避けることもできず、日陰になる場所もほとんどない。熱風は乾いた大地からさらに残り少ない水分を根こそぎ蒸発させる。
寒暖の差はなお厳しい。昼と夜では、南国と北国ほどの気温差がつく。太陽が支配する昼間は着ている物すべて脱いでも汗が止まらないほど暑いが、月が浮かぶ夜間では持っているすべての衣類を着こんでも体の震えが止まらないほど寒い。
過酷な大地なだけあって、そこに出現する魔獣は強力だ。「だからこそ」と、積極的に荒野に立ち入ったのは戦闘経験を積むためだったが、そもそも絶対数が少ないのかあまり遭遇できていない。
そこに生息している動植物はほんのわずかで、時折視界をかすめるのは荒野に迷い込んできた旅人を狙う肉食の魔獣だ。やつらは行き倒れるのを待っていて、積極的には襲ってこない。わざわざ体力を消耗するために戦いを挑む必要はないからだ。
ただ生き残るだけでも大変な場所だ。
だがもしこんな場所でも無事に生き抜くことができれば、それだけで強い生命力が得られることだろう。あくまで「生き残れれば」の話だが……。
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「み……水…………」
勇者エレンは弱っていた。
全身に巻きつけた厚手の布地からくぐもった声を発する。かすれた声は乾ききっていて、その音まで干からびているようだ。
エレンはねずみ色のフードを外した。妖精のような美しい顔は赤く日に焼け、強烈な直射日光に目を細める表情は精悍さが増している。
太陽はまだ天高く、今がもっとも気温が高い時間だ。それでもぶ厚いマントを脱げないのは肌が火傷しないようにするためと、少しでも全身の水分を奪われないないようにするためだった。
「……これをどうぞ。あせらずにゆっくりと飲んでください」
魔術師のセラが水筒を手渡す。
彼女はいつもの黒ローブを着ている。黒色は日光を吸収してしまうが、特殊な加工がしてあるのか影響はほぼなさそうだ。
しかしそもそも魔術師は体力が少ないため、けっきょくはセラも疲弊していた。わずかに覗いた唇はすっかり乾いてしまっている。
魔法を使えば飲み水くらいは確保できるが、あまり魔力を使い過ぎるとほかの魔獣まで呼び寄せてしまう。しかも疲弊している状態だと魔力が回復しにくい。体力も魔力も消耗した状態で戦うのは危険なのでなるべく魔力も温存したい。
エレンは皮製の水筒を受け取り、一口分だけ口に含んで、それからゆっくりと飲み込む。残り少ない貴重な水分なのでがぶ飲みは厳禁だ。
ほんのわずかなぬるい水でも、カラカラに乾いていた体には十分すぎるほど染み入った。体力と気力に余裕があれば、その美味しさを叫ばずにはいられないだろう。
「フハハハハ! 二人とも、あっちによさげな日陰を発見したのである。そこで休もうではないか」
大手を振るってやってきた赤毛の大男が元気な声を出す。
自称格闘家のソルだ。
彼は暑さに強いのか、単純に体力があるのか、この過酷な荒野を旅してもまったく堪えた様子はない。むしろ一人で三人分の大荷物を背負って先陣を闊歩するくらい余裕があった。
三人はソルが見つけた日陰まで移動した。
それは自然に出来上がった風景にもかかわらず、どういうことが起きてそうなったのか見当もつかない。そんな屋根のように組み上がった大岩の軒先である。
前日に討伐したオオトカゲの肉を焼いて食べる。ソルだけはモリモリ食べるが、女性二人は食欲がわかないのかあまり手を付けなかった。
「ソルは元気だねぇ……ところでボクの分も食べる?」
「ソルさま、さすがです……ところでわたしの分も食べます?」
「いいや。二人ともしっかり食べねば体力は回復せぬぞ」
とはいえ、食べ慣れないオオトカゲの肉である。味も見た目もほとんど気にしないのはソルだけだ。
「と、ところで次の町にはまだ着かないんだねぇ?」
「そ、そうですね。まだ半分といったところでしょうか」
次の町へ向かう道は二つあった。「近道」と「回り道」だ。近道は回り道の三分の一程度の日数で次の町に辿り着ける。
三人が選んだ道は、行程は短いが危険な近道である「荒野」だった。町から町へ真っ直ぐ向かえるが、環境は過酷で魔獣も凶暴なものが多い。さらに盗賊もよく出没する危険地帯であり、よほど腕に自信があるか、あるいは旅を急いでいない限り、好んで選ぶような道ではない。
「エレン、セラ。ちゃんと食べ――――」
「は、はやく荒野を通り抜けたいよねぇ! 馬車があった方がよかったかなぁ!?」
「そ、そうですね! 隊商でも通ればいいのですがっ!」
エレンとセラが勢いよく立ち上がった。
「おい貴様ら、肉を残さず――――」
「よ、よーし頑張って歩こうかぁ! 馬車なんてそんなに通らないだろうしっ!」
「そ、そうですね! 盗賊団に遭遇しないように、はやく行きましょうか!」
「――――待て」
ソルが鋭く二人を呼び止める。
そしてゆっくりとした動作で荒野のある場所を指差す。
「噂をすれば、なんとやらである」
全員が視線を注ぐその場所からは土煙が上がっていた。しかもその土煙はどんどん三人のいる大岩に近付いてきている。
それは全速力で駆ける商人の馬車と、それを追う盗賊団だった。
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魔王の恐怖が蔓延する暴力が支配する世界。
そこでは魔族や魔物だけでなく、一部の人間までもが理性や良心を捨て去り、思うがままに非人道的で野蛮な行動を繰り返す。
跳梁跋扈するならず者たちはやがて徒党を組み、『盗賊団』としてあらゆるところで好き放題暴れまわり、略奪や暴行、殺戮をしていた。
「ヒャッハーー!! 待ちやがれーっ! カネと食いモンをよこせーっ!」
「ヒャッハッハッ、水だ水だーーっ!! 水を出しやがれーっ!」
盗賊団【鉄の騎馬団】もまた、荒野を中心に暴れまわる凶暴な連中だ。
その特徴的な髪形と服装、そしてとても常人とは思えないような悪人面をしている。
さらに珍しいのは乗っている騎馬に装備させた鉄の装甲だ。全体的に流線的なフォルムをしていながらも、なんのためのものか分からない突起物が多く見られる。中身の馬も重装甲でもお構いなしのとんでもない馬力をしている特別な種だ。
奴らは一度に十人ほどで徒党を組み、獲物を求めて猛烈な速さで荒野を駆けていた。
一方で狙われている馬車は一台きり。乗っている人間も一人だけのようだ。
普通の大きさの馬車は二頭立てであったがその速度は並であるため、このままでは盗賊たちに追い付かれるのは時間の問題だ。
「ヒャッハー! もう諦めて命乞いをするんだなーっ!」
「俺たちの気分しだいで生かしてやるかもなーっ! ヒャハハーーッ!!」
やがて突出した一騎の盗賊に並走されてしまう。
まず走力を奪うために馬車につながれた馬の片方を狙おうと、槍を構えた。
その時――――
先頭の盗賊が乗っている装甲馬に、何者かが飛び乗ってきた。
全力疾走している馬に、だ。
「て、てめえっ!? なにもん――――」
「やかましい」
ソルは盗賊を殴りつける。一撃で気絶した。
そのまま装甲馬を奪うと、盗賊の身に着けていた防具やら馬上槍やらを後ろの盗賊団に投げつける。
純粋に馬が走るために邪魔な部品をひと通り投げ捨てると、最後に気絶したままの盗賊を仲間に還してやる。もちろんぶん投げて。
「うむ。そろそろか……」
商人の馬車と盗賊団との位置が離れた。
ソルは遠くからでも確認できるように右腕を大きくまわして合図を送る。
隊列を立て直した盗賊団は、激怒してソルに追いすがろうとする。
ソルの背中がボウガンの射程距離まで届く。
怒りと殺意を込めて狙う。
しかし、もう遅い。
疾走する盗賊の一団のもとに、白銀の雷光が奔った。
「ぐぎゃあああああああああ!!」
「あばばばばばばばばっっっ!!」
強烈な電撃が鉄の装甲を伝播し、盗賊全体に痛烈なダメージを与えていく。
盗賊の半数が落馬し、頑丈な装甲馬も電撃で痺れて速度が落ちる。
もはや壊滅状態だ。
「クソッ! 退け、退けえええええ!!」
モヒカン頭のリーダー格が撤退を命じる。踵を返すと、我先に逃げ出した。
部下の盗賊たちも慌てて逃げ出す。まだちゃんと馬上に乗れていなくても、構わずに馬を走らせる。
盗賊団は派手に土煙を上げながら遠ざかっていった。
「おおっ、素晴らしい。見事に『雷魔法』を修得したのだな」
ソルは装甲馬を止めると、警戒もそこそこに遠くの岩陰の方へ顔を向ける。
そこでは手を振るエレンたちの姿が目に入った。
二人に手を振りかえした後、こちらに近付いてきた馬車の存在に気付く。
「あっちに仲間がいるのである。とりあえず話は合流してからでよいな?」
エレンとセラが待っている岩陰を指し示すと、返事を待たずに馬を走らせる。
商人の馬車はソルに黙って着いてきた。これならば次の町まで乗せてもらえそうだ。




