勇者と仲間と彼女たちの行く先
「次の行く先はお決まりですか?」
魔術師のセラがゆるりと問いかけた。
その言葉を受けて勇者エレンは困った顔をする。
「うーん、次に行くトコかぁ。どこへ行けばいいんだろ?」
魔獣の森から帰還したばかりだが、そうのんびりもしていられない。
だがエレンには次に往くべき目的地がわからなかった。通常であれば『勇者を導く者』が存在するのだが、彼女にはそれがいない。
冒険者ならば依頼を求めて町から町へ、あるいは探索できるような迷宮がある地へ赴くことが多い。傭兵ならば戦場を求めてきな臭い地方へと足を運んだりもする。
「ソルはどこへ行けばいいと思う?」
急に話を振られた格闘家ソルは腕組みをしたまましばし思案する。
彼はにやりと不敵に笑みを作り、自信満々に言い放った。
「うむ。わからん!」
ソルはあいかわらずだ。
その清々しいまでの返答に、エレンはずっこけて転びそうになった。
ソルは構わずに指を二本立てて明言する。
「『目的地』はわからんが、『目標』ははっきりとしているであろう。
さまざまな経験を積んで『強くなること』と、どこかで『仲間を作ること』。この二つである」
【勇者】のやるべき最終目標は『悪しき魔王を倒すこと』だ。ソルが言った二つの目標は、そのために必要なことである。
エレンは魔獣の森でひと回り強くなった。だがそれでもまだ力不足だ。
ソルとセラ。頼もしい二人の仲間ができたが、それでもまだぜんぜん足りない。
エレン自身がもっともっと強くなり、さらに多くの仲間たちとともに挑まなければ、あの恐ろしく強い【魔人王】を倒すことはできないだろう。
「……ひとつ、提案があります」
静かに佇んでいたセラが、思い悩んでいた二人の注目を集める。フードを目深に被ってしまっているため、彼女がどういう表情をしているかわからない。
「魔獣王どのだけでなく、【魔王】の称号を持つほかの方々にお会いしてみてはいかがでしょうか?」
セラの提案は意外なものだった。
「えっ? ほかの魔王?」
エレンも一度は説明を受けたのだが、すっかり失念していたことである。
【魔王】は、この世界に複数体存在している。
人にとって『魔王 = 魔人王』という構図はかなり根強いもので、魔人王以外の魔王の存在は忘れがちになる。実際、人間たちに多大な影響を与えているのが、魔人王軍だけということもあるが。
セラは当惑する二人にじっくりと補足説明をする。
「……ほかの【魔王】に会いに行くことは、決して容易くありません。とても困難なものです。
しかしそれが厳しい旅路であるからこそ、己を鍛えることにもっとも適しているとも言えましょう。
……ほかの【魔王】が、魔獣王どののように好意的であるとも限りません。
しかし彼らの試練を超えた時、あなたの中の【勇者】という存在はひと回り大きくなっているはずでございましょう。
……そもそも、ほかの【魔王】に会うための旅は長く過酷なものとなりましょう。ですが仲間との出会いも必然的に多くなります。そして長旅をともに乗り越えた仲間とは強い絆で結ばれるはずです。
……さらには、一時的とはいえ、魔獣王どののように仲間になってくださる【魔王】が現れるやもしれません。恐ろしく強い【魔人王】と戦う時、彼の者は実に頼もしい存在となりましょう」
セラは自分の主張を丁寧に説明していく。
彼女の示した道は『いばらの道』だが、考えうる道筋の中では『最短距離』であることは間違いない。そもそも確実に安全な道などありはしないのだ。
ハイリスク・ハイリターン。
そしてソルとセラの二人だけでも、危険性は最小限に抑えられるという自負があった。もしソルレオンが万全を期するために反対しても論破するだけの自信もあった。
「ううむ。なるほど……」
当のソルは反対しなかった。
しかしはっきりと賛成したわけでもない。やはり最終的な決定は勇者であるエレンに任せるつもりなのだろう。
彼はやるべきことを最初から決めている。「勇者自身が強くなり、頼もしい仲間を得る。それまでしっかりと守る」、それだけだ。
自然と二人の視線が勇者エレンへと注がれた。
彼女なりに懸命に考えているのだろう、その真剣な表情からはいつもの揺らぎが消え去っている。
やがて顔を上げたエレンははっきりと言った。
「――――行こう。次の【魔王】のもとへ」
ソルはゆっくりと頷く。
彼女の言葉から確かな覚悟を感じたようだ。ソルはそれを否定するような男ではない。
セラはにこりと微笑んだ。
思惑通りにいったため、とりあえず満足しているようにも見える。なによりこれで、笑顔の奥に秘め隠したある計画が始められる。
三者三様の思惑が交錯し、勇者の旅が再び始まった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『始まりの町』を出発して、次の町へ向かう道中でのことだ。
エレンに戦闘経験を積ませるため、野性の魔獣などと戦いながらの旅路である。
整備された街道を少し離れただけでも接敵する可能性はぐっと上がる……はずだった。
しかし魔獣の森で猛威を振るった『魔王の気配』は健在。エンカウント率は異様に低く、一行は安全な道程のまま本日の野営に移った。
見付けた場所は廃屋だ。
もとは狩人の休憩所かなにかの作業小屋だったのか、街道から外れたところにぽつんと佇んでいた。外壁こそほとんど崩れているものの、ちゃんとした屋根があるだけで安心感があった。
おもむろに枯れ枝をへし折って焚き火にくべる。
じりじりと静かに燃える火勢は、もやもやしたソルの今の心境を表しているようだ。
「ま、まぁ今日はまだ初日だし、きっと少しずつ敵も増えていくはずだよぉ」
エレンが気を使って明るい声を出す。だが実は内心、危険が少なかったことを良く思っていた。
しかし一方でハラハラドキドキ、スリル満点のアドベンチャーを求めていたソルがあからさまにがっかりしていたので、素直に喜べなかったのだ。
「そ、そういえばっ! セラは魔王たちの居場所なんてよく知ってたねっ? すごいねっ!」
「はい。お師匠さまに教えていただきました」
大人しく座っていたセラが答えた。
「お師匠さま」とは魔婆のことだ。魔婆の存在はそれほど有名ではないが、その呼び名を使うのはなるべく避けたい。セラにとっては本物の「お師匠さま」なのでウソは言ってないが。
魔婆はソルレオンよりも長く生きているため、こういった情報を多く持っている。ちなみに魔獣王の居場所をソルたちに教えたのも彼女だった。
「わたしが知っている魔王は、三体。【魔獣王】と【魔海王】、そして【魔竜王】です。
――――ああ、失礼。【魔人王】さまの居場所も知っていますので、四体ですわね」
「なるほどぉ。じゃあクアールちゃんの次は、どの魔王のところに行くの?」
セラは目を瞑ったまま、エレンと顔を合わせた。
「次なる魔王は、【魔海王】ですわ」
海獣や怪魚が数多く棲息する『東の果ての魔海』の支配者。大陸の最果てにあたるこの海域の覇者であり、誰もその本気を見たことがないという謎の多い魔王である。
「ほほう。魔海王とはどのような漢であるのか、ぜひとも会ってみたいところであるな」
「わたしも魔海王がどのようなお方か、存じませんので気になりますわ」
「『森』の次は『海』かぁ……ボク、海は初めてだから、ちょっと楽しみだよぉ」
次なる目的地は『東の果ての魔海』。
そこへ辿り着くためには、まだいくつもの村や町を経由する。仲間集めも同時進行するならば、ちょうどいいのかもしれない。
待ち受ける冒険と出会い、それに対する期待や不安、思い描く理想などを語らいながら、三人は同じ焚き火を囲む。
こうして初日の夜は更けていく。




