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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
とある再会編(幕間)
33/72

勇者と魔法使いと魔王との再会

 魔法使いは返事を待つ。


 その口元には笑みを張りつけてはいるが、目深に被ったフードがそれが本当の笑顔なのかどうかをすっぽりと隠してしまっている。


「――――いかがでしょうか? わたしを魔王さまのところへ、連れて行ってはいただけませんか?」

『…………』


 イヌガミは魔法使いを睨みつけたまま動かない。

 いや、わずかに感じているなにか(・・・)を確認するために集中している。敏感な嗅覚で彼女から感じるなにか(・・・)を必死に嗅ぎ分けようとしていた。

 やがて威嚇の唸り声をやめたイヌガミは話しかける。


『なるほど。お前も私と同じく【眷属】だったのだな?』

「――――はい。末席の身ではありますが、あの御方の【眷属】でございます」


 魔法使いは優雅に頭を下げた。

 その従順たる姿を見ても、イヌガミはまだ警戒までは解いていない。


「――――必要とあらばお手合わせ願いますが……どうなさいますか、使いのお方?」

『…………いいや、やめておこう』


 そこでようやく警戒を解く。


『その身に纏った魔力の片鱗、それすら感じられないほど私の鼻は曲がってはいない』


 イヌガミが嗅覚を通して感じたのは『非常に濃い魔力』と『魔人王の気配』だ。前者はともかく、後者にいたってはつい先刻、本体から強烈なものをくらって怯え竦んだばかりだ。魂にまで刻まれた彼の者の気配はもう忘れようがない。

 イヌガミは散歩により癒された心の古傷を抉られた気分になった。みっともなく泣き喚いたりはしないが、重く沈痛な心持ちが動きを悪くしてしまう。



「イヌガミちゃん、だいじょうぶ?」


 イヌガミの首筋にあたたかい手が触れた。

 やさしい言葉は勇者エレンのものだ。彼女は会話を邪魔しないように黙っていたが、イヌガミの怯えた様子につい我慢ができなかったらしい。


「あの人は『敵じゃない』ってことだよね? 魔王――――つまり【魔獣王 クアール】の、けんぞく? 仲間、なのかな? 要するにクアールちゃんに会わせてほしいってことでしょ?」

『それはちが…………ああ、いや……そうだな』


 イヌガミは言いよどんだ。

 エレンは思い違いをしている。しかし【魔人王】から「内緒にしてほしい」と頼まれているため、このままにしておいたほうがいい。そう判断した。

 エレンから見ても【魔王】が複数存在すると教えられても、まさかその魔王が二体も同じ場所にいるとは思わないだろう。

 しかも今、イヌガミたちの目の前にいる【魔女】。彼女ももしかすると魔王級の強さを――――



「――――あら、残念です。気付きませんでしたか……」



 魔法使いはぽつりと漏らす。

 人の耳では遠すぎたが、イヌガミには聞こえてしまった。まさか、わざと、だったのか?

 イヌガミはまた警戒態勢を一段階上げる。

 せめて世界樹までの道程を隠す必要があるように感じたのだ。


『……新しい客人には申し訳ないが、世界樹に辿り着くまで目隠しをさせてもらう』

「――――あらあら、そのくらいでしたらもちろん、承知の上ですわ。それにわたしは道には疎いものですから、見えていてもあまり変わりませんし」


 人によっては無礼に感じるイヌガミの対処だが、魔法使いはクスクスと笑っただけだ。


『エレン、彼女に目隠しをしてくれ』

「うん。わかった」


 当然、魔獣の脚では目隠しなどできない。エレンはイヌガミの代わりに懐から布を取り出した。

 エレンが近付くにつれ、魔法使いが華奢で小柄だということがよくわかった。それほど背が高いわけではないエレンよりさらに頭半個分ほど低い。


「えっとぉ、じゃあ失礼します」

「はい。お願いしますわ」


 魔法使いは自らフードを外す。

 その顔を見て、エレンは驚く。声から察するに「若い女性」だとは思っていたが、魔法使いの見た目はさらに若い「少女」だ。自分と同い年か、それよりも下か。

 魔法使いは静かに眠っているかのように目を閉じていた。そのやわらかな黒髪と穏やかな寝顔は女性らしさに溢れ、思わずやさしく抱き締めたくなってくる。

 魔法使いの体や黒髪からはわずかに香草や薬草の匂いが香ってきた。その色香にも似た香りは同性のエレンも惑わせる。


「……どうかなさいましたか?」

「あ、ううん。ゴメン」


 魔法使いに目隠しをする。なんだか少しだけ、うす汚れた布きれで彼女の顔を覆うことにためらいを感じた。


「どう? 痛くない?」

「はい。このままで大丈夫ですわ」


 魔法使いの態度はどこまでも穏やかだ。言葉づかいも丁寧で、気品すら感じられる。


 エレンは自分自身の姿を確認した。魔獣の森での修行や遺跡での探索を経て、だいぶ逞しくなっている。が、それはあくまで冒険者としてだ。

 長い金髪は手入れもロクにせず、どこかくすんだ色をしていた。毛先もところどころ荒れている。

 顔付きは、一度痩せこけてしまったからか、女性的な丸みはなくなってしまった。むしろ冒険者の恰好もあいまって少年らしさが強調されてしまっている。

 体臭は……正直、確認したくない。獣と同じ環境で暮らしていたのだから、どういう臭いが着くのかは想像に難くない。いや、水浴びにはよく行っていたのだが。


「…………はぁ」

『どうしたエレン?』


 つまりはエレンも「女の子」だったということだ。

 残念ながらオスの魔獣であるイヌガミにはわからなかったようだが。



 イヌガミは二人を背に乗せた。

 魔法使いが前方に跨る。エレンが彼女の後ろから抱き締めて、念のため逃げられないようにする形だ。


『それでは帰路を急ぐとしよう』


 イヌガミは森を駆けた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 エレンたちは、世界樹の根元で降ろされた。


 目隠しをとった魔法使いは、巨大な世界樹を見上げて少し驚いただけだった。


「これが世界樹ですか。さすがに大きいですね」

「……えっ、感想はそれだけぇ?」


 魔法使いの反応の薄さに、むしろエレンがびっくりしたくらいだ。


「そんなことよりも、魔王さまはこの奥にいらっしゃるのでしょうか?」

「『そんなことより』って、あんまりだよぅ……」


 魔法使いには『巨大』というロマンがわからないようだ。

 それでも普段なら理解くらいは示してくれるだろうが、とにかく今は【魔王】に会うことが彼女にとってもっとも大事なことなのだ。



 魔獣王は『寝床』にいた。

 魔獣王クアールはいつも寝転がっている場所ではなく、見覚えのない『布の塊』の頂上にちょこんと乗っかっていた。お腹だけで体を支えているらしく、四本足を自由にぷらぷらさせている。


『ニャんだ? またヘンな客が来たのかニャ?』


 クアールは見慣れないローブを着た魔法使いを見咎めた。その両脇にイヌガミとエレンがいるため、少なくともいきなり襲ってくる敵でないことはわかる。

 そのクアールの真下で布の塊が身動ぎした。


『ニャっ!? 急に、動くっ、ニャあぁぁぁ――――』


「――――セラ!? なぜセラがここにいるのだっ!?」


 布の塊の正体は、ソル(仮)である。

 驚愕のあまりに勢いよく立ち上がったため、頭の上にいたクアールが振り落されてころころと転がっていった。



「――――っ。あ、あぁっ――――」



 魔法使いは感嘆のあまり涙ぐんでいた。

 手のひらで口元を隠すが嗚咽が漏れる。

 うれしさで感極まり、今にも泣きだしそうな笑顔である。

 顔は見えていない。

 だがその声で、その息づかいで、その気配だけで、十分にわかった。



『エレン、少しいいかな?』

「うん、わかってるよイヌガミちゃん。さすがにボクも邪魔しないよ」


 空気を読んだ勇者と魔獣はその場を離れる。

 エレンは入口から出る直前、「セラ」と呼ばれた魔法使いの顔を見た。それは思わず応援したくなる横顔だった。



 セラは真っ直ぐにソルレオンのもとへ駆け寄った。

 そのまま身を投げ出すようにソルレオンに抱き着く。

 強く、強く抱き着く。

 その感触は分厚い布ごしであったが、そんなことはもはや関係ない。

 セラのうれし涙は布地に吸い込まれていく。



「――――お逢いしとうございました。ソルレオンさま」



「――――うむ、久しいな。我も会いたかったぞ、セラフィムよ」



 ソルレオンは腕を伸ばし、セラの頭を撫でる。

 その感触は、今までとなにも変わりがなかった。




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