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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
とある再会編(幕間)
32/72

勇者と散歩と怪しい影

 魔獣の森を一人で歩く。


 人の気配がない深緑の大森林は、そこに立ち入った者を試すかのように険しく非情だ。

 集団でこそ真価を発揮する『人間』という種族も、その森の中にあってはただの一個の命でしかない。個人が持つ生き抜くための力が試されているとしか思えない。

 人間社会におけるものよりもさらに生々しく過酷になった『弱肉強食』の掟は、森の中にいるすべての命に適応されている。強くあれば生き延びることができ、弱くあればすぐに死ぬという単純明快なルールだ。



「ボクは今、どのくらい強くなったんだろう?」


 勇者エレンは疑問をそっと口にした。その横顔には不安の影が差す。


 彼女が無謀にも魔王城に初挑戦し、始まりの町に流れ着いた頃は「冒険者の最底辺」といってもいいくらいひどい実力であった。冒険初心者が苦もなく通過する魔獣の森・前半部でさえ突破できなかった。

 だが「格闘家 ソル」と名乗る赤毛の大男と出会い、すべてが変わった。

 厳しく過密な時間であったが、わずかひと月ほどで「少しは強くなった」と実感できるまでに至ったのは、じっくり訓練してくれたソルの師事のおかげだろう。

 しかしエレンの想像する理想の【勇者】にはまだ遠い。


【魔獣の森】【魔獣の森・最深部】を無事に抜け、【世界樹の地下遺跡】というダンジョンを突破できたのは、エレンの実力というよりも頼もしい仲間たちのおかげだ。

 謎は多いがとても強いソルはもちろん、奇縁により途中から仲間になった【魔獣王 クアール】の存在も大きい。

 小柄なネコのような見た目に反し、魔獣の森における彼の影響力は絶大なものだった。「魔獣王の客人」というだけで森の中で迷うことはなくなり、配下の魔獣に襲われる可能性もなくなる。普通の探索よりもずっと安全なものになるのだ。場合によっては動物たちから食糧さえも分けてもらえる。


 少し強くなったとはいえエレンだけだったら、どうなっていたかわからない。

 現在、エレンが一人で魔獣の森を歩いても無事でいられるのは、まぎれもなく【魔獣王の威光】のおかげであろう。

 もっとも彼女は今「一人」であるが、「独りぼっち」ではない。



『また考え事か、エレン? あまり根を詰めても答えは出ない。たまには悩みを忘れて気晴らしをした方がいい』


 巨大な体躯を誇る白いイヌが、理性的な眼差しとともにエレンに語りかける。

【魔獣王の使い イヌガミ】は、とても獣とは思えないほど賢い。考え方や戦い方はとても合理的で、たやすく人語を操る(しかもエレンが知らないような言い回しを使いこなす)。

 強く、賢く、経験も豊富なのだろう、今回のように的確なアドバイスもできる。


『だから、もっと。もっとペースを上げて、いっぱい歩き回ろうじゃないか』


 そんなイヌガミも、けっきょくは自分の本能に従うタイプだった。

 長い尻尾をぶんぶんと風車のように回しながら、期待を込めたつぶらな瞳でエレンを見つめる。

 大きな口から舌を伸ばし、ハッハッハッと荒い息を吐く。冷静そうに見えるが、どうやら興奮を抑えきれないようだ。


『……不思議なものだな。首輪を着けられ、縄でつながれることで、こんなにも気分が高揚するなんて! さあ早く行こう。今度はあっちにも行ってみよう』


 エレンの手元につながる縄を口にくわえてかるく引っ張ってくる。しかし決して強引ではない。歩きやすい道を選んでいることといい、イヌガミの行動はどこまでも紳士的だ。


「うん。そうだね」


 イヌガミの態度に励まされたのか、いつの間にか不安な気持ちが消えていた。

 そんなエレンの心情の変化を察知したように、イヌガミは一度だけ短く吠えた。



「ボクがこのまま行けるところまで、とりあえず行ってみよっかぁ」


 エレンたちは足取りかるく、散歩を再開した。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 エレンたちがその異変に気付いたのは帰り道であった。


 いつもよりも遠出の散歩をしたイヌガミは、エレンを背に乗せて帰りを急いでいた。

 そんな時、魔獣の森をひた走るイヌガミが突然停止して、鋭い視線をそちらに向けた。

 イヌガミはどこか遠くを注視しているようだが実際は目ではなく、ピンと立てた両耳でなにかを聴いている。


「イヌガミちゃん、どうしたの?」


 イヌガミはなかなか答えない。それほど集中しているのだ。

 そこでようやくエレンも異変を察知する。イヌガミの邪魔をしないように息を潜めた。


『…………何者かが、真っ直ぐこちらへ近付いてきている』

「何者かって、もしかして人?」

『わからない。だが魔獣の気配ではない』


 イヌガミがこれほど警戒しているのは、その者が『突然、最深部に現れ』さらに『真っ直ぐこちらに近付いている』からだろう。

 正体不明の者はまるでこちらの居場所を感知しているかのような動きだ。狩人の熟練した追跡術とも思えるが、それにしては相手方が気配を消す様子がない。

 イヌガミたちの魔力を感知する魔法使いかもしれない。しかしただの魔法使いが魔獣の森の最深部まで辿り着けるはずがない。強敵の可能性が出てくる。


『相手の目的が不明だが、とにかく世界樹へ帰ることはできなくなった』


 不審な者を『魔獣王の寝床』へ案内することはできない。むしろイヌガミは【魔獣王の使い】として侵入者を撃退しなくてはならない。


「クアールちゃんの方は大丈夫なの?」

『我が主君の方は問題ない。あの方たちは世界樹の加護に守られている』


 強大な【魔王の気配】すらも覆い隠してしまうくらい、世界樹はさらに巨大な気配を放っている。その圧倒的な存在感による加護の範囲は【最深部】の半分以上もあった。その加護の範囲内に入ったとしても、濃密な気配により世界樹本体の場所まで辿り着けないと言われていた。

 世界樹のもとへ辿り着くためには、必ず案内人が必要となる。


『ゆえに私たちは世界樹のところへ帰るわけにはいかない』


 エレンたちが世界樹の加護の外側まで遠出したのが運の尽きであった。一度はっきりと捕捉されてしまえば、加護の中に逃げ込んだとしても跡をつけられると考えた方がいいだろう。

 ならば世界樹の加護の外側で侵入者を撃退するしかない。


「……ボクも手伝うよ」

『すまないが、エレンはここで待っていてくれないか? これは私が果たすべき役目だ』

「でも……」

『すぐに終わればこの私が迎えにこよう。時間が掛かりそうな場合は「試練」が始まってから、私に意識を向けさせた隙を見て配下の魔獣に案内させよう』


 イヌガミは淡々と話す。やるべきことが明確だからだ。

 エレンはせめて応援しようと口を開こうとした、その時――――



「――――――――もし?」



 エレンとイヌガミはその場から飛び退いた。

 即座に武器を構え、声のした方向へ意識と警戒を向けるが、木陰が作り出す闇だけがそこにあった。

 だがイヌガミは敵意と鋭牙をむき出しにして魔力声を放つ。


『何者か? ここが魔獣王の縄張りと知ってのことか?』


 返事はない。

 だが動きはあった。

 静寂(しじま)の暗がりから、黒い人影が突如として現れる。

 エレンは目を疑った。暗闇のほかになにもない場所から現れたのだ。

 人影は完全には明るみに出てこない。

 それでもねじくれた杖と黒いローブから、人影が魔法使いであることはわかった。

 魔法使いもこちらを警戒しているのか、その場で話しかけてきた。


「――――そちらは魔獣王の使いの方とお見受けします」


 意外にも、その不気味な魔法使いの言葉は穏やかなものだった。未だに顔は見えないが、その声から女性だとわかる。


『いかにも。私は【魔獣王の使い】だ』


「――――そして、そちらの方は【勇者】、ですね?」


「ど、どうして、それを……?」


 エレンは驚く。

 その反応から確信を得たのか、魔法使いは明確な答えを求めなかった。

 しかし一瞬だけ威圧感が膨れ上がったように見え、その恐怖からエレンは思わずたじろいだ。

 魔法使いはそんなエレンの姿から威嚇をするイヌガミに顔を向ける。


「――――使いの方、わたしを世界樹のもとへ案内していただけませんか?」


 丁寧であるが、有無を言わさぬ固い声音だ。

 イヌガミは気圧(けお)されないよう魔力の声を大にする。


『試練を突破していない者を案内するわけにはいかない! いったいなにが目的だ!?』

「――――目的、ですか?」


 魔法使いは問いかけに対して、静かに答える。



「――――魔王さま(・・・・)に、逢わせていただくため。そのためだけに、参りました」


 魔女が、艶然と微笑んだ。



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