勇者と仲間と地下遺跡・3
「ふむ。スケさんと最後に会ったのは、いつぶりであろうか」
『わしもあんまり覚えとらんの。ずっと遺跡の中にいると時の流れがようわからんのじゃ』
スケさんはカタカタと顎の骨を鳴らしながら愉快に笑った。ソルもまたつられて苦笑する。
顔や表情が無くても案外わかるものなのだと、勇者エレンは意外な発見をした。
目の前に立ったエレンに気付いたスケさんはからっぽの眼窩で見る。
『そこの娘さんはなかなかやりおるの。まさかこの隠し部屋が見つかるとは思っておらなんだ』
「あの……ごめんなさい……」
『若いのがいつまでもクヨクヨしなさるな。それにわしらならば、もうとっくの昔に死んでおるから気にすることはないんじゃよ』
隠し部屋にいたスケルトンたちは全員がスケさんの部下であった。
彼らは仕事前の打ち合わせで集合していたらしく、まったく油断していたようで、奇襲によりあっさりと全滅してしまったのはそのためだ。完全にエレンたちが不意打ちした形だ。
「この石も、お返しします」
エレンは手に入れた『賢者の石』を差し出す。先ほど倒したスケルトンから奪ったものだ。
だがスケさんは受け取らなかった。
『それはもう娘さんのものじゃよ。配置する前じゃったが、その石はきっとあんた方が手に入れる運命だったんじゃろうて』
ごく稀に珍しいアイテムや貴重品を落とす魔物たちがいる。それは魔物が倒される前に偶然持っていたものであるため、同じ種族の魔物がまた落とす確率は極めて低い。そして魔物たちがその珍しいアイテムを持っている理由は、今回のスケルトンたちのように『運搬する仕事』をしている魔物であることがほとんどだった。
スケさんは運命論者であるため、アイテムが配置される前に探索者や勇者がそれを手に入れることになっても「それも運命だ」と割り切っている。というかそもそも「あげるためのアイテム」なのだ。
『それに、わざわざ部下たちを直してもらったしのう。ありがたや、ありがたや』
倒されたスケルトンたちは全員が元通りに修復された状態で横たわっている。あとは目覚めるのを待つだけだった。
放っておいてもアンデッド族であるスケルトンはいずれ復活する。だが少しでも早く復活するようにとエレンが賢者の石を使ったのだ。スケさんはそのことに驚き感謝した。
『……わしらはもはや魔物と成り果ててしまった身じゃ。じゃがまさかもう一度、生者であった頃と同じように扱ってもらえるとはのう』
スケさんは自らの手を見る。赤黒く、化石となった手の骨はもはや人のものではない。
『おぬしは、わしが怖くないのか?』
スケさんが問いかける。骸骨の眼窩が青く光る。
エレンは迷ったように口をつぐんで、やがて少しずつ語り出した。
「ホント言うと……すこし怖かったです。
でもクアールちゃんやイヌガミちゃんがそうだったように、相手が魔獣や魔物でも話してみたら分かりあえるかもって、そう思ったんです。
実際にこうやって話してみたら、スケさんも見た目が怖いだけで良い人だってわかりました。だから、もう平気です!」
エレンは笑いかける。
『……おぬしも変わっておる娘だのう』
「フハハ、エレンは【勇者】であるからな。常人とは違うのだよ、常人とは!」
一番おかしな存在であるソルが哄笑する。
『そういえばソル坊の友だちじゃったのう。変わっておるのも不思議でない』
「……なんだかとっても不本意な納得のされ方なんですけどぉ」
「うむ。そんなことよりスケさん、ちょっと――――」
エレンの嘆きは捨て置かれ、ソルはスケさんと一緒にその場を離れる。
『どうしたんじゃ? わざわざこんな端っこで』
「いやなに、実は――――」
ソルが経緯を簡単に説明する。もちろん正体を隠していることも含めてだ。
『――――ソル坊はまたようわからんことをしとるのう。それでなんじゃい?』
「うむ。どこぞに設置してもらおうと以前に頼んでいたあの品物、まだ持っているのか聞きたいのである」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「スケさん」こと【化石のスケルトン】は、生前は凄腕の探索者であった。
彼は世界中のダンジョンに潜り、ありとあらゆる秘宝を手に入れた伝説の探索者だった。彼の座右の銘は「迷宮に生き、迷宮に死す」である。その言葉通り、彼はダンジョンの中で最後を迎えた。
そして業の深い遺骸は『魔物化』しやすい。その例に漏れず、彼はスケルトンとして復活した。
スケルトンとなった彼は「ダンジョンマスター」と呼ばれていた頃の実力を残したままであった。そして彼は普通のスケルトンとは比べ物にならないほどダンジョン内に留まり続け、その魔力を吸収し続けた結果が遺骨の『化石化』である。特殊な見た目はその影響だ。
スケルトンの別名は「ダンジョンのなんでも屋」だ。倒された魔物や探索者たちを片付けることや、遺跡内の仕掛けを元に戻すことも仕事にしている。そのダンジョンを「元の状態に戻す」ためのことが彼らの仕事だ。
そして普通のスケルトンよりさらに上位の「スケさん」には、もうひとつ別な仕事があった。
それは「ダンジョン内のアイテム・レアアイテムの配置」である。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それは【錆びた剣】の封印を解くための重要なアイテムだ。剣の封印は重複されているため、完全な力を解放するには三つのアイテムが必要となる。
魔人王ソルレオンは【錆びた剣】を用意すると同時に、その封印を解放するアイテムも用意して各地に設置させようとしていたのだ。
その仕事を頼まれた一体がスケさんである。
『まだ持っておるぞ。これじゃろう?』
スケさんが取り出したのは瓶詰にされた砂粒だ。【星の砂】と呼ばれているそのアイテムはきらきらと淡く輝いている。
「それである! そろそろ剣の封印を一段階だけ解いてもよい時期かと思ってな。それをこちらに渡してもらえぬか?」
『うーむ、しかしだのう……』
スケさんは思い悩む。
一度は責任を持って任されたレアアイテムである。彼の流儀で言えば「このアイテムを配置するためのもっとふさわしい場所」があるはずなのだ。残念ながら『世界樹の地下遺跡』ではない。
ソルは根気よく説得する。
「そこをなんとか曲げてはもらえぬだろうか? 我らには【星の砂】が必要なのだ」
『わかった! ならばあの娘に選ばせようかのう。それが運命ならば、わしも素直に渡そう』
スケさんがそう提案する。ソルも文句はなかった。
「フハハ、よしよし。勇者エレンならばきっと選んでくれるのだ」
満足そうなソルはエレンを、【勇者】を信じ切っていた。彼女なら【星の砂】を選んでくれると。
スケさんがエレンたちのところへ戻ると、さっそく話を切り出した。
『ここで会ったのもなにかの縁じゃ。どれ、なにか良いモノでもあげようかのう』
そう言っておもむろにいくつかのアイテムを並べる。唐草模様の大きな風呂敷はスケさんの道具袋だ。
並べられたレアアイテムは様々なものだ。特殊な魔法を封じ込めたものや持っているだけで能力が向上するもの、ただ単に珍しいだけというものもある。
「わぁ、どれもこれもすごくきれい。スケさん、本当にいいの?」
『好きなものを選ぶとええ。どれか一つだけじゃぞ』
エレンの目は輝いている。まるでお祭りの露店をのぞく子供のような表情だ。
スケさんは自慢の品を順番に説明していく。
『これは食べると生命力がみなぎるという木の実じゃ。
こっちは体が羽根のように軽くなるという髪飾り。
この宝石は南の火山付近で採れた珍しいものじゃな……』
「おおっ! エレンよ、この瓶の中身だが――――」
「――――スケさん、この鈴はなぁに?」
ソルが小賢しい誘導を試みるが、あえなく失敗。
エレンは木の実よりも小さい、ほそく編んだ紐に結わわれた丸い鈴を手に取った。
『それは【解呪の聖鈴】じゃな。その鈴を身に着けておるだけですべての呪いは退き、その美しい音色はいかなる呪いも解除してしまうという……』
それを聞いたエレンは表情を変えた。
「これ、ください」
「ちょっ!? まっ、エレン!?」
焦ったソルが声を上げるも、そっちのけで話は進む。
『本当にそれでええのか? その鈴は効果こそあるが、それほど珍しいものではないぞい?』
「はい。この鈴で、お願いします」
いちおう念押しはしたが、エレンの決意は固い。
エレンは【解呪の聖鈴】を手に入れた。
「ま、待つのだ! エレンよ、こっちの【星の砂】は――――」
『もうあきらめるんじゃな、ソル坊。今回はそういう運命なんじゃよ』
スケさんの達観したセリフに、ソルはもう手遅れなのだと愕然とした。
運命。運命。ああ、運命っ!
肩を落としたソルは、ようやくあることを思い出した。
「そういえば今までで、我の思惑通りになったことって…………一度もなかったのだ……」
それが【魔人王ソルレオン】の悲しき運命なのかもしれない。




