勇者と仲間と地下遺跡・2
魔獣王クアールは自らの十倍はある大きさの魔獣に無造作に近付いた。
巨大なイノシシ型の魔獣はガタガタと震えながらも下がろうとしない。それどころか一歩たりとも動かず、血走らせた目を見開いたままクアールの顔をじっと睨みつけていた。
まるで睨みつけることで敵を殺そうとするような、あるいはもはやそれしか行動が残されていないかのような、そんな窮地に立たされた絶望的な視線である。
クアールの小さな顔が、イノシシ魔獣の大きな顔に触れた。
シャベルのような上向きにとがった口吻に押し付けられたクアールの鼻先。それはほんのかるい挨拶のような行動に見える。
イノシシ魔獣がびくりと体を硬直させた。
ゆっくりと倒れる魔獣からは、すでに命が消え去っていた。
命の残滓さえも失った魔獣の亡骸にもう興味はない。クアールは次の獲物を見据える。
彼らの周囲には同じようなイノシシ型の魔獣が何体もいた。だがおそらくさっき死んだ魔獣は群れのボスだったのだろう。残っているイノシシ魔獣たちの体はあまり大きくない。
絶叫にも似た鳴き声を出しながら、イノシシ魔獣の群れは逃げ出した。
恐慌状態で我先にと逃げ出し、狭い通路に押し寄せたために入り口で引っかかっている。
『逃がさニャい――――』
クアールは肩口から伸びた二本の触手を持ち上げた。その尖端が魔獣の群れを指し示す。
そして触手の尖端から、二筋の閃光が発射された。
閃光は真っ直ぐ群れを貫き、その直線状にいたすべての魔獣に当たる。クアールは触手をおもむろに動かし、さらにほかの魔獣たちにも閃光を当てていった。
そして閃光が止んだ時、部屋の中にいた魔獣の半分が地に伏し、もう半分が立ち尽くしたままの状態になった。
「……凄まじいな。それが『ブラスター』であるか?」
手近な魔獣を殴り倒したソルが目の前の惨状に驚き問いかけた。
地面に倒れ伏した魔獣は絶命していた。立ち尽くす魔獣もまったく動けない状態で、全身が麻痺して固まっている。
ブラスターが当たらなかったわずかな魔獣どもは慌てて逃走する。麻痺している魔獣もとっくに戦意を失っているため、見逃しても問題なさそうだ。
「ううむ、えげつない技である。あれでは即死を免れても、身動きが取れずにけっきょくはなぶり殺しではないか。しかも広範囲で、避けにくい……」
『運がよければ当たらんニャ。運がよければ』
クアールは壁際に流し目をくれる。そこには死屍累々の魔獣どもだけでなく、金髪ポニーテイルの女勇者が座り込んでいた。
勇者エレンは涙目のまま、ぜいぜいと肩で息をしている。乱闘のようになった部屋の中で十体近くの敵に追われて逃げ回っていたのだ。
「た、た、たすかったぁ~」
倒れ伏した魔獣の真ん中で、エレンは安堵の声を出した。彼女の周囲の魔獣はブラスターの即死・麻痺効果により全滅している。
装備している錆びた剣を杖代わりにしてよろよろと立ち上がる。あちこちボロボロになっているが大きな傷はないようで、心身共に疲労しているだけだろう。
『だから、ニャンであの娘は無事なのかニャ~』
クアールがうんざりとした態度になった。エレンを狙ったつもりはないが、あの乱戦なら間違ってブラスターの射線に当たってもおかしくない。
「ありがとう! クアールちゃん!」
むしろ天真爛漫な笑顔を向けてくるエレン。
そんな純真な彼女の態度に、クアールは顔を逸らすことしかできなかった。
『ふ、ふん。べつにお前を助けたわけじゃニャい。いつまでも逃げ回ってる姿が目障りだったからニャ』
そっぽを向くクアール。彼の長いしっぽがゆらゆらと揺れていた。
ソルが近付いて手を貸す。エレンの腕をがっちりつかんで引き起こした。
「勇者エレンよ、多勢を相手にして無理しなかった点は褒めてやろう。勇気と無謀はまったく違うものであるからな。死んでしまっては元も子もない」
「……でも、やっぱり格好悪いよ。こんなんじゃ【勇者】なんてぜったいに名乗れない」
自虐的に笑うエレンを見て、ソルはにやりと笑んだ。
「なあに、よい目標ができたではないか。今度は魔獣の大群を前にしても逃げずに格好良く戦って、格好良く勝てばよいのだ! フハハハハハ!」
豪快に笑うソルは、エレンの背中に喝を入れた。平手で叩いたので大きな音がする。
衝撃に息を乱したエレンだが、ソルの荒々しい励まし方が、ただひたすらにうれしかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
無事にモンスターハウスを突破し、またしばらく通路を歩き続ける。
光苔では明るさが足りないのか、目の前ならばともかく通路の奥までは見通すことができない。
エレンは剣と盾をちゃんと構えて、しっかりと警戒しながら進んでいく。
時折その場に立ち止まって耳を澄ませて敵の気配を探る。ソルやクアールと比べるとまだまだ未熟のため、少しずつ気配の察知を学んでいく。
「……うん、近くに敵はいないみたい。このまま進むよ」
「む? なんであるかこの階段は!?」
『いやいや、もう行かニャいから。ソルが選ぶ道はぜったいに行かニャいから』
後ろの仲間たちは相変わらずである。その強さを持っていれば、当然のことなのかもしれないが。
ソルが見つけた脇道は無視して、そのまま直進する。
すると今度は道が左右の二手に分かれている場所に辿り着いた。
「もう真っ直ぐには行けないのかぁ。左か、右か。どうしよっか?」
「フハハ、せっかくだから我は――――」
『――――言わせニャいよ! ソルにはもう選ばせニャいから!』
けっきょく『幸運』がもっとも高いエレンが選ぶことになる。
「なんかこういう時って、ついつい『左』を選んじゃうんだよねぇ」
「うむ。そういえば『人は迷ったり未知の道を選ぶ時は、無意識に左を選択することが多い』という話を聞いたことがあるな…………はて? どこで聞いたのだったか」
左の道を進むことに決定した。
『おい、待つニャ。それってつまり「右に行った方が安全」ってことじゃニャいか?』
一足遅く、一番後ろのクアールが気付く。
だが時すでに遅し。
左の道を進んですぐに、壁に触れたエレンがなにかのスイッチを押した。
重い音と共に鉄製の壁が動き、隠し部屋が現れた。
それはただの隠し部屋ではなく、中には魔物が大勢ひしめいていた。
【スケルトン】の集団である。
「……ああ、思い出したのである。あれはダンジョンで罠を仕掛ける時に、セラが嬉々として教えてくれた豆知識であったな」
誰にも聞こえなかったソルの小さな呟きは、本当に今さらな内容だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
勇者一行は見事に五体ほど出現したスケルトンを倒した。
敵がアンデッド族であったため、先刻の戦いでは猛威を振るったクアールの即死攻撃がほとんど効かなかったが、それはあまり勝敗に影響しなかった。
しかし連戦であったためかエレンが消耗してついには動けなくなってしまう。やむなくバラバラになったスケルトンの残骸と同じ部屋で休憩することになった。
「ふむ、なにやら見覚えがあるような……」
ソルが再びぼやいた。倒したスケルトンの一部を手に取ってじっくりと眺める。
「ちょっとソル、あんまり手荒に扱っちゃダメだよぉ」
【スケルトン】はダンジョン内部などで死んだ探索者たちの亡骸である。彼らの無念とダンジョン内の魔力により再び動き出した魔物で、生前とは逆にダンジョンを守っている存在だ。
つまりスケルトンは、もともと人間だったのだ。現在は探索中なので手厚く弔うことはできないが、それでも粗末に扱うことはエレンにはできなかった。
『おいお前ら、これはお宝じゃニャいか!?』
クアールが声を上げた。彼もまた暇つぶしにスケルトンたちを調べていたのだ。
小さな石を口にくわえてトコトコと二人のいる場所にやってくる。
クアールが持ってきたその美しい真紅の石を鑑定してみる。
「ふーむ。これはもしや【賢者の石】ではないか?」
「えっ!? 賢者の石って、あの【賢者の石】っ!?」
【賢者の石】とは膨大な魔力が込められた稀少なアイテムである。古き賢者がその生涯をかけて癒しの魔法を封じ込めたとされ、その魔力を使えば傷を癒すどころか、欠損した部位すら再生できるという治癒の輝石だ。
「この石は砕かれた一部であるが、賢者の石であることはまず間違いあるまい。すごい代物であるな」
「いや~びっくりだよぉ。さすがは隠し部屋に隠されていただけのモノなんだねぇ」
ほんの欠片であっても、大都で屋敷が買えるくらいの値段が付くほどのレアアイテムだ。
『いやお前ら、その石はあのスケルトンから出てきたモノだニャ』
「なに?」
「え?」
一瞬聞き間違いかと思ったが、クアールは嘘をついているようにも見えない。
だがにわかには信じられない。
【賢者の石】はただのスケルトンが落とすような貴重品ではないのだ。
「まさかっ!?」
ソルはなにか思い至ったのか、突然立ち上がるとバラバラになったスケルトンたちの方へ向かった。
今度は本体のホネではなく、スケルトンたちが身に着けていた装備品を調べる。
そしてソルは探していた紋章を見つけた。
「やはりな……そうであったか……」
「なになにっ、どうしたのソル!」
『一人だけ納得するニャ。説明するニャ~』
ソルが口を開こうとした矢先、隠し部屋の外から足音が響いてきた。
コツコツと、硬いホネが床に当たる音だ。カシャカシャというホネと装備がぶつかる音や、ホネ同士が擦れる音まではっきりと聞こえてくる。
『――――おぬしら、準備はできたかいの?』
そして一体のスケルトンが部屋に入ってきた。
使い古された山刀と鋼鉄の丸盾を握る姿は、さっき倒したスケルトンと同じような装備だ。
だがスケルトン本体の色が違う。禍々しい赤黒い色に染まったホネは通常の魔物とは一線を画す。
骨格が太く、背丈も大きいためかほかのスケルトンよりもはるかに威圧感があった。
『なんじゃこれは? 一体なにがあったんじゃ?』
仲間をバラバラにされたことに気付いた赤黒いスケルトンは部屋中をぐるりと見回す。滑稽な様子で頭骨がくるりと一回転した。
エレンたちは当然見つかった。隠れる暇さえなかった。
『おぬしらがやったのか?』
エレンと目が合う。赤黒いスケルトンの眼窩の奥に青い光が灯った。
「あわわ、どうしよう……」
怯んで動けないエレン。
クアールも警戒して動かないでいる。
だがソルは恐れることなく、スケルトンの前に立ちふさがった。
赤黒いスケルトンと真正面から対峙して、にやりと不敵に笑う。
『おおっ、まさかおぬしはソル坊か?』
「フハハ、ひさしぶりであるな。スケさん」
二人は知り合いだった。




