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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
おいでよ、魔獣の森編 (長編)
30/72

勇者と聖鈴と魔獣王の呪い

 ちりんと、その微かな鈴の音は細やかに澄み切っていた。


「……」


 瞳を閉じればわかる。

 その聖鈴からはいかなる悪意をも寄せ付けない神聖な白の音色が生まれている。その音がどれだけ小さくても強大な邪悪には決して屈することはない。


 ちりんと、もう一度鳴らす。


「……うん、きれい」


 勇者エレンはそっと目を開ける。

 心の闇が取り払われたような清々しい気分だ。自然とこぼれる微笑も慈愛に満ちている。

 隠し部屋の中の空気さえも浄化されているようだ。じっとりと淀んだ闇が溶けるように少しずつ薄れていく。



 そして隠し部屋の中は、阿鼻叫喚の地獄に包まれた。



『――――ぐああああああっ! 耳がっ、耳がーっ!』

『イタイ! イタイ! アタマが! 割れる!』

『ぐふぅ……ち、力が、抜け……る……』

『おとうさん、おかあさん。今そちらへ逝きます……』

『なんだお前ら、この程度でだらしねぇな――――アッー!!』


 復活したスケルトンたちが苦しみ、もがき始める。

 アンデッド族にはこういった神聖な道具が十分武器になりえるのだ。有名な話では、生者に対して強い回復効果がある魔法や薬などが、亡者に対しては昇天するほど大ダメージを与える攻撃に転じることすらあるくらい有効だ。

【解呪の聖鈴】も本来の使い方は「呪い避け」であるが、神聖な力自体が強力であるため、こういった音色に弱い「アンデッド避け」にも使えるのだ。


「あわあわっ、ご、ごめんなさいっ」


 スケルトンたちの様子に驚いて聖鈴を隠そうとするエレンだが、慌てているせいか間違って再び音色を鳴らしてしまう。

 スケルトンたちの声にならない魔力声が響き渡る。



『なんじゃあ、最近の若いのは根性がないのう。これくらいで騒ぎよって……』


 上位の魔物であるスケさんは流石の貫録で、聖鈴の力も受け付けない。実際に聖鈴の音色はアンデッドたちにダメージを与えるものではなく、軽く混乱させる程度のものらしい。


『ふん。まったく情けないニャ~。こんなの吾輩にはまったく効かないニャ』


 クアールにも効いている様子はない。ただいつもはピンと立っている両耳が、今はぺたんとたたまれていた。かわいい。

 さらにクアールの場合、常に纏っている状態の『死の呪い』があるからだろう、おそらく呪いと音色が相殺してクアールの肉体にほとんど影響を与えていなかった。


「フハハ、我もまったく効かないのだ! 我は今、人間であるからな!」


 ソルも平然と高笑いする。だがしかし聖鈴の音色が聞こえないように、その両耳はしっかりと指でふさがれていた。耐えられないほどではないが、妙にムズムズするのだ。


「……どうしたの、ソル?」

「うむ、ああ、いや……急に両方の耳穴が同時にかゆくなってしまってな。フハハ、ハハッ」


 エレンは不思議そうに小首をかしげたが、やがて大声で助けを求めているスケルトンたちの方へ行った。

 曖昧な誤魔化し方だったが、騒ぐスケルトンたちのおかげでなんとか逃れることができたソル。スケルトンたちには悪いが、完全にエレンの意識がそっちに向くまで、存分にもがき苦しんでもらいたい。


「む? なんだか今、とっても自分勝手で魔王っぽい邪悪な言葉であったような気がするのだ。ちょっと今のセリフを我の語録に追加せねば……」


 苦しむスケルトンたちと謝っているエレンをよそ目に、ソルは羊皮紙とペンを引っ張り出した。




 ようやく場が落ち着いた頃、クアールが口を開いた。


『……それで、その鈴はどうするんだニャ? 話しを聞けば、その鈴は別に役立たずではニャいが、今すぐ必要というわけでもニャいんだろう?』


「ううん。今! すぐに! 必要だったんだよ!」


 エレンが力強く言い切る。


『そ、そうかニャ……』

「そ、そうであるか……」


 気圧されて思わず一歩下がるクアールとソル。こんなに力強い瞳のエレンは初めてかもしれない。



「この聖鈴を使って、クアールちゃんの【呪い】を解くんだ!」



『……ニャ?』

「……は?」


 エレンの力強い宣言に、今度は思わず固まるクアールとソル。


「だからぁ……この解呪の聖鈴をクアールちゃんに装備させれば、きっと強力な【死の呪い】でも解くことができると思うんだぁ。スケさん、大丈夫なんでしょ?」


 エレンの質問に、スケさんは少し慎重に考えてから答える。


『……おそらく完全には消せないじゃろうな』


 聖鈴の効果は絶大で、ありとあらゆるレアアイテムを見てきたスケさんのお墨付きだ。しかしそれほどの聖なる力を持ってしても、クアールの呪いは完全に解けることはないと判断した。


『……しかし魔獣王に直接装備させれば、【死の呪い】を一時的に無効化はできるやもしれんのう。う~む、「解呪」というより「封印」に近いのかもしれぬ』


 スケさんのその言葉に、エレンの表情は一気に明るくなった。一筋の希望を見つけた顔だ。


「ほらっ、聞いた? クアールちゃんの呪いも封印できるかもって」


 期待に胸ふくらませたエレンはニコニコと笑う。器用にも鈴の紐を伸ばして首輪のように作り変えた。

 それに対してクアールはがっかりとした様子で身を横たえ、頭を前脚の上に乗せる。すでに興味を失って不貞寝でもする格好だ。


「あ、あれぇ? 喜んでくれないの?」


 クアールは触れられることを極端に嫌っている。それは彼に「触れること」で発動する【死の呪い】のせいだ。

 これまでの言動からも、クアール自身が【死の呪い】を忌々しく思っていることは感じられた。周囲だけでなく彼自身も等しく苦しめている。それゆえに【呪い】と呼ばれているのだ。


 エレンはいつしかそのことに気付き、なんとかしてあげたいとずっと思っていた。

 そんな時、偶然にも【解呪の聖鈴】というアイテムが手に入った。クアールの呪いをなんとかしてあげられるのだ。そのお礼といってはなんだが、少しなでなでしても……。

 しかしそのことを伝えても、クアールは喜んではくれない。


 理解できずに混乱するだけのエレンを見て、クアールはため息をついた。

 そして言った。


触れれば(・・・・)死んでしまう呪いを封じるために、いったいどこの誰が吾輩に触れて(・・・)まで、その鈴をつけてくれるのかニャ?』


「あっ……」


 エレンが言葉を失う。

 つまりは、そういうことだ。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



【死と呪いの魔獣王 クアール】


 彼が最初に奪った命は、同じ胎内にいた兄弟・姉妹だったそうだ。

 そして次に奪ったのは、母親の命。

 三番目は父親だったかもしれないが、よくわからない。

 すべて【死の呪い】のせいだ。


「クアール」が名前を持っていないのは、生まれてすぐに家族を全滅させてしまったからだ。

「クアール」がひときわ小さいのは、育ててくれる同族のクアールたちを全滅させてしまったからだ。

 すべて【死の呪い】のせいだ。


 奇跡的にもイヌガミと出会わなければ、おそらくどこかで餓死していただろう。

 賢いイヌガミは彼に直接触れず、機械人形を使ってクアールを助けた。


 ほどなくしてクアールは【魔王】となった。彼自身の意思とは無関係にも、その【死の呪い】は強大であり続け、魔獣王の恐るべき力の一端を担っている。

 ほどなくしてクアールは【死の呪い】を受け入れ、その力と引き換えに多くのものを諦めた。


 すべては【死の呪い】のせいである。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 残酷な現実に気付いたエレンを見つめながら、クアールはまたため息をつく。


『吾輩の【死の呪い】は本当に強力だニャ。不用意に吾輩を撫でたあの時のようには、絶対にニャらないだろう。今度こそ、確実に、その命を奪うだろうニャ』


 クアールは冷たく突き放す。

 だがエレンはまだ諦めない。


「で、でも……そうだ! スケさんに頼むのはどう? アンデッド族なら死んじゃうことだってないんじゃない!?」


 スケさんは残念そうに首を横に振った。


『……わしらでもダメじゃろうな。聞いた限りでは、魔獣王の呪いは「肉体の死」ではなく「魂の死」をもたらす方じゃ。生者ほどではなくとも、わしらアンデッドも十分に殺せるじゃろう』

「じゃあ、じゃあ……もう一個、解呪の聖鈴を用意するっていうのは? 一個はボクが装備すれば、もう一個をクアールちゃんに着けることだって……」

『それも難しいじゃろうて。似た効果のものはたくさんあるが、【死の呪い】に対抗できそうなものはほかにない。あの聖鈴ほどの代物は簡単には手に入らぬよ』


 必死に考えるエレンの代案はことごとく否定される。


『……もういい。もう、なにも期待させるんじゃニャい』


 クアールが静かに言う。


「待ってよ、クアールちゃん。まだ――――」

『――――黙れ、人間』


 エレンの言葉を遮って、クアールが静かに言う。今度は抑え込んでいた怒気をむき出しにしていた。


 エレンはもうなにも言わなかった。今にも泣きだしそうな顔をしている。

 そして泣き顔を見せたくないのか、やがて立ち上がって隠し部屋の外へ出ていった。彼女が座っていた場所には手荷物と一緒に【解呪の聖鈴】が置いたままだ。



 それまで黙っていたソルも立ち上がった。


「スケさん、エレンを頼めるであろうか? いやいや、エレンが隠し部屋に(・・・・・)入ってこないように(・・・・・・・・・)見張ってほしいのだ」


 スケさんはソルの頼みを聞いて、部下たちとともにエレンのところへ行った。

 隠し部屋にはソルとクアールが二人きりである。


『……ニャんだよ? ニャんか文句でもあるのか? ケンカなら買ってやるニャ。ぶっ殺されてもかまわニャいのならニャア』


 クアールが八つ当たりのように安い挑発してくる。

 ソルは黙ったまま、クアールの真正面でしゃがんだ。

 お互いに目を逸らさず、睨み合う。


『いったいニャんのつもりで――――――ブ、ニャあっっ!?』


 クアールの首根っこを思いっきり掴んだ。

 がっちりと掴まれたクアールは逃げられない。

 だが触れられたせいで【死の呪い】は確実に発動する。


『はニャせっ! 放すんだニャあぁぁ!!』


 必死に暴れても無駄だった。

 思わずかるく爪を立ててひっかくも効果はない。

 というか、ソルが死ぬ気配が、まったくない。


『ニャんでっ!? ニャんでお前も死なないんだニャっ!?』


 エレンの時とはまた違った感覚に、驚愕を隠せないクアール。

 そんなクアールを片腕でぶら下げながら、ソルはにやりと不敵に笑った。



「この我が――この【魔人王】が、即死攻撃ごときで死ぬわけがなかろう!!


 というか【魔王】が即死攻撃で死んだら、いろいろとダメであろうがっ!!」



 ソルは解呪の聖鈴をもう一方の手のひらで弄ぶ。


「まぁ、どこかの【かみ】とやらはたった一撃でバラバラにされてしまうそうだが、あいにく我は【魔王】である。【死の呪い】など当然まったく効きはせぬわ。大人しく首輪を着けるのだ。さあ覚悟するがいい、フハハハハハッ!」



【魔獣王 クアール】の抵抗は、もはや意味をなさなかった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 エレンが隠し部屋に戻ってきた時、すべては終わっていた。


「見よ、エレン。

 クアールのやつめ、がんばってみたら自力で(・・・)この首輪を着けることに成功したのである。

 さすがは【魔獣王】だと褒めてやりたいところであるわ、フハハハハ」


 ソルは堂々とウソをつくが、クアールは否定しない。


「どうやら先ほどは強く言い過ぎた、とクアールも気に病んだようである。

 エレンが出ていってからほどなく首輪の着け方を教えろと訪ねてきてな、いや、驚きであった」


 スケさんも察しているのか、なにも言わない。


「始めは手間取っていたが、この我が応援したらあっという間であった。

 がんばれがんばれ! やればできるぜったいできる! やる気の問題だ!!

 とまあ、そういう感じでだな――――」


『――――うるさいニャあ』


 クアールがそっぽを向く。しかし不機嫌ではなく、どこか恥ずかしげだ。

 首に着けられた聖鈴がちりんと鳴った。


「クアールちゃんは」


 エレンが口を開く。


「クアールちゃんは、首輪なんて着けられて、イヤじゃない?」

『……別に、いやじゃニャい』

「クアールちゃんは、聖鈴を着けるだなんて、迷惑じゃない?」

『……別に、迷惑じゃニャい』


「そっかぁ、よかったぁ」


 エレンは満足そうに、笑った。


「クアールちゃんを、撫でてもいい?」

『……』


 クアールはなにも言わずに、目をつむって頭を下げた。

 エレンはゆっくりと手を伸ばす。

 頭の毛先に触れる瞬間、クアールが身をこわばらせる。


「……だいじょうぶ」


 エレンの手のひらがクアールに触れた。


「ほら、だいじょうぶ」


 クアールの頭をやさしく撫でる。

 ゆっくりと感触を楽しむように撫でる。

 クアールも自ら求めるように頭を押し付ける。



『そっか……触ってもらえるって、こんなにもあったかいんだニャァ』



 気持ち良さそうなクアール。

 いつしかのどをゴロゴロと鳴らすようになっていた。



 魔獣の森編、終了です。

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