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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
おいでよ、魔獣の森編 (長編)
24/72

魔女と番人と封火の塔

 曇天の空。

 憂鬱な気持ちで空を見上げると、いつもこうだ。


 虹の魔女セラフィムはぼんやりと外を眺めた。

 その高い塔の上層は天空により近い場所だ。まだ雨の降らないような曇りの日ならば景色は遠くまで見渡せるし、空気もきれいに澄み渡っている。

 魔竜が棲む険しい山脈はいつ眺めても雄大な茶褐色で、海魔が潜む海原も青々と深くて美しい。そして魔獣が多く闊歩する大森林は緑に息づく生命に溢れていた。

 そんな絵画を切り取ったような美しい風景もセラの心には響かない。


「はぁ……」


 セラはそっと吐息をつく。悩ましく眉根を寄せて頬杖をつく仕草も緩慢だ。

 流れるような黒髪と眠り姫のような(まなこ)。ゆったりとした黒のローブとねじくれた杖がなければ、彼女が魔性の者であることはわからないだろう。

 窓際まで椅子を持ってきてひっそりと座る姿は、高い塔に閉じ込められた可憐な少女そのものだ。物語のお姫さまが迎えに来る王子さまを待つ情景に似ていた。

 そっと指先を小さな唇にそえて、あの方(・・・)の名を呼ぶ。


「ソルレオンさま……」



 魔王ソルレオンが置き手紙を残して姿を消した。あの日からもうひと月が経とうとしていた。



 突然の魔王の家出に一時騒然となった城内だったが、デュラハンたち古参の幹部が即座に陣頭指揮に立ち、混乱は最小限に抑えられた。

 もとより魔王が積極的に関わっている部分が少なかったため、魔人王の領地の維持・運営への影響はまったくないと言っていい。

【魔王】という旗頭がいなくなった穴は、【六魔将】が一時的に埋める形になった。特に魔人王の右腕である悪魔騎士デュラハンの有能な指揮官ぶりには誰もが感服したことだろう。


 誰よりも魔人王と長い付き合いがあるデュラハンはこう語った。


「魔王サマニハ、ナニカオ考エガアルノダロウ……我々ハアノ方ノ留守ヲ守ルダケダ」


『魔王代理』となったデュラハンとゴズメズ門番コンビの奮闘により、あれから誰一人として謁見の間に辿り着けた勇者はいない。それどころかデュラハンが気合いを入れ過ぎて、魔人王の領地にさえ近付くことが困難になるほど警備を強化していた。

 人間側には未だ『魔王不在』という事実さえ知られていないだろう。それどころか人間たちは「魔物たちが凶暴化し始めた、なにか悪しきことが起きる前兆」と捉えて恐怖していた。

 魔王ソルレオンが知らないところで、「ついに魔人王が世界征服のため動き出すのでは……!?」という噂が流れ始めたのは、この頃からだ。


 その実、魔人王の軍勢は一部を除いて、いつもとなんら変わりなかった。


 魔王の家出によりもっとも影響を受けた一人が、魔女のセラだろう。家出の直後にいたっては動揺のあまり泣き出してしまったほどだ。

 彼女は普段平気そうに振る舞うが、時折とても悲しそうな表情で遠くを見つめるようになった。魔力による感知が出来なくなったにもかかわらず、大陸のどこかにいるはずの魔人王を必死で探しているようにも見える。


「ふぅ……」


 ぼんやりとすることが多くなったセラを気遣ったのか、デュラハンが彼女に命じた仕事は『建設中の塔の指揮・監督』だった。

 建設する場所が僻地にあるため、景観が良くて食べ物も美味い。それらが少しでも彼女の気晴らしになればよかったのだが、未だにセラの心が晴れることはなかった。


「ソルレオンさま……」


 もう一度だけ呟いてみる。

 この小さな言霊が届かないことは知っているけれど、それでも名を呼び続けてしまう。



 扉を叩く音がした。



 セラは驚き、期待を込めて扉を開いた。


「よう、セラの嬢ちゃん。元気だったか?」


 そこに立っていたのはイフリートだった。


「……悪いな、魔王のダンナじゃなくて。また連れて帰れなかったぜ」


 肩を落としたセラを見て、イフリートが寂しげな笑顔を作った。


「あ、ご、ごめんなさい。イフリートどののせいじゃないのに……」

「いいって、気にするなよ。俺とダンナはちょっと似てるからなー」


 イフリートは自分の髪をつまんだ。魔人王と同じ赤い炎髪、さらに同じ人型であるため、ソルレオンとイフリートは兄弟に見えないこともない。


「ところで、この塔が完成したって聞いて来たんだが」

「はい、先日ついに完成しました」


 セラたちが今いる塔のことだ。

 魔王が家出するずっと前から進められていた計画で、この建物も魔王ソルレオンの思い付きである。


【封じられし火焔魔の塔】

 強力な火属性を持つ魔人王ソルレオン、その強大な力の一部を封印できる巨塔。塔の最上階にいる【炎の召喚獣】を倒すことにより、魔人王を弱体化することができる。


「――――というのが、建前(・・)ってわけだ」

「ええ、そうなります」


【封火の塔】の本来の役割は「魔人王の魔力を常に消費し続けること」だ。つまり塔そのものが魔王弱体化のギミックであり、召喚獣を倒さなくてもその役割を果たし続けることになる。

 イフリートは『魔力の中継役』だ。【召喚主】と【召喚獣】という関係から、イフリートはソルレオンの魔力を常に消費し続けている。ただ存在するだけなら微々たるものだが、魔法を使う時は魔王からさらに魔力をもらうことになっていて、封火の塔はその消費を加速させる巨大な魔法具だ。


「あれ? じゃあ俺って倒されちゃダメじゃないか?」

「いいえ、倒されたふり(・・・・・・)をするという手もあります。おそらく戦って負けた後、勝者に証しとして【ソルブレード】を差し上げるのではないのでしょうか」


 最上階には意味深な『剣が刺さる場所』が作られている。設計図には魔王ソルレオンの直筆で書かれており、おそらく間違いないだろう。


「剣のことはともかく『倒されたふり』か。ダンナも回りくどいこと考えたな」

「……いいえ、それでもイフリートどのがいなくなることよりも、はるかに良い案だと思います」


 セラが真剣な表情でそう言い切った。

 慕っている魔王が弱体化することはいやだが、家族が死ぬことはもっといやだと思っている。今のセラにとっては魔王とその仲間たちが『家族』なのだ。


「そう、だな……」


 イフリートはそれ以上の言葉に詰まった。

 自分の身を案じてくれたことは素直にうれしいが、セラの今の態度はやはりいつもと違っているように感じた。どこか心の平衡を失っているようにも思える。



「――――ぃよーう、おふたりさん。なによ? しんみりしちゃってさー」



 突然現れた二体目の客だ。

 彼は外からやってきた。窓の外(・・・)からだ。


「そんな驚くことねーじゃんよ。ほれ、オレっち、【鳥人】じゃん?」


 そこにいたのは【六魔将】の一角、風魔鳥人ガルーダだ。

 窓枠に足をかけて部屋の中に入ってきた。大きな翼は丁寧にたたむと驚くほど邪魔にならない。


「ガルーダどの! いったいどうされたんです?」


 来訪予定がなかったはずのガルーダの姿に驚きを隠せないセラが声を大きくする。


「というか、窓から入ってくるなよ。いちおう女性の部屋なんだぞ」


 やんわりと注意するイフリートだが、実は内心ほっとしていた。ガルーダの来訪は良い意味で現状の空気をかき回して変えてくれる。


「オレっちの要件は――――これよ」


 ガルーダが取り出したものは『変化の秘薬』だ。


「魔王さまが持って行った分の『秘薬』がもーそろそろなくなんじゃねーの? ってことでさ、もうしょうがねーからオレっちがひとっ飛びして送り届けてやろうって――――」

「――――ヒマだったんですね?」

「――――ヒマだったんだな?」

「ちっ、ちげーーし! たまたま手が空いてただけだし!!」


 セラとイフリートの無慈悲なツッコミにもめげることなく、ガルーダは言葉を続ける。


「とにかくイフリート、魔王さまの居場所教えろや!」


 その質問にセラも反応する。彼女も居場所が知りたいはずだ。

 だがイフリートは少し迷う。あれから何度か召喚されているため居場所はわかっているが、ソルレオンから直々に口止めされているのだ。

 ガルーダはそれを見越して挑発するように口を開く。


「早く教えた方がいーぜ。じゃねーと『秘薬』がなくなって、人間どものいるど真ん中で正体を現すことになっちまうだろーよ」


 ガルーダも馬鹿ではない。魔王がなぜ人間に化けて行動しているのかはわからないが、大人しく潜伏しているのにはなにか理由があると思い至っている。そしてそのためには『変化の秘薬』が必要なことも。


「……『秘薬』を俺に渡せ。次に召喚された時に俺が届けてやる」

「おいおいおいおい、オレっちの仕事とるなよ。それにおめーは封火の塔を動かすのが先だろーよ」


 ガルーダはセラの方を向いた。


「でよ、セラっちはなんか魔王さまに伝えたいことある? なんなら一緒に行くかー?」

「…………え?」

「だーかーらー、オレっちがー、セラっちを魔王さまのところへ運んでやるってコト」


 セラは惚けたような表情だ。決断まで少しだけ時間を与える。


「おいガルーダ!」

「召喚じゃあ人間や魔族は一緒に連れていけねーだろ? だから、任しとけって」


 イフリートも少し考える。だが彼の答えはけっこうすぐに出た。

 イフリートとガルーダは正面から向かい合った。二人の目には決意の火が灯っていた。


「……『魔獣の森』だ」

「『魔獣の森』な。おーし、聞いたとおりだ。そんで、セラっちはどうする?」


「わたしは――――」


 二体の魔族はセラの答えを待った。



「わたしを、一緒に連れて行ってください。


 ――――わたしは、魔王さまに逢いたい(・・・・)



 二体の魔族は望んだ答えを聞いて、拳と拳をごつんと打ち合せた。




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