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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
おいでよ、魔獣の森編 (長編)
22/72

魔王と勇者と炎の料理人・再び

 静かな夜が更けていく。


 闇夜をつんざくような叫び声は消え失せ、風の鳴る音や虫の鳴き声が取って代わった。獣たちの遠吠えが時折聞こえてくる。

 世界樹はそこに在り続けているだけだ。

 世界樹の庇護の下には多くの魔獣たちが集まってくる。【魔獣王】を始めとし、そこに寝床を構える魔獣が少なくないためだ。


 さらにその場所に『珍しい客』がいるともなれば、より多くの魔獣たちが姿を現すのも必然といえる。


 世界樹の洞からほど近い広場には今、多くの魔獣が集結していた。

 正確な数はわからない。だが暗闇に浮かぶたくさんの眼光や荒い息遣いが、彼らの気配を知らせてくる。

 広場ではごく小さな篝火を焚いているものの、本能的に火を怖れる魔獣もいるために位置はいくらか離れている。そのため暗夜に弱い人の視力では周囲の様子がよくわからないままだった。


 もっとも、凶暴な獣たちに囲まれてもまるで意に介さぬ客人たちなので関係ないが……。


「うきゃ~~っ! ねぇソルあれ見て、すっごくカワイイよぉ! なんて動物かなぁ? ワンニャン天国パラダイスかと思ったら、ほかの小動物もいっぱいいるし……、小さくなくても、そっちのおっきなモコモコのクマっぽい子も愛嬌があってカワイイよ。カワイイよぉ!」


 特に勇者エレンはすごい(ひどい)有り様だった。

 意外なほど動物が大好きだったのか、イヌガミが懐いてからというもののずっとはしゃぎ続けている姿しか見ていない気がする。

 彼女は今、横たわっているイヌガミに身を預けている。まるで上質な毛皮を張ったソファーに腰掛けているようだが、実はイヌガミに拘束されているようなものであった。


『……勇者エレン、もう少し落ち着いてもらえないだろうか。周りの者たちが怯えてしまう』

「うんうん、そうだね。みんなゴメンねぇ」


 立ち上がろうとするエレンをイヌガミは大きな鼻先で押し戻す。白い毛並を撫でるエレンはにこにこしながら生返事を返した。

 イヌガミのその我が身を差し出すような献身により、この場の平穏は守られていた。

 野性の動物たちは大抵が臆病なもので、よほど空腹でもない限り自ら襲いかかることは珍しい。特に得体の知れない「なんかうるさいヤツ」など、好んで近付きたいと考える者たちはまずいなかった。


『おい! その娘を吾輩に近付けるんじゃニャいぞ! 絶対だぞ! 絶対に近付けるニャよ!』


 魔獣王クアールもエレンを警戒していた。

 しばし前まで、抱き着き、頬ずり、熱い吐息、甘い言葉などなど……をこれでもかというほど受けていた彼だ。男性ならば一度は夢みる『美少女との逢瀬』だが、あいにく魔獣である彼には拷問に近いものだったらしい。

 客人に振る舞うエモノを仕留めてきたイヌガミが帰ってきて、ようやく解放されたクアールはそこからずっとエレンから逃げ回っているのだ。

 王者らしく身を隠すことなどしないが、視界には必ずエレンを入れて警戒し、その一挙手一投足すべてにビクビクと反応していた。かわいい。


 その様子を見ながら赤毛の大男ソルもまたいたずらっぽい表情を作る。


「その言い方だとむしろやってほしい(・・・・・・)ように聞こえるのである。なんだか面白そうなのだ。よしエレンよ、やってみるのだ、フハハハハハ」

『ニャ!? ふざけるニャ! 貴様それでも人間かーっ!』

「――えっ? クアールちゃんを撫でていいの!?」

『すまないが私の毛皮で我慢してもらえないだろうか? あと魔獣王をいじめるのはそのくらいにしてほしい』



 とても『魔王との邂逅』とは思えない和やかな風景だ。

 そこへ新たな珍客が現れる。


「……楽しそうでなによりだな、ソルのダンナ」


 そこには大きな鍋を持つ【炎の番人 イフリート】がいた。

 なんだか一度見たことのある光景だ。だが再び召喚された彼の表情は不機嫌そうに見える。

 イヌガミの感触に夢中になっているエレンに聞こえないくらい抑えた声で、イフリートはソルにそっと語りかけた。


「……あのな、ダンナ。いくら俺が【召喚獣】だからって、雑用なんかで何度も召喚するなよ。こっちにも【六魔将】として、【炎の番人】としてのプライドってもんがあるんだぜ!」


「うむ。それはすまなかった…………で、今回のメニューはなんであるか?」


「おう、今回は【手ごねハンバーグ】と【野菜ごろごろカレー】、それと【特製魚介スープ】だぜっ!」


 イフリートはすっかりプロフェッショナルの料理人になっていた。たとえ不満があっても、きっちりと仕事はこなす本物のプロだ。

 態度が一変し、嬉々として自信作の説明を始める。


【手ごねハンバーグ】

 イヌガミが獲ってきた鹿肉で作られたハンバーグ。持ち込んだ野菜類と香辛料、荒い挽肉を使って食べ応えのあるものに仕上げ、『炎の料理人』と呼ばれるイフリートが絶妙な火加減で焼き上げた一品。ジュワ~っと溢れてくる熱い肉汁に注意しよう。


「実は獲れたての獣肉は固いだけであまり旨くないんだぜ。しっかりと熟成させなきゃ柔らかくならないんだが、まぁ、煮込んだり挽肉にするなら別だ」


 たとえばこの肉をステーキで食べるには、三日くらいは熟成させるのに必要らしい。

 そんなどこで手に入れたかわからない知識を披露しながら、イフリートはてきぱきと手際よく料理を配っていく。

 木製の深い食器に大きなハンバーグを入れて、ソルとエレンの器にはさらに上からカレースープをたっぷりとかける。これで【ハンバーグカレー】の完成だ。


「うわぁ、いい匂い……なんていう料理なの?」

「なんだお嬢ちゃん、【カレー】を知らないのか?」


【野菜ごろごろカレー】

 ソル・エレン両名の健康面に気を使って野菜中心のレシピが組まれているカレースープ。イフリート秘伝の技により、短時間の煮込みでもスプーンで簡単に切れるくらい野菜が柔らかくなっている。

 イフリート特製のスパイスミックスをふんだんに使って作られているが、彼自身はまだ香辛料の組み合わせに納得いっていない未完成の品である。


 ハンバーグや丸ごと入っている野菜を、スプーンでざくざくと切りながら口に運ぶ。

 ピリリとしたカレーの風味がまず広がり、咀嚼するごとに肉や野菜の甘みが口の中を満たしていく。

 食べている間も鼻腔をくすぐるのはやはりカレーの匂いだ。強く残るにもかかわらず不快ではないその香りに誘われてひと口、またひと口と手を動かす。


「ん~~っ! おいしい!」

「うむ、さすがである。実にうまい」


 短い賛辞は食べることに夢中な証拠だ。

 美味しい料理はみんなを笑顔にする。



『おい、ニャンで吾輩たちにはその【カレー】とやらをかけニャいんだ?』


 不満を言ったのはカレーをおあずけされているクアールたちだ。

 彼らには材料を少し変えたハンバーグだけでなく、熟成の必要のない新鮮さが一番のリーヴァーステーキなどを与えてある。


『上手に焼いた肝臓もなかなかうまいな。だが私も【カレー】とやらをぜひとも味わってみたい』


 だが残念なことに、カレーの具材に使われているタマネギはイヌやネコには有害なもので、食べさせてはいけないのだった。


「悪いが食わせるわけにはいかないんだ。あんたらにはこのスパイスも少し刺激が強いだろうしな。その代わりといっちゃあなんだけど……」


【特製魚介スープ】

 海の幸をぜいたくに使った特製のスープ。カツオや昆布から丁寧にダシを取っているため、少量の塩分でも十分なほどの旨味が凝縮してある。ダシガラはそのまま細かくほぐして具にもなっている。

 さらに透き通るようなスープの具にはあの光るキノコ(実は食べられる)。このキノコには味がほとんどないため、せめて食感と彩りにと使ったのだがこれが大当たり。見栄えがとてもよい『輝く魚介スープ』に変身した。


「森の中じゃあ珍しい海の幸だぜ。獲ってきてもらった鹿肉のお返しだとでも思ってくれ」


 ちょうどいいタイミングで白米が炊けたようだ。

 土鍋の蓋を開けると、いい匂いの湯気が立ち上る。

 蒸らしたご飯はつやつやに輝いている。


「おおっ、ついに炊けたのだな。イフリートよ、さっそく我にご飯をよそうのだ」

「なになに? 今度はお米とカレーを合わせるの?」

「うむ。この組み合わせは【カレーライス】といってだな、某国では老若男女が好むという――――」


 ソルとエレンは【カレーライス】を、


「この魚介スープとご飯を組み合わせると【ねこまんま】という料理になるんだぜ」

『なんと! これが料理なのか……肉しか食べたことのない私たちが知らない食べ物か』

『う、うまそうだニャ……っ! これが海の幸ニャのか……っ!? 初めて食うニャ……っっっ!!』


 クアールとイヌガミは【ねこまんま】を、それぞれ食べる。




 ――――――う、うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっっっっっ!!




 静かな夜に、叫び声がまた木霊した。



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