魔王と勇者と魔獣の王
『――――よくぞ、吾輩の試練を超えた』
その『声』は世界樹の奥から発せられた。
世界樹の洞は広く、とても暗い。松明のような火を使った照明が持ち込めないので当然ともいえるが、代わりに明かりとして使われているのが外にも自生していた『光苔』だ。
『――――さあ、吾輩のもとへ来るがいい』
魔力に反応した光苔が次々にその仄かな光源を強めていく。
やがてぼんやりとした緑色の光が周囲を照らしだすと、世界樹の内部が迷路のようになっていることに気付く。ところどころに人が通れぬように壁や岩が配置されているのだ。
だが今は迷わぬようにと光苔が道順を照らし続けている。勇者エレンと自称・格闘家ソルはそれに沿って奥へ奥へと進んでいく。
「な、なんだか緊張してきちゃったよ。このまま進んでだいじょうぶかな?」
エレンは剣を構え直した。とっさに斬りかかることはないだろうが、ずっと警戒している。迎えられているとはいえ、相手は【魔獣王】だ。当然のことだろう。
一方でソルは無警戒だ。それどころか……、
「ううむ、ただの樹木の内部、ただの獣の巣だと侮っておったが……。
なんということであろう! おそらく古代の遺跡が巨大に成長した世界樹に飲み込まれたのだろうな。ところどころにその面影が残っている。とても自然に完成したとは思えぬ幻想的な天然の城よ。
見よ! あそこの壁面を。光苔が古代文字を浮かび上がらせているようだ。なんとすばらしい。これほど冒険心を刺激して探索したくなるダンジョンはそうそうお目にかかれぬ。
……欲しい。ウチにもぜひ欲しいのだ」
周囲を見回しては唸り、感嘆の声を上げては「欲しい」だの「持ち帰りたい」だのを連呼する。
まぶしいくらいにきらきらとした純粋な表情は少年のようだった。
「エレン、エレン! あそこではキノコが光っているぞ! なんだかわからんがすごいのである!」
「……ああ、うん。そ、だね」
はしゃぐソルを見ているうちにエレンの肩からは力が抜ける。なぜだかはわからないが、彼を見ていると大抵のことはなんとかなる気がしてくるのだ。
「そうである! この光苔やキノコをビンに詰めてやれば、きっといい土産物になるのではないか?」
たしかに暗闇でぼんやりとやさしく光る苔なんかは、夜のベッドの枕元にでも飾ればいい夢が見れそうだ。ゆっくりとくつろげる部屋の内装としても使えそうだ。
「――じゃなくて、勝手に持って帰っちゃダメだよ! もらっていいかどうか聞かないと」
「フハハ、よいではないか。ちょっとくらいよいではないか」
そんな話をしながらどんどん進むと、一番奥まった場所に辿り着いた。要は行き止まりである。
その場所はがらんとしている部屋のようだ。ある程度は広いようだが、某【魔人王】の謁見の間とは比べるまでもない普通の広さだ。
その部屋の真ん中には円形のベッドのようなものが見受けられる。というかそれしかないようで、周囲の照明代わりの光苔やキノコを除けば、本当になにもない部屋のようだ。
だがそこが彼の寝床であり、『玉座』でもある場所だ。
『人間どもよ、よく来たニャ』
ベッドからむくりと身を起こしたのは、小さなクロネコだ。
広大な森林地帯を支配し、巨大な世界樹に棲み、イヌガミのような巨大な魔獣たちを従えているとはとても思えない。
具体的にはエレンが両手で楽々と抱えられる程度の大きさだろうか。それほど普通の大きさのクロネコだった。
黒く短い毛並は野性とは思えぬほどきれいに整えられている。まるで民家で飼われている普通のネコのようだ。
だが彼が、
『吾輩の名は【クアール】』
【死を呼ぶもの】【黒い破壊者(ブラック・デストロイヤー)】【ブラスター】等々……。知る人ぞ知る絶望をもたらす黒い獣。即死攻撃と全体麻痺攻撃を使う悪魔の獣。
『【死と呪いの魔獣王 クアール】だニャ』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
獣は夕刻、目を醒ます。
夜行性のネコ型魔獣は暗闇でも相手を捉えることができる。縦に長い瞳孔は大きく広がり、二人の人間をじっと見据えて観察した。
やがて二人に興味を示したように小さな鼻と自慢のヒゲをひくひくさせて二人の臭いを嗅ぎ、長いしっぽをゆらゆらさせる。
『先に言っておくが、吾輩はネコではない』
魔力の声と同じタイミングで、開いた口から「ニャン」という鳴き声がわずかに聞こえた。
くあっと大あくびをして前脚で顔を洗う。舌でぺろぺろと水気もつけてきれいにする。
そのまま四本足で立ち上がると背伸びをする。前脚をつっぱるように伸ばして身体をしならせた。
今度は後ろ脚で耳の裏側を掻く。目を細めて気持ちよさそうだ。
その姿はまさしく、
「うむ。完全にネコであるな」
『違う! ネコなどではニャい! 吾輩は誇り高き黒豹だニャ』
クアールが威嚇するように牙を剥き、黒い毛を逆立たせた。その肩から生えている長い触手も一緒に持ち上がる。【クアール族】の特徴である二本の触手だ。
【クアール族】は豹型の魔獣だ。その姿かたちは豹に似るが、器用な長い触手を持つとされる。だが最大の特徴はやはりその能力だろう。「死の呪い」と呼ばれるほど強力な即死攻撃と、広範囲の相手をすべて麻痺させるほど強力な特殊攻撃『ブラスター』を使う。
つまり彼はただのネコっぽい魔獣ではないということだ。
『あまりニャめたことを言うと、ぶち殺すぞ人間』
小柄な体格から凄まじい殺気を放つ様は、さすがは【魔獣の王】といえる。実際にクアールは貧弱な人間ごとき全力を出さずに軽いネコパンチ一発で殺せてしまうほどの実力を持ち合わせていた。
まだ警告とはいえ、その「死の宣告」にも等しいといえる恐ろしいセリフだが、ソルにはまったく通じなかった。
しかもあのエレンでさえも――――
「~~~~~~きゃ~~~~ぁぁぁぁああああっっっ!! か~~~~~~わい~~~~~~いぃぃぃぃいいいいっ!!」
『っ!? ニャんだ!? やめろ! やめるニャ~~~~っ!!』
エレンはクアールに向かって突っ込んでいった。
そのままベッドにダイブすると殺人毛玉に抱きついて頬ずりし始める。モフモフ天国、再びだ。
人とネコ。ただでさえ体格差があるためクアールは身動きが取れない。さらにエレンは潰れてしまわないくらいの、しかしがっちりと逃がさないくらい絶妙な力加減で彼を抱きしめていた。
クアールが苦し紛れにエレンをたしたしとネコパンチで叩き続ける。このままではエレンは死ぬ前に萌え死んでしまう。
『ニャんでっ!? ニャんで死なないっ!?』
「はう~、か~いい~よぉ……」
先程も記述したが、クアール最大の特徴は『即死攻撃』だ。必ずしも発動するわけではないが、高確率で相手を死に至らしめる。
彼に抱きつくだけでもどれだけ危険なことなのか、知っている者が見たら卒倒するような光景である。
だが勇者エレンはまだ死んでいない。これは愛がなせる奇跡なのだろうか。
「フハハ、さすがは【勇敢なる者】である。まったく死を恐れぬとはな、我も驚きである」
一人離れているソルは腕組みしながら傍観している。強力な「死の呪い」をかわし続けている勇者エレンに感心しているほどだ。
『おい! そこのお前。いいかげんこの娘を止めるニャ。いいかげん吾輩を助けるニャ~~っ!』
抱きしめられているクアールはソルに助けを求めた。
だがソルは笑っただけだった。
「別によいではないか。ちょっとくらいよいではないか、フハハハハ!」
『そんニャっ!? ニャ~~~~っっっ!!』
魔獣王クアールの悲痛な叫びと勇者エレンの幸福の叫びは、またしばらく続いた。
Q.なんで死なないの?
A.「愛」です。




