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ラスボスは終焉を選ぶ  作者: matelight
そうだ、旅に出よう編 (幕間)
12/72

魔王と勇者と炎の料理人

 魔王ソルレオンの怒りは凄まじいものであった。


 その火山の大噴火のような剣幕と怒声は関係のない周囲すべての人々をも振るえ上がらせた。

 その爆破炎上したかのような怒気を目の当たりにした誰も彼もが我先にと逃げ出す。逃げなかったのは恐怖のあまり足を竦ませ動けなくなった者たちだ。

 その怒りの鉄拳は八つ当たりされた堅牢な城壁に大穴を空けた。とても人間業とは思えない。


『始まりの町』に住まう人々は往々に道を譲った。


 見るからに激怒している赤毛の大男はボロボロの布きれを身に纏った哀れな浮浪者を担いでいた。

 縛られているわけでない。だが浮浪者はがっちりと首根っこを掴まれて抵抗もできずにいた。


 町の人たちはその浮浪者の運命を案じて祈りを捧げた。『せめて安らかに……そしてあの大男がこっちに来ませんように』と。


 赤毛の大男が真っ直ぐに向かった場所は川であった。

 始まりの町の中央には川が流れている。その川は町の人々の飲み水として使われる他、下流には洗濯場なども整備されていて、人々の生活に密接につながっている場所だ。


 赤毛の大男が浮浪者を担ぎ直した。構えから察するに――――


『――――川に放り込む気か!?』


 痩せているとはいえ、人一人を軽々と持ち上げる。

 大男は力任せに勢いよく浮浪者をぶん投げた。

 きれいな弧を描いて飛ぶ。

 くるくる、くるくると。

 大きな水柱と飛沫が舞う。

 浮浪者は水中に没した。

 泡がぽこぽこと湧き上がり、水面が汚れで濁っていく。


 ふと誰かが見ると、赤毛の大男はバランスを崩していた。

 勢い余ったうえ、濡れた足場で滑ったらしい。滑稽なほど腕を振り回して踏ん張ろうとしているが、


 ダメであった。


 転んだ大男はそのまま川に落ちた。

 浮浪者の時よりも大きな水柱が立ち上がる。


 ちょうど入れ違いにずぶ濡れの浮浪者が水面から顔を出した。

 ぜいぜいと息を切らせているが無事なようだ。

 大男はまだ上がってこない。



 その場に集まった人々全員が息を飲んで見守る。

 


 そして水面が静けさを取り戻した。

 大男はまだ上がってこない。



『――――まさかっ!?』



 そう、そのまさかだ。



【闇と炎の魔人王 ソルレオン】は、泳げない。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「いやはや、もう少しでとても恰好の悪い【終焉】を迎えるところであった。貴様のおかげで助かったのである。本当に、本当にありがとう」


 赤毛の大男ソルは素直に頭を下げた。


「あ、う、その……はい」


 浮浪者――もとい【勇敢なる者】もおずおずと頭を下げた。長い金の前髪から雫が落ちる。


 二人はまだ濡れたままだった。

 場所を城門の外へ移し、中央に篝火を囲んで暖を取る。衣服が乾くにはまだ時間が必要だ。

 頑丈なソルは上半身裸のままでも平気そうだが、一方で勇者は貸した新品のマント一枚を羽織っただけで少し寒そうだ。

 ソルは木の枝を数本へし折って火にくべた。



 川に落ちたソルを助けたのは勇者だ。

 いきなり怒られて、川に放り込まれた人間にできることじゃない。訳もわからない状態でよく人助け(しかも川に放り込んだ張本人)ができたものだ。

 ソルはそこに気付いて嬉しくなった。


「うむ。やはり貴様は【勇者】である。いくらナリが変わろうとも『芯』は変わらぬのだな」


「えっ? どうしてボクが【勇者】だって……」


 驚いて素を見せる勇者。透き通った緑の瞳が覗いた。

 たしかに現在の【勇敢なる者】の恰好を見て「勇者」だとわかる者がいるだろうか。先程までは町中の人間全員が「浮浪者」だと意見が一致して、今はマント一枚の「露出狂まがい」にしか見えない。


 だがその顔を見ればきっとわかる。

 汚れの落ちた黄金の髪は太陽のように輝いている。実りの季節の稲穂のように豊かで、髪型のせいで少し野暮ったくもあるが十分に美しい。

 前髪に隠れていない鼻梁と輪郭と口元は精緻に整っている。以前に見た時よりも痩せこけているものの、中性的な美貌は完全に色褪せてはいない。


「以前に一度だけ、貴様を見たことがあるのだ」

「そっか……ごめん。ボクみたいなのが【勇者】だなんて、幻滅したでしょ?」


 勇者が自嘲気味に笑った。

 ソルは勇者の顔を正面から見て言う。


「いやいや、貴様はたしかに【勇者】である」

「……ううん。ボクは……もう……」


 勇者は胸のあたりを庇うように左腕でそっと触れる。そこはたしか火傷の跡がある位置だ。



「――――お二人さん、体があったまる食事ができたぜ」



 勇者の言葉を遮るように、男が鍋を持って割り込んできた。

 彼もまたソルのように赤毛だ。人の姿をした【イフリート】である。


「器を取ってもらえるかい、まお――――」

「――――【ソル】である」

「……器を取ってくれ、ソルのダンナ」

「うむ」


 木製の器に盛りつけられた料理は赤みがかった雑炊だった。匂いのついた湯気が食欲をそそる。


「赤いのは唐辛子じゃないぜ。胃腸が弱ってるやつに、そんなの与えないって」


【野鳥と人参の雑炊】

 獲れたての野鳥からじっくりとダシを取り、すりおろした人参をたっぷりと入れた米雑炊。鳥の肉と米もすり潰しているため見た目はイマイチだが、滋養が高くて消化にも良い。


「今の時期の人参は水分が少なくて甘味が強いからな、うまいぜ。塩気が足りなかったら言ってくれ」


 そんなことをさらりと言うようになったイフリートはすっかり『料理人』の顔だ。

 少しでも見栄えよくしようと地味な雑炊に鮮やかな香草を盛りつける。舌を火傷しないようにと木製の大きなスプーンと一緒に勇者に手渡した。


「それにしても、昨日の今日でダンナに【召喚】されるとは思わなかったぜ。しかも命令が『メシ作れ』だもんな~」


 イフリートは思い出したかのように噴き出した。


「仕方なかったのである。こんなずぶ濡れの恰好では宿屋にも酒場にもいけぬからな」


 ソルは雑炊を一口分すくって食べた。


「む、うまいっ」

「そいつはよかった……お? 串のほうも焼けたようだな」


 きれいに洗った野鳥の内臓と肉の一部は、手製の木串に打たれて直火で炙られていた。

 健康そのものであるソルには雑炊だけでは物足りないからだ。


 皮のついたまま炙られたもも肉からは脂がしたたり落ちる。ソルは行儀悪くその旨味の雫を舌で受け止めた。火耐性が高いので火傷なんて怖くない。

 そのまま肉にかぶりつく。内側に閉じ込められた肉汁があふれ出してきた。とてもあっさりとした鳥肉とは思えないジューシーな味わいだ。

 ソルは口をハフハフさせながら感想を言おうとする。これまた行儀が悪い。


「ははっ、いい火加減だろう? 伊達に【炎の番人】とは呼ばれちゃいないぜ」


 言わんとすることを察したイフリートが朗らかに笑う。

 肉をようやく飲み込んだソルは勇者の様子に気付いた。


「どうしたのだ、勇者よ? 遠慮するな、温かいうちに食べるがよい」

「毒なんて入っちゃいないぜ。それともまさか人参が食えないのか?」


 勇者はソルをじっと見つめていた。


「まさか串焼きを狙っておるのか? ダメである。これは我の肉である!」

「まだ雑炊だけで我慢しておけよ。できればゆっくりと咀嚼しろ」


 魔族たちはあいかわらずである。


「…………どうして? どうしてボクにやさしくするんだい?」


 勇者からは警戒の色が見える。見ず知らずの者からの突然の施しだ、当然の反応だろう。ましてや【勇敢なる者】は見た目がとても美麗(・・・・・)だ。



「そんなことは後でよい。まずはしっかり食うのだ。話はそれからである」



 ソルは短く答えた。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



【勇敢なる者】は日々の糧を感謝する祈りを捧げて、ゆっくりと食事を始めた。


 食べ始めたところを確認したソルとイフリートは勇者から少し離れた場所に移動した。


「じゃあ俺はもう帰るけど、ダンナはどうするつもりなんだ?」

「……まだしばらくは帰らぬ」

「そっか。でも今の魔王のダンナのことはみんなに報告しておくぜ」


 ソルは苦い顔で呟く。


「やはり……セラは怒っているのであるか?」


「いいや、セラの嬢ちゃんは――――泣いていたぜ」


「っ!? そう、であるか……」


 ソルは肩を落とした。

 あまりにもらしくないその姿にイフリートは言葉を付け足した。


「泣いていたって、ほんのちょびっとだぜ。今はあんまり元気がないけど、ダンナが無事で元気だって聞けばすぐ立ち直るって」


 さらに励ますようにまくし立てる。


「なんにせよ、俺は【召喚主(あるじ)】のダンナが悔いのないように振る舞ってほしいわけで……とにかく頑張ってくれ!」


 そう言い残してイフリートは帰っていった。

 ソルはイフリートの言葉を噛み締める。


「『悔いのないように』……ああ、そうであったな」


 魔王ソルレオンは迷いを振り切って【勇敢なる者】がいる篝火へと足を向けた。




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