魔王と勇者と旅の支度
「単刀直入に言おう。
我は貴様とともに行動することを決めたのである!」
赤毛の大男ソルが堂々とそう言い切った。
「………………えっ?」
突然の宣言に面食らったのは【勇敢なる者】と呼ばれた金髪の勇者だ。
二人は今、城壁の外で篝火を挟んで向かい合っている。ぽかんと空いた大口に危うく火の粉が入り込むところだった。
「フハハ、ではさっそく行こうではないか」
ソルはおもむろに立ち上がった。
彼の衣服はすでに乾いており、その上から皮の防具一式を身に着けている。十分になめした獣皮で関節部と急所を守る簡素な装備だ。
日はまだ高い。すぐに出発すれば夜になる前に目的地に着くはずだ。
「ちょ、ちょっと待って、ええと……」
「【ソル】である。呼び捨てで構わぬぞ、勇者よ。職業は……そうだな、素手であるから『格闘家』というところか」
「あ、それじゃあボクのことも『勇者』じゃなくて名前で……ってそうじゃなくて――」
「――では、なんと呼べばよいのだ?」
勇者の言葉に被せるように問う。
「ボクは――――」
今さらながらお互いに自己紹介すらロクにしていなかったことに気付く。
ソルは勇者と真正面から顔を向い合せた。【魔王】として対決して以来、二度目のことである。
「ボクはまだ通り名を持っていない『見習い勇者』、名前は――【エレン】」
こうして魔王ソルレオンは【勇敢なる者 エレン】と改めて再会した。
それはそうと、エレンは裸のままだった。
正確にはソルから借りたマントを羽織ってなんとか全裸を免れているが、当初着ていたはずのボロボロの衣服が消滅している。
「すまぬ。あれは篝火の燃料に使ってしまったのだ」
エレンの衣服はきれいさっぱり焼却されていた。あの乾いたボロの布きれを『衣服』と判別できなかったのはたぶん仕方ないことだろう。
「ええーっ! じゃあボクこのまま裸でいろってことなの!?」
さすがにそれはあんまりだ。
ソルは皮の防具をとりあえずエレンに渡して、買い出しに町へ向かう。
エレンは留守番を希望した。「裸体に直接皮の防具を装備する」という恰好で人前に出ることを拒んだからだ。
「は、はやく帰ってきてね」
「いや、旅に必要なものをすべて揃えてくるから、少し時間はかかるのだ」
「そんなぁ……こんな恰好のままじゃ恥ずかしいよぉ……」
「マントもあるのだから我慢するのだ。では行ってくる」
ソルは城門へと赴いた。
言葉通り、エレンのもとへ帰ってきたのはしばらく時間が経ってからだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「フハハ、またせたな! 今、戻ったのである」
ソルが篝火に戻ってきた頃、火はちょうど消えかかっていた。
そこにエレンの姿はない。
「――――やっと来た! もう、待ちくたびれたよ」
エレンは草むらの中に身を潜めていた。葉っぱや折れた小枝が金髪にやらマントにやら、体中のあちこちに引っ付いている。
「なにをしているのだ?」
「なにをって、隠れてたんだよ」
「どうして?」
「そりゃあ、もちろん【魔獣】に襲われないようにするためだよ」
城や町から一歩でも外へ出ると、そこはもう【魔獣】や【魔物】たちが闊歩する危険地帯である。
人の住んでいる場所から近ければ近いほど遭遇する可能性は減るものの、必ず安全である保障はなくなってしまう。
野営の時でも火を絶やさなければ比較的安全になるが、それでもいつ何時【魔獣】【魔物】に襲われてもおかしくないだけの危険性は残る。
『町』から出るということは、そういうことだ。
「警戒心があることは良いことなのだ。だがビクビクしながらでは戦えぬぞ」
ソルは買ってきた衣服を渡す。
エレンはその真新しい衣服を受け取ったが、なかなか着替えようとしない。
「遠慮するな、と言ったであろう。それはもう貴様のものだ」
「ねえ、ソル」
「うむ。なんであるか?」
「もう一度聞くよ。
どうして見ず知らずのボクにやさしくするんだい?
どうして、こんなボクを助けてくれるんだい?」
エレンは真剣そのものだ。真摯な眼差しは純粋に『答え』を欲している。
ソルはその眼差しを堂々と真っ直ぐ受け止める。しかし、
「――――すべてを答えることはできないのだ」
はぐらかしているわけではない。その目に迷いはない。
「我が野望を叶えるために、貴様を【真の勇者】にすることに決めたのだ」
ソルは魔王のように不敵な笑みを浮かべた。
その笑顔を受けて、エレンはしばらく呆然としたように固まった。助けてくれる理由を聞いたら、もっとよくわからないことを言われた。
そしてそのあまりにも突拍子のないことにエレンは苦笑した。
「あの……とりあえず服を着たいから、ちょっといいかな?」
エレンはおずおずと尋ねた。
「うむ、はやく着るがいい。人の時間は有限であるからな、無駄にしてはならぬ」
ソルはがっちりと腕組みをして待っている。皮の防具を外したままの姿であるが、まったく必要がなさそうなほどの屈強な肉体だ。
「どうしたのだ? はやく着替えるがいい」
「ごめん。見られていると着替えられないんだ」
胸元の火傷跡を気にしているのだろうか。だがソルにはいまいちピンとこない。
「気にするほどのことなのであるか?」
「気にするよっ!」
篝火の周辺は木々が生い茂っているため外側から覗かれる心配はない。むしろ草むらから出てしまえば城門からの人々に見られてしまう可能性が高い。
「貴様に貸した皮の防具も返してもらわねばな。はやく着替えるがいい」
「いや……その……それもちょっと……」
エレンはあからさまに躊躇った様子だ。
「この皮の防具はボクが買い取るよ。今はお金なんかほとんどないけど、必ず返すからさ」
「別によいのだぞ。貴様の分の装備も買ってきたのだ。それではサイズも合わないであろう?」
「……だって、これ、ボクが裸に直接身に着けていたんだよ?」
「――? そうであるな」
やはりソルには何が言いたいのかわからない。
人とはこんな小さなことを気にする生き物なのか、と首をかしげる。だがそれを口に出すことで、自身が【魔族】であることが発覚することを危ぶんだため訊ねなかった。
いよいよまだるっこしくなったソルは語気を荒げる。
「いいからはやく着替えろと言っておるのだ。我はこれ以上待たぬぞ。どれ――――」
「わーーっ! ちょっと! やめてよぉ!!」
ソルは腕尽くで着替えさせることにした。
膂力というか体力というか、そもそも二人の地力には圧倒的な差がついている。ましてやエレンはまだ弱っている状態だ。
ソルは果物の皮をひん剥くように易々とエレンのマントを剥ぎ取った。
「あっ! いやぁ! お願いだから、待ってよぉ!」
「喧しい」
ソルは続いて皮の防具を外しにかかる。皮の胸当て、肘と膝当て、そして腰と股だけを独立して守る簡素な作りであるため、エレンは急所だけ隠している半裸の姿だ。
「――――む? これは?」
ソルはあることに気が付いた。
「……セラよりも、小さい。いや、だがこれは……」
痩せ細っているためか、エレンの体格は以前よりも小さく見える。あの時は【勇者】としてのイメージもあったのだろうが、しかしこれはあまりにも想定外だ。
陶磁器のような滑らかさと羽毛のようなやわらかさ。血色はまだ良くないが、垢や汚れを落としてしまえばそこには解けた絹のような素肌があった。
その体は実に曲線的で、肉が落ちていてもなお丸みを帯びているように感じる。全体が華奢に見えるのは痩せているためだけではなさそうだ。
肩幅がせまく、腰はひろい。丸みを帯びた体型と見た目の印象。
それだけでも十分に人間を識別できるが、ソルは確信を得るために最後の皮の防具を剥ぎ取った。
そしてようやくわかったことを口に出す。
「勇者エレンよ。貴様は――――『女』だったのだな」
怒りなのか恥ずかしさなのかはわからない。
エレンはマントをひったくると、真っ赤にさせた顔を隠すように縮こまった。
なぜエロ方面に走ったのか? それは筆者にもわかりません。
とりあえず「全年齢」は大丈夫なのでしょうか? 大丈夫だといいな……




