魔王と人々と始まりの町
※ここから作風が少し変わります。
具体的にはコメディー成分が薄まって、そこそこ真面目な長編ファンタジーになっています。
登場人物や設定各種は変わっていません。あらすじ通りに【終焉】に向かうお話です。
「待っているだけでは、ダメなのだ!」
魔王ソルレオンは強く、強く訴えた。
場所は魔王城、よく会議にも使われる議事堂のような広い部屋だ。半円形のアーチを描く室内は天井も高く、大型の魔獣や竜が立ち上がっても余裕があるほどだ。
議事堂に集められているのは魔王の側近や幹部の魔族たちだ。魔王は彼らに向かって焦燥の言葉を投げかけている。
「【勇者】や【英雄】はただ待っていても現れない。なんとかせねばならぬ、なんとか……」
いつになく真剣な表情の魔王であったが、周囲の魔族たちにはいまいち伝わらない。
「たしかに最近、門番の仕事もヒマですよね~」
「か、簡単な、お、お仕事、なんだな」
門番ズがのん気に答える。その態度の違いが魔王とその他の魔族たちとの温度差を端的に表していた。
魔王が訴えているのは、魔王城に乗り込んでくる勇者たちの数が減ってしまった問題についてだ。勇者たちの挑戦は普段からそれほど多いわけではなかったが、最近では特に顕著になっている。
「シカシ、ソレハ逆ニ良イコトナノデハ?」
「オレっちも平和なほうがいいっすね。ヒマだけどラクなほうがいいっすわ」
見た目に反して穏健派のデュラハンとガルーダが言った。二体の魔将はいざ戦うと恐ろしいのだが、その性格は好戦的とは言い難い。前者は魔王を守るという使命感からで、後者はのらりくらりとした自身の生活を守りたいだけだからだ。
「有望な勇者たちは魔王さまがほとんど倒してしまってますからね。仕方ありませんわ」
魔女のセラは淡々とした態度をとっていた。しかしローブの奥では安堵の笑みを隠しきれずにいる。
セラは魔王の意志に反して、魔王が勇者に倒されることを望んでいない。さらに彼女の場合、デュラハンの『王を守る騎士』のようなものではなく、裏で工作活動するようなタイプである。魔王に内緒で、若い芽を摘んだことは一度や二度どころではない。
その清楚な見た目に反して、彼女は正しく【魔女】であった。
ちなみに今回の会議では六魔将の半数が欠席していた。
怪魚はあいかわらず寝坊して、ミノタウロスは迷宮を抜け出せずに欠席。
そしてイフリートはヒマなことを理由に料理に目覚めてしまい、【厨房の番人】【炎の料理人】という新たな称号まで得ていた。今も厨房で大鍋を振るっているはずだ。
魔王はそんな部下たちを見て、自分の言葉が届いていないことを痛感した。
魔王は孤独な存在である。
その後、会議はいつもどおりに滞りなく勧められた。先程までと打って変わって静かになった魔王を気に留める魔族はいなかった。
「魔王のダンナ、みんな、夕食が出来たぜ~」
イフリートの言葉で本日の会議は終了し解散となる。
だが魔王は最後の最後まで席を離れなかった。
魔王は人知れず新たな決意を胸に秘め、拳を強く握り締めた。
翌日、
空席の玉座には魔王ソルレオンの書置きだけがあった。
『 し ば ら く 旅 に 出 ま す 。 探 さ な い で く だ さ い 』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
どんなものにも『始まり』は存在する。
多くの勇者や冒険者たちの起点となる、通称『始まりの町』もそのひとつだ。
彼らが生まれた国や地域が違えど、一度は必ず訪れることになるには理由がある。それは【勇者】を選定する儀式を受けるためだ。
ただ「勇者」を名乗るだけならば勝手だが、真の【勇者】となるにはこの始まりの町にある王城で、【始まりの王】からその証をもらう必要がある。もちろん誰でももらえるわけではない。
その場所は『始まりの町』と呼ばれてはいるが、王城があるためにその規模は一般的な町よりもはるかに大きい。
外周には立派な城壁もあり、三か所ある城門は出入りする通行人で常に混雑していた。厳重な警備もあってか、順番待ちの人もあふれていて騒ぎもそれなりに多い。門番との諍いが起きることもしばしばあった。
本日もまた――
「おい、ちょっと待て! キサマあやしいな。名を名乗れ!」
鉄製の軽甲冑を身に着けた門番が道をふさいだ。
その門番は壮年に差し掛かっていた。経験豊富で多くの不審人物を見てきた彼の勘にはなにか引っかかったのだろう。鋭い口調で一人の男を停めた。
だが、道をふさがれた男のほうは不敵に笑みを浮かべただけだった。
「ほう、この我に名を名乗れとな?
フハハ、よかろう――――我が名は【闇と炎の魔人王 ソルレオン】である!!」
魔王の突然の襲来である。
その刹那、周囲のすべてが静止した。
あらゆる視線が一人の男に集中し、誰もが息を飲んだ。
そして爆発したように笑いの輪が広がった。
「――――いやいや、そういうのいいから」
門番は込み上げる笑いをようやく噛み殺した。
それなりに大きい町とはいえ、魔王領からかなりの距離があるこんな僻地にわざわざ魔王本人がやってくるわけがない。誰もがそう考えていた。
「あ、そういえば『変化』していたのだ。今のはナシである。
我が名は、えーっとソル……そう、ただの【ソル】なのだ」
ソルと名乗った魔王は『変化の秘薬』によってその姿を変えていた。
とはいえ、せいぜい蒼白である魔人の肌を人間のような肌色に変化させただけだ。見た目がより人間に近付いただけで屈強な体格に変わりはない。
「名前はちょっと似てるんだな。まぁいいや、ところでアンタは冒け……『旅人』かい?」
警戒を解いた門番が気安く話しかける。危険人物ではないと判断した結果だ。
魔王改めソルは旅装どころか近所へ散歩するかのような恰好だった。いわゆる「ぬののふく」だけだ。『旅人』とも思えない装備だが、彼はたしかに城門の外からやってきた。
「む? そうであるな。そんなところである」
「……まぁいいや、危険な武器どころかなにも持ってなさそうだし。『ようこそ、始まりの町へ』」
ソルはついに『始まりの町』へ足を踏み入れた。
この先、彼の前にいったいなにが起こるのか、なにが待ち受けているのだろうか。
この先、彼はなにを手に入れ、なにを失うのだろうか。それは誰にもわからない。
ソルの冒険は、まだ始まったばかりだ……っ!!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ソルは武器屋の扉を開けた。
店主である禿頭のヒゲ親父にためらうことなく声を掛けた。
「武器屋のオヤジよ、ちと訊ねたいことがあるのだが……」
真っ先に武器屋を訪れたのには理由があった。『錆びた剣』のことである。
「あれはもう売れてしまったのか? それともまだ誰の手にも渡っていないのであろうか?」
「……? ああ、あれな。もう売れちまったぜ」
怪訝な表情のオヤジはとりあえず答えはした。
「本当であるかっ!? どんな人間が買っていったのだ!?」
武器屋のオヤジはいよいよ不審な目でソルを見た。なぜあんなボロい剣のことなど尋ねるのか、なぜそれを買った人間のことを知りたがるのか、そしてそもそもなぜあの錆びた剣がウチにあることを知っていたのか。
「――――この『皮の防具』一式をもらおう」
「まいどあり! あの剣ならけっこう前に『ボロボロのマントを羽織ったヤツ』が買っていったぜ」
なぜ武器屋で『防具』を売っているのか、細かいところは気にしない。
「ニーサン、ウチは武器屋だぜ。防具だけってのも、なぁ?」
「――――この『皮の篭手』を殴れるように改造してくれ」
「あいよ、改造一丁! ニーサン、あんた素人じゃないな?」
情報料を支払って人物を特定することに成功する。ギブアンドテイクは基本である。
「――――ではその者は『貧民街』にいるのだな?」
「ああ、そのはずだ。あんなボロい剣をわざわざ買うようなヤツだからな、お似合いだぜ」
武器屋のオヤジは見下したような笑みを作った。
それを見たソルもまた意地の悪い笑みを作った。武器の真価も見極められないとは、経験の浅い冒険者たちを相手にして安価な武器のみを扱っているだけある。
「ニーサン、あんな路上生活者の武器よりも、今ウチにある剣のほうがよっぽど――」
「――いや、必要ない。さらばである」
ソルは早々に立ち去った。
そしてソルは武器屋に教えられた場所までやってきた。
貧民街の一角、城壁にほど近い端っこの隅っこにその人物はいた。
ソルは顔をしかめた。周囲に漂う異臭はまだ我慢できる。だがその人物が放つ雰囲気は死者よりも暗い。とても生者が纏う雰囲気ではない。
ボロボロの布きれはおそらくマントだろう。それを頭から被っていて顔は見えないが、教えられていた特徴の金髪がわずかに覗いていた。
その人物は城壁に背を預けたまま膝を抱えて座り込んでいる。俯いたままでまったく動かず、呼吸でわずかに肩が上下していなかったら、死んでいると誰もが思っただろう。
「この人間が、偶然にも【覇者の剣】を手に入れた者なのか…………」
それ以上、言葉が続かなかった。
魔王がその剣を勝手に用意して、その筋書きを勝手に企んで、それを手にする勇者を勝手に期待して――――すべて魔王が勝手にしたことだ。
だが、
魔王ソルレオンがその人物に抱いたのはまぎれもない『怒り』の感情だ。
沸騰する血の激流が全身を駆け巡った。
感情と比例して生み出された莫大な熱量は気のせいなどではない。
わずかに残った理性が暴走しようとする衝動を抑え込む。
「貴様は……っ! こんなところで、いったいなにをしているのだ……っ!!」
その人物の胸倉を掴み、片腕で持ち上げる。痩せ細った体は悲しいほどに軽い。
もはや見る影もないその姿に涙があふれだしてくる。悲しみの感情を怒りの炎で燃やし尽くさねば、魔王にあるまじき醜態を晒すところであった。
その人物はかつて魔王が待ち望んだ相手であった。
その人物の正体は【勇敢なる者】、その人であった。




