6.成長
「なるほど……。やっと、この世界のソースコードの『中身』が丸見えになったってわけか」
視界に浮かび上がる青いオーバーレイ――大型のアーマー・ラットが纏う魔力装甲の厚み、筋肉の収縮レート、そして次に放ってくる突進のモーション予備動作までが、すべて0.1秒単位の数値として【朔】の脳内に流し込まれていく。
(来る――初動のタメは0.35秒。ベクトルはまっすぐ正面だ)
巨体のラットが地を蹴り、鋭い牙を剥き出しにして突進してきた。
かつての彼であれば、その圧倒的な質量とスピードに気圧されて回避するのが精一杯だったはずだ。だが、今の【朔】には【解析】が弾き出した「敵の軌道予測」と、部位別に完璧に調和させた『高効率・半流動装甲ボディ』がある。
「遅い」
最小限の横ステップで突進をすれすれにかわし、すれ違いざまに右腕のブレードを突き出す。狙うのは、解析で割り出した『左前足の結合部(魔力循環のデバッグポイント)』だ。
ガリッ、と硬質な素材が削れる手応え。
ただ力任せに殴るのではなく、魔力の流れの継ぎ目にピンポイントで衝撃を叩き込んだことで、アーマー・ラットの硬い装甲が内側から崩壊した。
【システム通知:クリティカルヒット】
対象:『アーマー・ラット(リーダー個体)』の魔力循環回路
処理結果:装甲の強制解除を確認。行動不能。
獲得素材:『高密度硬質皮』×1、『上質な牙』×2
獲得スキルポイント:+40 pt
「ギィ……ッ!?」
巨体の魔物がバランスを崩して地面に転がり、そのまま動かなくなる。
後方でその一部始終を見ていた【エレナ】は、目を見開き、信じられないものを見るような顔で息を呑んだ。
「嘘でしょう……あんなに手こばっていた大型の群れ長を、まるで手順書通りに処理してしまうなんて……」
「ふう……。力任せの暴力じゃなく、構造の弱点を突けばこんなもんさ」
冷や汗を拭いながらも、手に入れた戦闘データの感触に【朔】は手応えを感じていた。
これまでは「生き残るための場当たり的なサバイバル」でしか progenied なかった異世界での生活が、ここで初めて「完全にコントロール可能なエンジニアリング(攻略)」へと変貌を遂げた瞬間だった。
第6章:新機能の解放と、旧都を目指す次の一手
アーマー・ラットのリーダー討伐によって、【朔】の手元には大量のスキルポイントと高品質な素材が蓄積された。
【システム通知】
保有スキルポイント:60 pt
スキルツリー解放可能項目:
【物質合成】(必要ポイント: 30 pt)
【構造解析】(必要ポイント: 30 pt)
(よし……これだけのポイントがあれば、肉体の補強だけでなく、武器や拠点のクラフトにも手を伸ばせるな。ただの生肉の寄せ集めから、より洗練された『アーマード・ボディ』への上位互換アップデートが可能だ)
【朔】は手に入れたポイントを迷わず【物質合成】と【構造解析】へと割り振る。
頭の中に新たなコマンドツリーが展開され、世界の構築ルールに対する理解がさらに深まっていく。
身についた新しい感覚を確かめながら、【朔】は傍らに立つ少女に視線を向けた。
「なあ、エレナ」
「はい、なんでしょう?」
「さっきの魔物、通常個体よりもあきらかに魔力装甲の密度が高かった。この辺りの魔物、最近になって何か変異を起こしてるのか?」
【朔】の鋭い問いかけに、【エレナ】はわずかに表情を曇らせ、自身の胸元にそっと手を当てた。
「……気づいてしまいましたか。その通りです。旧都の中央にそびえる塔の気配が、最近わずかに揺らぎ始めているのです。それに伴って、世界全体の魔力のバランスが崩れ、魔物たちが凶暴化し……そして【魔王】の気配が、いよいよ現実のものとして近づいてきている証拠なのです」
「やっぱりな……。システムの基盤が不安定になれば、バグや例外処理が増えるのは当然の摂理だ」
元の世界で数々のシステム障害と戦ってきた【朔】にとって、その説明はあまりにも腑に落ちるものだった。
世界の異変、旧都の塔、そして自分を呼び出した神託と魔王の伝説。すべての謎が、奇妙な論理で結びつき始めている。
「元の世界に帰るためにも、そしてこの理不尽な世界を勝手に書き換えられないためにも……まずはその『魔王』とかいう元凶のソースコードを、こっちから叩きに行ってやるよ」
不敵に笑う【朔】の瞳には、ただ流されるだけの被害者ではなく、この異世界という巨大なシステムを自らの手でハックし尽くそうとする、エンジニアの強い意志が宿っていた。




