5.鑑定
荒野での狩りは、最初のうちは順調とは言い難かった。
エレナから得た大まかな生態データを頼りに、【朔】は手近な低級魔物――『アーマー・ラット』や『アイアンビートル』を狩り、素材を集めていった。
この世界の肉体生成は、胸の中央にある【コア】をホストサーバー(起点)とし、そこから「右手(攻撃・スピード)」「左手(防護)」「胴体(躯幹・体力)」「足(機動力)」の各部位に素材をアタッチして構成する仕様になっている。理屈の上では、パーツを組み合わせれば理想のボディが組み上がるはずだった。
だが、現実はそう甘くなかった。
「くそっ、またバランスが崩れた……!」
特設キャンプ地の石畳の上で、【朔】は盛大に前のめりへ転がった。
直前の戦闘で手に入えた『アーマー・ラットの鋭利な牙』と『硬質化の皮』を右手に組み込み、足を『スライムの粘液』多めの高機動仕様にアタッチしたつもりだった。素材の結合そのものはエラーで消滅することなく完了した――それがこの世界の厄介なところだ。合成に「失敗」はない。動くには動く。
だが、右手の出力とスピードが跳ね上がったせいで、胴体と足のフレームがその負荷にまったく追いつかず、一歩踏み出した瞬間に自重で上半身が激しくねじれ、コントロールを完全に失ったのだ。
「うわっ、待て待て、止まらねぇ……っ!」
バランスの偏ったキメラ・ボディは勝手に暴走し、そのまま崖の岩肌へと激突して盛大にバグり散らかした。
すんでのところで胸の【コア】だけは死守したものの、全身の継ぎ目からはジジジと嫌な摩擦音と煙が立ち上る。
少し離れた場所で、木の枝に腰掛けながらその様子を眺めていた【エレナ】が、呆れたような、しかしどこか面白がるような声をかけた。
「あらあら。また右半身の処理速度と左半身の硬度がコンフリクトを起こして、見事に自爆していましたね。……本当に、不格好なキメラを作らせたら右に出る者はいませんよ」
「うるせぇ……! この世界のコンパイル仕様がクソ仕様すぎるんだよ! クラッシュして綺麗に消滅してくれたほうが、よっぽどリセットしやすくて助かるっての!」
泥とスライムの粘液まみれになりながら、【朔】は悪態をつく。
動くには動くがステータスや挙動がちぐはぐで、戦闘どころか歩くことすらままならない「ゴミのような不良品ボディ」を抱えさせられるのは、元・システムエンジニアのプライドがズタズタに引き裂かれる苦行だった。
「防護を固めようとして左手に重装甲を盛りすぎたら、今度は重心が偏ってその場でぐるぐる回り続けるバグが起きたし……かといって体幹(体力)をケチると、ちょっとした衝撃で全身のデータがバラバラに散らばりそうになる」
愚痴をこぼしながらも、【朔】の手は止まらなかった。
失敗するたびに、どの素材をどの比率でアタッチすればどの部位の挙動にどんな負荷がかかるのか、頭の中で必死にログを解析し、データを蓄積していく。
――試行錯誤を繰り返すこと、数十回。
「……よし。右手の攻撃・スピードは『牙』と『粘液』を1対1.5のバッファで繋ぎ、足は軽量化のために粘液を薄く引き延ばす。そして胴体(躯幹)には『硬質化の皮』をインナーフレームとして敷き詰め、全体の負荷を分散させる」
頭の中で仮想のパーツ配置を再構築し、胸の【コア】を起点にして一気にコンパイルのコマンドを叩き込む。
全身に青白い魔力の光が走り、先ほどまでのちぐはぐな違和感がスッと消えていく。無駄な遊びが削ぎ落とされ、筋肉と装甲のテンションが綺麗に同期した。
一歩、地面を踏みしめる。
――重すぎず、軽すぎない。全身の駆動系が、自分の意識と完全に直結して滑らかに動いた。
「……ふう。やっと、まともに動く『アーマード・ボディ』のプロトタイプが組み上がったか」
完璧にバランスが調和した肉体の感触を確かめながら、【朔】が息をついたその瞬間だった。
周囲の木立のざわめきとともに、茂みから一際大きな巨躯を持つ魔物――『アーマー・ラット』の群れを統率する大型個体が姿を現した。
(――来たな)
戦闘態勢に入った【朔】の網膜の端に、これまでとは違う変化が起きた。
目の前の魔物に向かって意識を集中させた瞬間、脳内に新しいコマンドの気配がスパークしたのだ。
システム通知】
条件達成:膨大な試行錯誤とデータ蓄積により、内部システムの最適化が進行。
スキルツリー解放:
【解析】(必要ポイント: 20 pt ※ストックポイントより自動消費)
瞬間、世界の見え方がガラリと変わった。
目の前にいる大型魔物の輪郭に、数値化されたステータス、正確な魔力流動のパス、そして弱点である「コアの座標」が、まるでウィンドウのように鮮やかなオーバーレイで浮かび上がったのだ。
【解析結果:アーマー・ラット(リーダー個体)】
推定HP:1,400 / 1,400
弱点部位:左前足の結合部(魔力循環のデバッグポイント)
素材ドロップ率:高密度硬質皮(高品質)
視界に飛び込んできた詳細な数値データを見つめながら、【朔】の口元にニヤリと不敵な笑みが浮かんだ。
「なるほど……。やっと、この世界のソースコードの『中身』が丸見えになったってわけか」
感覚と試行錯誤の泥沼を抜け出し、客観的なデータと予測シミュレーションを手に入れた元SEは、新たな武器を携えて最初の本格的な戦闘へと踏み出していった。




