3.コア
激しい浮遊感ののち、【朔】が意識を取り戻したとき――そこには何の感覚もなかった。
光の渦に巻き込まれたような感覚のあと、突然、世界から視覚も聴覚も消え失せた。あるのは、自分が何かに包まれているという頼りない【触覚】のみ。
(なんだこれ……目も見えない、音もしない……俺はどこに……?)
声を出そうとしても声帯はなく、ただ輪郭のない感覚だけが漂っている。
その時、何者かに掴み上げられ、放り投げられるような激しい衝撃が走る。物理的な質量と風圧だけが皮膚感覚として伝わってくる。
(――いま、俺は投げられたのか……?)
わけもわからないまま地面に叩きつけられた直後、目の前に転がっていた最初の魔物が消滅した。その残骸の断片から、冷徹なシステムアナウンスが脳内に響き渡る。
【システム通知】
討伐対象:『低級スライム』
獲得素材:『スライムの粘液』×1
獲得スキルポイント:+10 pt
行動選択肢:
【吸収】(肉体の初期構築に使用します)
【ポイント取得】(スキルポイントに変換します)
【ストック】(一時保管します)
【破棄】(消滅します)
直感的に「よくわかんねぇけど、【破棄】は無しとして、とりあえず順に試すか!?」と【朔】は、迷わず選択肢の【1】を脳内で即座に実行した。胸部中央に位置する魂のアンカー――【コア】の周囲に『スライムの粘液』を取り込み、不定形のボディをかろうじて形作った。
肉体が形作られた直後、二度目の魔物討伐が実行され、システムが次のステップへと移行する。
【システム通知】
討伐対象:『グラス・キャットアイ』
獲得素材:『夜眼の瞳石』×1
獲得スキルポイント:+10 pt
スキルツリー解放:保有ポイントを消費してスキルを取得できます。
【視覚】(必要ポイント: 10 pt)
【朔】は即座にポイントを消費して【視覚】を取得した。
視界が一気にひらけ、目の上には地球ではありえない地形が映し出される。そして、その少し離れた場所で、細く高い背で亜麻色の髪の隙間から覗く長く尖った耳、なんといっても印象的なのは瞳のない目だ、人間離れした神秘的な美しさを湛えた姿の人物が、こちらにゆっくり近づき、俺(?)を持ち上げようとしている。
(――人間じゃない……? 耳がありえないほど尖ってるぞ……何だあの生き物は……!)
彼女が手元の宝玉を再び掲げる、その先にはやはり見たこともない大きな犬のような動物(?)が居り、容赦なく放り投げられる。身体が宙を舞う感覚が視覚と触覚の両方で捉えられる。
(待て……! なぜ、俺を投げる必要がある!? なぜだ、どういうことだ……っ!)
三度目の魔物討伐を経て、システムがさらに解放される。
【システム通知】
討伐対象:『ブラッドハウンド』
獲得素材:『猟犬の牙』×1
獲得スキルポイント:+10 pt
スキルツリー解放:
【嗅覚】(必要ポイント: 10 pt)
(ふむ……嗅覚か。だが、当面匂いを嗅ぎ分ける優先度は高くない。貴重なスキルポイントはもっと戦闘や生存に直結する強化に回すべきだ。いや、意思疎通できるスキルは無いのかよ?)
【朔】はシステムからの通知を確認しつつ、冷静に【嗅覚】の取得を見送り、ポイントをストックした。
四度目の魔物討伐。
【システム通知】
討伐対象:『アシッドキノコ』
獲得素材:『酸味の胞子』×2
獲得スキルポイント:+10 pt
スキルツリー解放:
【味覚】(必要ポイント: 10 pt)
(味覚も不要だな。毒物の識別くらいにはなるかもしれないが、ポイントを圧迫するリスクのほうが高い。スルーだ)
【朔】はここでも味覚の取得を行わず、ポイントを温存する道を選んだ。
五度目の魔物討伐。
【システム通知】
討伐対象:『ケイブバット』
獲得素材:『薄羽の切れ端』×2
獲得スキルポイント:+10 pt
スキルツリー解放:
【聴覚】(必要ポイント: 10 pt)
周囲の状況を把握するため、ここで【朔】はポイントを消費して【聴覚】を取得した。
世界の解像度がさらに跳ね上がり、周囲の音がクリアに耳へと飛び込んできた。
「おや、うまく馴染んだようですね。素晴らしいです」
目の前の異形の少女が、穏やかで、どこか慈しみに満ちた優しい声で語りかけてきた。
「おいたわしい……ですが、運命の歯車を動かし、この世界の平穏を取り戻すためには、あなたにも戦ってもらわなければなりません。もう少しだけ……ね」
(……何言ってるんだこの女……平穏(?)のために、俺を何度も放り投げてるってのか……!?)
そして、六度目の魔物討伐。
【システム通知】
討伐対象:『アイアンビートル』
獲得素材:『鉄甲殻の欠片』×1
獲得スキルポイント:+10 pt
スキルツリー解放:
【発声】(必要ポイント: 10 pt)
コミュニケーションと交渉のために不可欠な【発声】を、残るポイントを使って即座に取得した。声帯のデータ構造が完全に構築された。
(やっと出た!早く取得して止めさせないと!)
落下しながら、【朔】は脳内の論理演算を極限まで加速させ、獲得したばかりの音声出力コマンドを全力で叩きつけた。
「――おい……いい加減に、その『投げる』の、やめろ……!」
突如として言葉を紡いだスライム塊に、少女はわずかに目を丸くしたのち、嬉しそうにふわりと微笑んだ。
「あら、言葉を覚えたのですね。素晴らしい適応力です」
「ふざけるな……! なんで俺があんたに、何度も投げ飛ばされなきゃならないんだ! いったいお前は誰だ!?」
【朔】が荒々しく問い詰めると、少女は穏やかに一礼し、自身の名を告げた。
「失礼しました。私はこの世界を見守る者、【エレナ】と申します。……そうですね、何も知らぬままでは不安でしたわよね」
「【エレナ】……。で、その【エレナ】さんとやらは、俺を投げてどうするつもりだ?」
【朔】が険しい視線を向けると、【エレナ】は申し訳なさそうに眉を下げ、真摯な目で説明を続けた。
「申し訳ありません。この世界では、【魔王】が復活する時に異世界から魂を召喚し、勇者に討ち滅ぼさせるという伝説がありまして……。その核となるのがこの【コア】です。
私自身も、前回の【魔王】討伐の際には【宝寿の勇者】と共に戦いました。激しい戦いの末【魔王】は倒すことができましたが、勇者は力尽き、私も戦うことができない体になってしまいました。
だからこそ、あなたにも戦っていただく必要があるのです。
あなたを投げていたのは……その【コア】だけでは動くことはできないため、ある程度まではボディの形成とスキルの取得まではこのような方法でしかないのですよ。乱暴なやり方でごめんなさいね」
「作ったやつアホだろ?こんな欠陥だらけでよく完成品扱いしたな……!」
「わたくしに言われましても。。。。」
「どうでもいいけど、元の世界に帰る方法はあるんだよな?俺は大事な用事があるんだよ」
「それが……ごめんなさい。この世界に伝わる神話の理でも、一度結ばれた運命の糸を解くことはできないとされているんです。ですが、あなたが勇者としての役目を果たしたなら……世界が元の平穏を取り戻したとき、きっと何らかの道が開けるはずです」
「うわ最悪。勝手にこんなとこ連れてきて、しかも玉?、ホントたまったもじゃねぇだろ」
「ところであなたの名前は?」
「あ~ 朔だ。作野朔」
「サクサク?」
子供のころから何度も味わった感情が胸をよぎる
「朔でいい」
「わかりました朔。これからよろしくお願いします」
「まだ やるって言ってないんだけど?つっても選択肢も無いしやるよ。やりますよ。やりゃあいいんでしょ」
現世でも感じた理不尽さは異世界でも健在のようだった。
隠し事なく真面目に答えてくれる【エレナ】の態度に、怒りはあるもののこれ以上追及しても仕方がないと【朔】は息を吐き出す。
帰還ルートなどすぐには見つからないという絶望的な現実を受け入れつつ、【朔】は生き残るために彼女と協力せざるを得なかった。




