2.作野 朔(さくの さく)
12月30日の深夜。東京、新宿の高層ビル群の一角。
フロアの明かりはすでにほとんど消え、冷え切った空気の中に蛍光灯のうなり音だけが響いていた。
「……よし、これでパケットのロス率はゼロか」
作野 朔(26歳)は、ディスプレイの青白い光に照らされた顔を上げ、深く息を吐き出した。
年末の帰省を控え、新幹線のチケットはスマホの画面に収まっている。だが、クライアントから投げ込まれた直前の緊急トラブル――基幹システムの致命的なメモリリークを叩き直すため、朔はたった一人で深夜のオフィスに残っていた。
キーボードを叩く指が最後のエントリーを刻み、コンソールに『Status: Normal』の文字が返ってきた瞬間、異変が起きた。
モニターの液晶が、青でも黒でもなく、底の知れない漆黒のノイズに染まった。
「――は?」
呟く間もなく、デスクの中央に鎮座していた古い開発用デバイス――幾何学的な紋様が刻まれた玉が、まるで心臓のようにドクンと激しく脈動を始めた。次の瞬間、空間そのものが裂け、重力制御を失ったかのような圧倒的な引力が朔の肉体を飲み込んだ。
意識が物理的な限界を超えて圧縮され、デジタルとアナログの境界が溶け合う。
暗黒の回廊を落下しながら、朔の脳裏をかすめたのは、「あぁ、明日の新幹線、確実に乗れねえな」という極めて現実的な絶望だった。




