母さんと美鈴の風呂タイム
おでんの鍋が空になり、美玲が「はあ、お腹いっぱい……」と背もたれに体を預けた頃、奈々穂が立ち上がって言った。
「美玲ちゃん、お風呂沸いてるけど入ってく? 部活の汗そのままじゃ寒いでしょう」
「えっ! いいんですか!? やったあ、入ります入ります!」
美玲がぱあっと顔を輝かせて飛び上がる。翔太はソファに座ったまま、ぎょっとした顔で奈々穂を見上げた。
「は? なんでこいつがうちの風呂に入るんだよ」
「だって美玲ちゃん、部活終わりでそのまま来てくれたんだもの。汗をかいたままだと風邪をひいちゃうわ」
奈々穂はこともなげに言って、脱衣所の棚から新しいタオルを取り出し始める。美玲は嬉しそうにその後ろをちょこちょこついていきながら、振り返って翔太に舌を出した。
「べー。翔太は入れないんだからね」
「入らねえよ。お前こそさっさと入って帰れ」
「もー、せっかくお風呂借りるのに帰れはないでしょ。ね、奈々穂さん、私、奈々穂さんと一緒に入りたいです!」
美玲が奈々穂の腕に抱きつきながらおねだりする。奈々穂は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「いいわよ。久しぶりに女同士、ゆっくりしましょうか」
「やったー!」
「おい母さん、なに普通に受け入れてるんだよ……」
翔太はため息をつきながらリビングのソファに座り直す。奈々穂と美玲は楽しそうに脱衣所へ消えていった。しばらくして、浴室からはシャワーの音と、二人の笑い声が聞こえてくる。
翔太はテレビをつけたが、音量を絞っても耳に入ってくるのは浴室の声ばかりだった。
「奈々穂さん、やっぱりすごいです……! おっきくて、綺麗で、肌もつるつるで……」
美玲のうっとりした声が脱衣所越しに漏れてくる。翔太は顔をしかめながらスマホを手に取るが、画面を開く気にはなれない。
「ふふ、美玲ちゃんこそ、ちゃんと鍛えてるのね。陸上で走ってるだけあって、すごく綺麗な体つきだわ。脚のラインなんて特に」
奈々穂の優しい声が続く。翔太は耳を塞ぎたくなったが、リビングから逃げるのもなんだか癪だった。
「でも私、奈々穂さんみたいに女の子らしい体じゃないし……。奈々穂さん、胸も大きいし、くびれもすごくて、憧れます」
「美玲ちゃんの体はスポーツしてる人にしかない引き締まった美しさよ。それに胸だってちゃんとあるじゃない」
「えっ!? でも奈々穂さんに比べたら全然……」
「ふふ、美玲ちゃんはこれからよ。それにしょうちゃんだって、美玲ちゃんの体のこと、悪く思ってないはずよ」
「ぶっ!?」
翔太は思わずむせた。何を言い出すんだ、母さんは。浴室からは美玲の「えっ!? そ、そうなんですか!?」という裏返った声が聞こえる。
「ちょっと母さん、聞こえてるからな!」
翔太が思わず声を張り上げると、浴室から奈々穂のくすくすという笑い声が聞こえてきた。
「あら、聞こえてたのね。しょうちゃん、盗み聞きはいけないわよ」
「してない! 勝手に聞こえてくるんだよ!」
翔太は真っ赤になって言い返す。美玲の笑う声も聞こえてきて、翔太はもう完全にいたたまれなくなった。ソファに突っ伏してクッションに顔を埋める。
「翔太、耳まで赤くしてそうだねー!」
「うるさい! さっさと風呂入って出てこい!」
「はーい!」
浴室からは再び笑い声と、シャワーの音。湯船のお湯が揺れる音。春の夜の静けさに混ざって、二人の楽しそうな会話が続いている。
翔太はクッションを抱えたまま、天井を睨んだ。風呂上がりの美玲がまたべったりしてくるんだろうな、と思うとうんざりする。だが、なぜか嫌な気分ではない自分がいることも、彼は認めたくなかった。
「……母さんのバカ」
小さく呟いて、翔太はテレビの音量を少しだけ上げた。浴室からは、まだ二人の笑い声が聞こえているのだった。




