報告
十月十九日、日曜日の夕暮れ。
新人戦を終えた翔太は一人紅葉した銀杏並木の下を歩いて家路についていた。秋の日はつるべ落としで、さっきまで茜色だった空がもう藍色に変わり始めている。街灯がぽつりぽつりと灯り紅葉した街路樹をぼんやりと照らし出していた。風が吹くたびに黄金色の銀杏の葉がはらはらと舞い降りて歩道を黄色い絨毯に変えている。
美鈴とミギーはまだ競技場に残っていた。二人とも入賞者インタビューやら記念撮影やらで引っ張りだこだったのだ。五秒台を叩き出した高校一年生のドラゴン娘が二人も現れたとあって、地元のニュースサイトやスポーツ誌の記者まで駆けつけていた。
「先に帰るぞ」と声をかけた翔太に、美鈴は「うん! また明日!」と笑顔で手を振り、ミギーは「打ち上げ、期待してるわ」と意味深な笑みを浮かべていた。
(打ち上げって……俺んちでやるとは限らねえだろ)
そんなことを考えながら翔太はマンションのエントランスをくぐった。オートロックの扉を開けエレベーターに乗り込む。部屋の表札には「平井・井上」と並んで書かれている。
「ただいま」
ドアを開けると、青い髪を揺らしながら奈々穂が玄関まで出迎えに来た。今日もクラシックなメイドドレス姿だ。青いドラゴンの尻尾が嬉しそうにゆらゆらと揺れている。頭の立派なドラゴンの角は廊下の照明を受けてつやつやと輝いていた。
「おかえりなさい、しょうちゃん。新人戦どうだった?」
「ミギーが勝った。美鈴は二位」
翔太は靴を脱ぎながら簡潔に報告した。奈々穂は青い瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「あら、ミギーちゃんが勝ったのね。美鈴ちゃんは残念だったわね」
「でもコンマ一秒差だ。美鈴もよく頑張ってた」
その言葉に奈々穂の表情がふわりと緩んだ。青い瞳がいたずらっぽく細められる。
「ふふ」
「……なんだよ」
「やっぱりしょうちゃんは美鈴ちゃんのことになると顔色変わるよね」
翔太は一瞬言葉に詰まった。
「……変わらねえよ」
「あらあら、いいのよ。健全な男子なんだし年頃の女の子のことが気になるのは普通だから」
奈々穂はエプロンの裾を整えながら、母親のような優しい笑顔で翔太を見つめた。長年翔太を育ててきた義母としての余裕がその表情には滲んでいる。
「そうだ!」
奈々穂はぽんと手を打った。青い尻尾が嬉しそうに揺れる。
「今度、美鈴ちゃんもミギーちゃんもうちに呼んできたらどう? 皆で打ち上げパーティをしましょう」
「は?」
「新人戦頑張ったんだもの。労ってあげないと。しょうちゃんがお世話になった二人でしょ?」
「別に世話になったわけじゃ……」
「私、張り切ってごちそう作っちゃうわよ。ドラゴン族向けの栄養満点メニュー最近レパートリー増やしたの。美鈴ちゃんは私の作る料理が好きだって言ってたし、ミギーちゃんの好きな物も聞いておきなさい」
奈々穂はもうパーティを開く気満々だった。メイド業で培った料理の腕を振るう機会を逃すまいとばかりに、頭の中でメニューを組み立て始めている。
「ちょっと待て、まだやるとは……」
「翔太」
奈々穂の声が少しだけ真面目なトーンになった。青い瞳がまっすぐに翔太を見つめる。
「あなた、最近よく笑うようになったわ。学校でもちゃんと友達ができてるみたいで私は嬉しいの」
翔太は黙った。窓の外では十月の夜風が銀杏の葉を舞い上げている。マンションの部屋の中は暖かくキッチンからは夕食の準備をしていたらしい味噌汁のいい匂いが漂ってきた。
「美鈴ちゃんとミギーちゃんのおかげね。だからちゃんとお礼がしたいの。いいでしょ?」
「……好きにしろ」
翔太はそう言って自分の部屋に向かおうとした。
「あ、決まりね! 日程は……来週の土曜日かしら。しょうちゃんから二人に伝えておいてね」
「自分で言えよ」
「あなたが誘った方が二人とも喜ぶわよ」
奈々穂はそう言ってウインクした。翔太は何か言い返そうとしたが結局ため息ひとつで済ませて部屋に引っ込んだ。
リビングからは奈々穂の鼻歌が聞こえてくる。どうやら早速パーティの準備を始めるらしい。翔太はベッドに倒れ込みながら天井を見つめた。
(美鈴とミギーがうちに来るのか……)
新人戦の日の二人の走りを思い出す。全力で走り汗だくになりながら笑顔で握手を交わした二人の姿。美鈴のオレンジの尻尾とミギーの白い尻尾が、秋の日差しの中で揺れていた。
(まあ、たまには悪くないか)
翔太はそう思いながら目を閉じた。リビングからは奈々穂が冷蔵庫を開けて在庫を確認する音が聞こえてくる。十月の夜は静かに更けていき、マンションの窓から見える山々の紅葉は月明かりに照らされて幻想的に輝いていた。




