【峽谷の暴君】
十月十二日、日曜日。峽谷エリアの奥深く。
三人は切り立った崖に囲まれた細い道を進んでいた。空は細く裂け目状に見えるだけで薄暗くごうごうと風が吹き抜けている。岩壁には紅葉した蔦が絡みつき、異世界にも秋が訪れていることを感じさせた。
「ねえ、この先って行き止まりじゃない?」
美鈴が立ち止まった。道の先には巨大な滝が轟音を立てて流れ落ちている。水しぶきが虹を作り、それが峽谷の薄暗い光の中で幻想的に輝いていた。滝の周囲には現実世界から迷い込んだのか真っ赤に紅葉した楓の木が数本生えている。
「いや、あの滝の裏側に抜け道がある」
翔太が地図を確認しながら言った。昔特訓で培った探索能力は伊達じゃない。
「滝の裏? びしょ濡れになるじゃない」
ミギーが白い髪を気にしながら眉をひそめる。
「文句言うなら置いてくぞ」
「行くわよ!」
三人は滝の裏側に回り込んだ。水しぶきで服が濡れるが翔太の言う通りそこには大きな洞窟の入り口が口を開けていた。中は真っ暗で、かすかに獣の匂いが漂ってくる。
洞窟を抜けた先は、広大な地下空洞だった。
「なにここ……」
美鈴が息を呑む。空洞の広さは学校のグラウンドの何倍もある。天井は高く、無数の鍾乳石が鋭い牙のように垂れ下がっていた。壁際には異様に巨大なキノコが群生し青白い燐光を放っている。
そして空洞の中央には、無数の【ギガンテス】がひしめいていた。
「これ……全部……」
ギガンテスは一体一体が三メートルを超える巨体を持つ人型モンスターだ。岩のような筋肉に覆われ手には巨大な棍棒や斧を持っている。その数、ざっと見積もっても三十体はいる。
「【峽谷の暴君】って……ギガンテスの王のことだったのか……」
翔太が苦い声で呟いた。
その時、空洞の奥から地響きが轟いた。ギガンテスたちが左右に割れその奥からさらに巨大な影が姿を現す。体長は優に十メートルを超える。肌は鋼のように鈍く光り、頭には無数の角が王冠のように生えていた。
【峽谷の暴君】——ギガンテスキング。
「グオオオオオオッ!」
キングの咆哮が空洞全体を揺るがす。鍾乳石が折れて落ち、巨大キノコが震えた。
「来るぞ!」
翔太の声と同時に、ギガンテスたちが一斉に襲いかかってきた。
戦闘は激しさを極めた。
美鈴がスピードを活かしてギガンテスの間を縫うように駆け抜け、一体一体の膝を砕いていく。翔太が短剣で援護し倒れたギガンテスのとどめを刺す。
しかし相手の数が多すぎる。十体倒しても、まだ二十体以上が残っている。
「きりがないわ!」
ミギーが棍棒を素手で受け止めながら叫んだ。純血ドラゴンの力をもってしてもこの数は分が悪い。白い髪は汗で額に張り付き、銀色の鎧にも傷が増えていく。
「翔太、このままじゃ……!」
美鈴の声にも焦りが滲み始めた。
「まだだ」
翔太は冷静に状況を見極めていた。
「ミギー、お前ドラゴン化できるか?」
ミギーがはっとした表情で翔太を見る。純血のドラゴンには、人間形態から本来のドラゴンの姿に変身する能力がある。しかし、やはりドラゴン形態の方が消費エネルギーが大きい為、普段は人間の姿で省エネで生きていることが多いのだ。
「できるわ!」
「一瞬でいい。あのキングを倒せれば勝てる」
翔太はミギーの青い瞳をまっすぐに見つめた。
「俺がサポートする。お前ならできる」
ミギーは一瞬だけ目を閉じ、それから強くうなずいた。
「わかったわ」
彼女は大きく息を吸い込むと、その体が白い光に包まれた。
次の瞬間、空洞を埋め尽くすほどの巨大な白いドラゴンが姿を現した。鱗は真珠のように輝き青い瞳は宝石のように澄んでいる。純白の翼を広げると、それだけで数体のギガンテスが吹き飛ばされた。
「すごい……」
美鈴が思わず呟く。これが純血ドラゴンの真の姿。人間形態の時とは比べものにならない威圧感と美しさがそこにはあった。
「いけるか、ミギー!」
翔太が叫んだ。
「お前は強い! 純血のドラゴンとしての誇りを見せろ!」
その声が、不思議な力となってミギーに流れ込む。翔太のサポート能力——【声援】だ。ドラゴン化した状態でもその効果は変わらない。むしろ、純血であるがゆえに効果は増幅されているようにさえ感じられた。
「ええ、見せてあげるわ!」
白いドラゴンが翼を大きく広げ、キングに向かって突進した。
キングもまた咆哮を上げて迎え撃つ。巨体同士の激突に、空洞全体が崩れ落ちそうなほど揺れた。
ミギーの爪がキングの肩を裂き、キングの棍棒がミギーの翼を打つ。一進一退の攻防が続く中翔太は叫び続けた。
「まだだ! お前はもっと強いはずだ! 俺がついてる!」
その言葉が、ミギーの力をさらに引き出す。白いドラゴンの青い瞳が一層強く輝いた。
「はああああっ!」
ミギーのブレスがキングの胸を貫いた。純白の光が空洞を満たし、ギガンテスたちが次々と崩れ落ちていく。
キングが最後の咆哮を上げゆっくりと倒れた。地響きと共に巨体が地面に沈み、周囲のギガンテスたちも力を失って消滅していく。
戦いは終わった。
白いドラゴンは光に包まれ、再び少女の姿に戻る。ミギーは肩で息をしながらふらふらとよろめいた。
「やった……わね……」
「ああ、お前のおかげだ」
翔太が近づこうとしたその時ミギーは突然顔を上げた。青い瞳が潤み、白い頬がほんのりと紅潮している。
「翔太……!」
「え?」
「私、確信したわ。あなたの声が私を強くしてくれた。あの感覚は忘れられない……やっぱり私の彼氏は翔太しかいない!」
そう叫ぶと、ミギーは再び白いドラゴンの姿に変身した。そしてその巨大な前足で翔太に抱きつこうとする。
「ちょ、待て待て待て!」
翔太は必死に後ずさった。
「おいおいおい! 流石にドラゴンのまま抱きつかれたら死ぬって!」
「いいじゃない! 私の愛を受け止めなさい!」
「物理的に受け止められねえよ!」
巨大な白いドラゴンとそれを必死に回避する少年。その光景を見ながら、美鈴は呆れたようにため息をついた。
「もう……二人とも何やってるの……」
でもその口元は笑っている。戦いが終わった安堵と、仲間が無事だった喜びが混ざった笑顔だった。
空洞の天井から、戦いの衝撃で生じた亀裂を通して一筋の光が差し込んでいた。十月の異世界の空は今日も薄暗く雲が垂れ込めているけれど、その光だけは希望のように輝いている。
「翔太、今度は人間形態で抱きつくから!」
「そういう問題か!?」
「美鈴さんも手伝って! 翔太を捕まえるわよ!」
「え、私も!?」
空洞に三人の声が木霊した。倒したギガンテスキングの巨体がゆっくりと光の粒子に変わり、その輝きが三人を優しく包み込む。経験値がそれぞれに流れ込みレベルアップを知らせる光が三つ、空洞の中に灯った




