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秋の新人戦

 十月八日水曜日。


 窓の外の桜の木が紅葉した葉をはらはらと散らしている。校庭の銀杏並木は黄金色のトンネルを作り、朝日を受けてきらきらと輝いていた。教室の暖房はまだ入っていないが朝晩の冷え込みに備えてカーディガンを羽織る生徒も増えてきた。


「あっ!」


 静かだった朝の教室に、美鈴の声が響き渡った。


「秋の新人戦もうすぐじゃん!」


 後ろの席で翔太は机に突っ伏したままぴくりと肩を動かした。前の席ではミギーが呆れたように白い髪をかきあげている。


「美鈴さん、今頃気づいたの? ポスターは先週から貼ってあったわよ」


「だって特訓でそれどころじゃなかったんだもん!」


 美鈴はオレンジ色の尻尾をばたばたさせながら鞄からぐしゃぐしゃになったプリントを取り出した。新人戦の要項が書かれた紙だ。どうやら一週間以上前に配られて、そのまま鞄の底で眠っていたらしい。


「10月19日日曜日……あと十日くらいしかない!」


「今のあなたなら一位確実だから大丈夫よ」


 ミギーはさらりと言った。その声に、以前のような棘はない。負けを認めてからというもの彼女の美鈴に対する態度は少しずつ柔らかくなっていた。


「先週のあなたのタイムなら、昨年度の優勝記録を軽く超えてるわ。自信を持ちなさい」


「そ、そうかな……」


 美鈴が照れくさそうに頭をかく。オレンジ色の短髪の間から小さな黒い角がちらりとのぞいた。まだその角のことを完全に好きになれたわけじゃないけど、以前ほどコンプレックスに感じることはなくなっていた。


「でもさ、そうなると……」


 美鈴はちらりと翔太を見た。まだ机に突っ伏している。その背中に向かって、美鈴は少しだけ声をひそめた。


「翔太にもう少し特訓してもらわないと……」


「それなんだけど」


 ミギーがすかさず割り込んだ。青い瞳がきらりと光る。


「私も修行をつけてほしいのよね。翔太に」


「えっ」


 美鈴の尻尾がぴんと立った。


「だって美鈴さんだけずるいじゃない? 不公平よ」


 ミギーは白い髪を指に絡めながら、机に突っ伏したままの翔太の背中をじっと見つめる。その視線に気づいたのか翔太がゆっくりと顔を上げた。


「それに、ライバルがいた方が張り合いがあると思うの」


 ミギーは美鈴に向き直った。


「美鈴さんもそう思わない? 一人で特訓するより誰かと競い合った方が強くなれる。私も純血ドラゴンとして、このまま負けっぱなしで終わるわけにはいかないから」


「それは……まあ……」


 美鈴は少し考え込んだ。確かにミギーの言うことも一理ある。翔太と二人きりの特訓は楽しかったけど、ミギーが加わればもっと切磋琢磨できるかもしれない。


「翔太、ダメかな……?」


 美鈴がおそるおそる尋ねると、翔太は大きなため息をついた。


「……面倒だな」


「ですよね……」


「でも」


 翔太は窓の外に目をやりながら続けた。


「美鈴のことを名前で呼ぶようになったしな」


 その言葉に、ミギーは少しだけはにかんだような表情を見せた。あの屋上での翔太の言葉を思い出したのだろう。『美鈴に謝れ』『ちゃんと美鈴と呼べ』と。


「なら、少しならいいぞ」


 翔太の返事を聞いた瞬間、美鈴はガタンと音を立てて立ち上がった。


「私、新人戦のエントリー出してくる!」


「え、美鈴さん?」


「今から職員室行ってくる! 翔太、ミギー、またあとで!」


 美鈴はプリントを握りしめると、教室のドアに向かって駆け出した。オレンジ色の尻尾が嬉しそうにゆらゆらと揺れている。


「ちょっと美鈴さん、まだホームルーム始まってないわよ……」


 ミギーの声も届かず、美鈴は廊下に飛び出していった。


 十月の風が開け放たれたドアから吹き込んでくる。教室に残された翔太とミギーは、顔を見合わせてから同時にため息をついた。


「相変わらず落ち着きのない子ね」


「まあ、あれが美鈴だからな」


 翔太はそう言って、また机に突っ伏した。でもその耳がほんのり赤くなっているのをミギーは見逃さない。


(美鈴さん、羨ましいわ)


 ミギーは心の中でそう呟きながら、紅葉した桜の木を窓越しに眺めた。十月の空は高く澄み渡り新人戦の日はきっと晴れるだろう。それまでに自分も、少しでも強くなっておかなければ。


 校舎の廊下を走る美鈴の足音が遠ざかっていく。秋の新人戦まであと十日。美鈴とミギー、二人のドラゴン娘の新たな特訓が始まろうとしていた。

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