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翔太のおかげ

 十月六日、月曜日。


 週明けの教室はいつもより少しだけざわついていた。昨日の再戦の結果がすでに校内に広まっているのだ。美鈴がミギーに勝ったこと、しかも5.5秒を出したこと。その話題で持ちきりだった。


「原さん、やったね!」


「おめでとう!」


 朝からクラスメイトに声をかけられて、美鈴は照れくさそうに笑っていた。オレンジ色の髪が窓からの日差しにきらめき尻尾も機嫌よく揺れている。ノーメイクのすっぴんでも、その笑顔は誰よりも輝いていた。


 翔太は自分の席でいつも通り教科書を枕にしてうつ伏せになっていた。美鈴の後ろの席が定位置だ。教室の窓からは紅葉した桜の木が見える。十月に入り、山々の色づきも日ごとに深まっていた。


「翔太、寝てるの?」


「寝てない」


「嘘だあ」


 美鈴が翔太の背中をつんつんとつつく。翔太は顔を上げずに手だけで追い払う仕草をした。そんな二人のやりとりを、教室の後ろの席からじっと見つめる白い影があった。


 ミギーである。


 白い髪と青い瞳、そして純血ドラゴンの証である立派な角。いつもは自信に満ち溢れた表情が今朝は少しだけ陰っている。昨日の敗北がまだ尾を引いているのだろう。


 一時間目が終わり、休み時間になった。


 翔太が一人で廊下を歩いていると、背後から声がかかった。


「翔太」


 振り返ると、ミギーが立っていた。白い髪が秋の日差しを受けて銀色に輝いている。青い瞳はまっすぐに翔太を見つめていた。


「なんだ」


「ちょっと話があるの。屋上、来てくれない?」


 翔太は少し迷ったが、断る理由もないので小さくうなずいた。


 屋上への扉を開けると十月の風が二人を迎えた。空は高く澄み渡り、遠くの山々は赤やオレンジの紅葉で彩られている。校庭の銀杏は黄金色に輝きはらはらと葉を散らしていた。平日の休み時間だからか、屋上には他に誰もいない。


「で、話ってなんだ」


 翔太が手すりにもたれかかりながら言った。ミギーは一歩近づくと、その青い瞳を潤ませながら翔太を見上げる。純血ドラゴン特有の気高い雰囲気が今日はどこか陰りを見せていた。


「翔太、雑種ちゃんが勝てたのはあなたのおかげでしょ?」


 ミギーの声は静かだったが、確信に満ちていた。


「三週間、毎日のように一緒にいたんだってね。異世界ゲートで特訓してたんでしょ」


「……まあな」


「知ってるわ。私も調べたもの。森のエリアで小型のドラゴン種を狩りまくってたんだって。管理局の換金記録にも残ってた」


 ミギーは一歩さらに翔太に近づいた。風が吹き、白い髪がふわりと揺れる。


「ねえ翔太。改めてお願いするわ。私の彼氏になってほしい」


 翔太は黙ってミギーを見つめた。


「考えてみてよ。あなたと私が組めば、百メートル走だって四秒台にすら行けるわ。あなたのサポート能力と私の純血の力があれば不可能なんてない。学校の記録も、いずれは異世界の攻略だって何だってできる」


 ミギーの声は熱を帯びていた。その青い瞳は本気だ。純血ドラゴンとしての誇りと、翔太への想いが混ざり合っている。


「雑種ちゃんじゃ、あなたの力を十分に引き出せない。でも私ならできる。私は純血よ。あなたにふさわしいのは私」


 翔太はしばらく黙っていた。紅葉した山々を見つめながら何かを考えているようだった。風が吹くたびに、銀杏の葉が屋上まで舞い上がってくる。


 やがて翔太は口を開いた。


「だったら美鈴に謝れ」


「……え?」


 ミギーの青い瞳が大きく見開かれる。


「お前、美鈴のことずっと『雑種』とか『ハーフ』って呼んでただろ」


 翔太の声は静かだったが、その目は真剣だった。


「まずはそれを謝れ。そしてこれからはちゃんと『美鈴』って呼べ」


「な、なんで私があんな雑種に……」


「美鈴だ」


 翔太の声が少しだけ強くなった。ミギーは思わず一歩後ずさる。


「あいつには原美鈴っていう名前がある。ドラゴンと人間の間に生まれたことをコンプレックスに思ってることも知ってる。それでもあいつはお前に勝負を挑んで、三週間必死に頑張って勝ったんだ」


 翔太はミギーから目をそらさない。


「その努力を、『雑種』の一言で片付けるな」


 沈黙が屋上を包んだ。十月の風だけがひゅうひゅうと二人の間を吹き抜けていく。ミギーは唇を噛みしめ、その白い手をぎゅっと握りしめていた。


「それが……あなたの条件なの?」


「条件なんかじゃねえ。当たり前のことだ」


 翔太は手すりから背を離すと、ミギーに背を向けた。


「美鈴に謝らない限り、俺はお前とは組まない。それだけだ」


「翔太……」


「返事はいつでもいい。でも美鈴を傷つけるような呼び方は、もうするな」


 翔太はそう言い残すと、屋上の扉へと歩き出した。その後ろ姿をミギーはただ立ち尽くして見つめていた。


 屋上の扉が閉まる音が、十月の空に小さく響いた。


 教室に戻ると、美鈴が心配そうな顔で待っていた。


「翔太、どこ行ってたの? ミギーとなんかあった?」


「別に」


 翔太はいつも通り自分の席に座り、教科書を机に広げた。美鈴は後ろの席からじっと翔太の背中を見つめている。


「……翔太、私のために何か言ってくれたんでしょ」


「気のせいだ」


「ふふ、ありがとう」


 美鈴の尻尾が嬉しそうにゆらゆらと揺れる。窓の外では、十月の紅葉が朝日に照らされて美しく輝いていた。


 昼休み、翔太が一人で購買に向かっていると廊下の隅でミギーと美鈴が向かい合っているのが見えた。思わず足を止める。


「あの……美鈴さん」


 ミギーの声は、いつもの高慢な響きを失っていた。


「昨日は……その、あなたの走りすごかったわ。私の完敗よ」


「ミギー……」


「それから、今まで『雑種』とか呼んでごめんなさい。これからはちゃんと名前で呼ぶわ」


 ミギーは深々と頭を下げた。純血ドラゴンが混血種に頭を下げるなど、異世界の常識ではありえないことだ。それだけのプライドをミギーは捨てたのだ。


 美鈴は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑顔を見せた。


「うん、ありがとう。私もまだまだだから、これからもよろしくね」


「……ええ」


 二人の間に、十月の柔らかな日差しが差し込んでいた。廊下の窓から見える銀杏の木が、黄金色の葉をはらはらと散らしている。


 翔太はその光景を物陰から見守ると、小さく息をついて購買へと歩き出した。その口元がほんの少しだけ緩んでいることに本人だけが気づいていなかった。

pixivで原美鈴ちゃんのイメージAIイラスト作りました!



https://www.pixiv.net/artworks/148857776

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